2022北京冬季五輪は日本のスキー産業復活のきっかけになるのか

中国最大級のスキー場、Wanlong Ski Resort

平昌五輪が終わり、次の冬季五輪は2022年の北京だ。

多くの日本人の意識はその手前の2020年に向いているだろうが、中国政府は、2022年に国内のウィンタースポーツ参加人口を3000万人、将来的には(雪上・氷上のスポーツを合わせて)3億人まで増やしたいと発表している。中国スキー産業白書によると、既に2017年には703のスキー場で1210万人がスキーをしている。

日本では、スキーブームが起こった20年前にスキー人口がピークを迎え、1800万人になった。2017年にはスキー・スノーボード合わせて530万人にまで減少していることを考えると、その規模のイメージがしやすいだろうか。ちなみに、世界で最大のウィンタースポーツ市場であるヨーロッパはスキー・スノーボード人口が現在約6000万人、北米(アメリカ・カナダ)が1800万人と言われている。

中国のウィンタースポーツマーケットを理解し、どうマーケティングを仕掛けていくかを考えることは、国内だけを見ると縮小していくしかないスキー産業の復活のため、さらには国のインバウンド観光戦略を考える上でも非常に重要である。

欧米でも過去数年のウィンタースポーツ市場は緩やかな縮小傾向にあり、世界で唯一成長市場である中国のウィンタースポーツマーケットには、世界中から熱い視線が注がれている。日本よりずっと中国から遠く、距離的なアドバンテージを持たない欧米のリゾートが積極的に中国市場にアプローチしている一方で、日本の雪のポテンシャルを理解し、マーケティング施策を打っている日本のスキー場は、ニセコや中国資本の入った安比高原など、まだわずかである。

そんな中国のスキー市場の現在位置を確かめるために、3月に現地を訪れるとともに、スキー場関係者や、現地にいたスキー客へインタビューをした。

■関係者にインタビューしたスキー場:

・Beijing Nanshan Ski Village(シーズン当たり訪問者数約27万人)

・Fulong Ski Resort

・Wanlong Ski Resort(シーズン当たり訪問者数約30万人)

・Thaiwoo Ski Resort(シーズン当たり訪問者数約15-20万人)

・Genting Resort Secret Garden

・Galaxy Ski Resort(オープン初年度、シーズン当たり訪問者数約5万人)

 ※カッコ内はヒアリングによる推測値

中国の主なスキー場の分布

中国スキー産業白書より
中国スキー産業白書より

中国のスキー場の多くは北京近郊と隣の河北省にあり、オリンピックのメイン会場の一つとなる崇礼区(Chongli)、そして北東部の吉林省や黒竜江にも、中国最大の不動産コングロマリット万達が出資するリゾートなどがある。北京以南にあるスキー場は、その雪のほぼ全てを人工雪で降らせるため、最も大きな固定費は「雪」そのものであるのが、日本のスキー場との最大の違いだ。

室内スキー場も2017年時点で21存在し、万達が2017年6月にオープンしたハルビンの室内スキー場はドバイにある「スキードバイ」を抜いて世界最大になった。オープン半年で20万人が訪れたという。

「中国のスキー場」や、「中国のスキーヤー」といっても読者にはイメージしにくいと思うので、この記事では、まず私の視察の行程を写真とともに紹介したい。

北京から崇礼区への移動

2022年北京冬季五輪における雪上競技のメイン会場になる崇礼区へは、北京市内から車で3時間。私が北京首都国際空港に着いたのは土曜日の朝5時で、8時に北京市内から崇礼区に向かうバスに乗った。来年には新幹線が開通し、45分で移動出来るようになる。

3月中旬のシーズン最後の週末だったが、席は満席。1-2月のシーズン中、特に旧正月はバスが一日何台も手配されるようだ。ちなみに窓の外に雪が降っているが、この日は今シーズン2度めの降雪。滑れる量には到底足りず、人工雪がメインなのは雪が降っても変わらない。

北京-崇礼区スキー場シャトルバス
北京-崇礼区スキー場シャトルバス

3時間強で崇礼区の中心部に到着。オリンピック開催を記念したモニュメントがいくつか置いてあり、ホテル、ショップ、レストランが幹線道路沿いにずらっと並んでいる。

画像
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人工雪が作る独特の景観

崇礼区の中心部からバスで30分圏内に、5つ、大きなスキー場がある。下の写真が、中国の典型的なスキー場のイメージだ。

2022北京冬季五輪のメイン会場になるGenting Resort Secret Garden
2022北京冬季五輪のメイン会場になるGenting Resort Secret Garden

木を切ったコースに人工雪を降らせてリフトをかけるだけ。結果、日本のスキー場とはかなり異なる景観になっている。

人工雪を降らせるのには大量の水が必要であり、昨年12月にオープンしたばかりのGalaxy Ski Resortは、スキー場の目の前に8km離れた場所から引いてきた水を溜めて、人工雪を作るための湖を作っているほどだ。写真ではまだ工事中のように見えるが、このスキー場は建物の1階のみを使って今シーズン既にオープンしており、5万人が訪れたらしい。

Galaxy Ski Resort(手前にあるのが雪を作るための湖になるくぼみ)
Galaxy Ski Resort(手前にあるのが雪を作るための湖になるくぼみ)

開発は急ピッチで進んでいるらしく、訪れたリゾートの中には、リフトの数・コースの本数が翌年には倍近くになるというスキー場もあった。

スキー・スノーボード用品

崇礼区の幹線道路の脇には、無数のスキー・スノーボードショップが並び、欧米のブランドを中心に、あらゆるギアが売られている。輸入スキーの本数は2015年から2年連続で減少しており、そのかわりに国産のスキー板が増加している。

北京近辺のスキー場に、「パウダースノー」は存在しないため、欧米や日本で最近よく見られるようなセンター幅が100mmを超えるいわゆる「ファットスキー」と呼ばれるものはほとんど売っていなかった。

(1軒だけ、スキーを履いて山を登ったり滑り降りたりする、ヨーロッパを中心に競技が拡がっているスキーマウンテニアリングの用具が置いてある店があった。人工雪で完全にフラットな雪面でも出来る競技なので、中国国内ではワールドカップも開かれている。)

ロシニョールショップ
ロシニョールショップ
街のスノーボードショップ
街のスノーボードショップ

定量的なデータは見つけられなかったが、ヒアリングしたところでは、今は若者にはスキーよりもスノーボードが人気のようだ。

また、若いスノーボーダーの中には、アルペンレース用と、スノーボードクロス用の用具を使っている人が多くいた。おそらくオリンピックの正式競技になっていることと、硬い雪面でも滑りやすいことが理由だと推測するが、これも、日本ではあまり見られない光景だ。

Thaiwoo Ski Resort(アルペンスノーボードを履いた女の子)
Thaiwoo Ski Resort(アルペンスノーボードを履いた女の子)

ちなみに崇礼区では、条例により、必ずヘルメットを装着しなくてはいけない。

特徴的なスキー場の設備

崇礼区には中国最大のスキー場の一つ、Wanlong Ski Resortがある。(トップの写真)

初心者用のほぼ傾斜の無い斜面から、「オフピステ(非圧雪斜面)」という看板の立ったコブ斜面まで、バラエティに富んだ斜面があり、3000人同時に食事ができる巨大なレストラン。そして、常連客のためにスキーを置いておける貸倉庫は、数百本は入ろうかと言う規模のものが9つ並んでいた。

常連客用のスキー倉庫
常連客用のスキー倉庫

最も驚いたのは、シーズン券保持者のチケットの確認方法。なんと、指紋を読み取らせるだけでチケットゲートを通れてしまう。日本では雪が降っていることも多く、手袋を毎回脱いで指紋を読み取らせる方法が応用出来るかは微妙なところだが、生体認証で本人確認をすれば、シーズン券保持者はシーズン中1度もチケット購入カウンターに寄ることなくスキーができる。非常に利便性の高い仕組みだと思った。

指紋認証つきチケットゲート
指紋認証つきチケットゲート

ちなみに、他のスキー場では、シーズン券保持者は最初の購入時に顔写真を登録しておいて、毎回まずチケットカウンターのカメラで顔をスキャンしてその日のチケットを受け取る。さらにそのチケットでゲートをくぐると、ゲートの中にいる係員の持つタブレットに顔が映し出され、本人確認が出来るという仕組みになっていた。

こちらは、学校単位で来ているスキーレッスン。北京市内の学校では、体育のウィンタースポーツの成績が良いと、内申点が高くなる、というような条例もあるらしく、多くの子どもたちがインストラクターの話を熱心に聞いていた。

熱狂の兆し

行きのバスの中で、隣に座った若い男性と仲良くなった。彼は26歳のソフトウェアエンジニアで、北京市内の大学を卒業後、スペインの大学で修士号を取って、今は音楽関係のソフトウェア開発をする企業で働いているそうだ。去年、北京近郊のスキー場で初めて友人グループ数人に誘われてスノーボードをし、ハマってしまって今年は毎シーズン北京や崇礼区のスキー場に通っているという。前の週に自分のスノーボードも購入したそうだ。日本にも必ず来年行くと言っていた。

ちなみに道中には、29歳、北京の大学を卒業してからイギリスで修士号を取り、IT企業でサービス運営の仕事をしているという女性にも話を聞くことが出来た。彼女も昨年始めたスノーボードにのめりこんで、今シーズンはほぼ毎週のようにスノーボードをし、自分のスノーボードも買ったという。収入は手取りで15万円ほど。前の週には友人5人で日本の白馬にスノーボードをするために1週間滞在していたという。

女性のほうの話によると、同じ会社ではソフトウェアエンジニアは3倍の給料をもらっているといい、20代の高収入な若者にとって、スノーボード/スキーは「クールな」アクティビティとして一定の認知を得ていると感じた。

オリンピックや、それに伴う大規模開発、新幹線の開通、ウィンタースポーツ人口3億人という国の目標。これらはあくまで社会の意思として決まっていくことである。しかし、その結果として北京という大都市から1時間圏内にスキーのインフラが整い、その上でウィンタースポーツを始めた若い人たちの中にあるのは、紛れもなく日本のスキーヤーやスノーボーダーが持つ「熱狂」の兆しだった。

スピード感、友人と集まって雪山に出かける楽しさ、上手くなった時の達成感と、カッコ良さ。雪やウィンタースポーツに触れる人が増えるということは、他のエンターテイメントとは違う、新しい「熱狂」の種を見つける中国人が増えるということだ。そして、彼らは例外なく、近くて、圧倒的な雪の質と量がある日本の雪山に対して多大な好奇心を持っている。

日本の雪山のポテンシャル

本記事のタイトルにある問い「2022北京冬季五輪は日本のスキー産業復活のきっかけになるのか」は、間違いなくYESだと思う。

都市部に住む中国人がスキー場に行くまでの時間と費用を比較した表を作ってみた。(特にスキー場が近い北京近郊に住んでいない人にとって)移動時間や宿泊費それほど差が無く、リフト券が半額で、圧倒的に雪質が良いことが保証されている日本は、ROIで考えると「安い」旅行先になり得る。

中国人がスキーに行く際にかかる時間的金銭的コスト比較
中国人がスキーに行く際にかかる時間的金銭的コスト比較

各地に300ほどもある日本スキー場は、まだ中国ではニセコなど本当に一部しか認知されていない。

しかし、雪の質と量という環境面での圧倒的アドバンテージをベースとして、100年のスキーの歴史が培ったインストラクターのスキル・スキー以外を含む雪山の遊び方といったソフト面、そして温泉や食事といった地方の文化的魅力を組み合わせれば、日本の雪国には、ウィンタースポーツの楽しさに気づいてしまった中国のひとたちに特別な体験を提供できる計り知れないポテンシャルがある。