10年あまりの携帯電話普及率の実情をさぐる(新興国編)
国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)では定期的に主要国(ITU加盟国)の携帯電話やインターネットに関する統計資料をまとめ、各国の動向を推し量れるデータを公開している。今回はその中から「新興国の携帯電話普及率の推移」を2017年の時点で抽出し(収録されている値は前年2016年分まで)、状況の精査を行う。
「新興国」との言葉には色々な定義、区分があり、さらに国数も多い。すべてを追いかけていては雑多に過ぎるので、今回はG20各国のうち目に留まった国、具体的にはアジア諸国からは「シンガポール・マレーシア・韓国・インドネシア・中国・インド」、それ以外の国から「サウジアラビア・ロシア・ブラジル・トルコ・メキシコ」を対象とする。
まずは公開されている最新値、2016年における携帯電話普及率をグラフ化する。この「携帯電話」には従来型携帯電話(ガラケー、フィーチャーフォン)以外にスマートフォンなども含む。また、「契約者数÷人口」で普及率を算出しているため、普及率が100%を超えることもある。
複数国が100%を超えている。これは「契約数÷人口」の計算式で算出していることと、「プリペイドの扱いやSIMカード(契約者情報を記録したICカード)の互換性への対応が各国で異なること」を起因としている。
要は複数枚のSIMカードを一人が「契約」し、電話をかける相手によってカードを切り替え、少しでも安い料金で利用しようとする「生活の知恵」的な使い方によるもの。特にこの使い方は、新興国で行われる事例が多数見受けられる。新興国でこの計算方法による携帯電話普及率が高いのは、これが一因でもある。また例えばインドネシアのように、国土構成の事情から固定回線の普及に難儀しており、それが携帯電話の普及をさらに後押しするなどの理由もある。
サウジアラビアやロシアの普及率の高さにも目が留まる。総務省のデータベース「世界情報通信事情」で確認すると、状況はイタリアと同じ。「携帯電話本体を選ぶ」他に「携帯の契約会社=SIMカード」を選び、携帯電話の利用スタイルを臨機応変に変えているようである。
最近の動きを見ると、いくつかの国で減少が生じている。サウジアラビアの場合は違法SIMカードの取り締まりのために2012年からプリペイドカードの購入登録システムの導入を行ったこと、ブラジルではすでに飽和状態となっているのに加え、プリペイドカードの比率が減少し、さらに2013年以降にLTEサービスを開始したことから4Gへの乗り換えが進んでおり、この流れの中で生じた多重契約の解約が数字となって現れたものと考えられる。
またシンガポールも2013年から2014年にかけて大きな減退が生じている。これは2014年4月からシンガポールにおけるプリペイドカード式SIMカードの購入上限を、これまで1人10枚だったものが3枚に減らされたことによるもの。見方を変えれば同国ではそれまで、少なからぬ人が1人につき4枚以上のカードを持っていたことになる。
他方、東南アジア地域においてインドネシア、中国の上昇ぶりが目に留まる。両国は人口が数億の単位の国にも関わらず大ききな上げ幅を示しており、両国で加速度的に携帯電話(多分にスマートフォンだろう)が浸透している状況がうかがえる。
続いて2000年以降における、各国の携帯電話普及率推移。
元々携帯電話、あるいはデジタル方面のインフラ整備に積極的な韓国やシンガポールは2000年時点ですでに60%から70%と高い普及率を示している。もっとも上昇スピードはほぼ一定で緩やかなものである。なおシンガポールで2006年から2007年にかけて大きな上昇がみられるが、これは2006年6月に同国で発表された、10か年情報通信マスタープラン「インテリジェント・ネイション2015」、そしてその一環として構築された「次世代全国ブロードバンド網(NGNBN)」(オープンアクセスの光ファイバー網)が一因だと考えられる。また、2014年以降のシンガポールにおける失速ぶりは上記の通り、SIMカードの購入制限の強化によるもの。
他の国のほとんどは、2000年の時点では数%から良くて20%程度の値でしかなかった。それが2003年前後から上昇カーブの角度を上向きにし、急速な普及率向上を見せる。とりわけサウジアラビアとロシアの伸び率は著しいが、上記にある「SIMカードの複数契約」がその一端であると考えられる。なおロシアでは2010年から2011年に大きな失速が起きているが、SIMカードのカウント方式の基準変更によるもの(登録されているカードのみのカウントとなっている)。
それ以外の国でも普及率の伸び方は非常に大きく、各国のインフラ整備が急ピッチで行われ、それと共に携帯電話の普及も進んでいる。見方を変えれば「携帯電話の普及が新興国の発展のバロメーターの一つ」であると同時に「携帯電話の普及により民間・一般市民における情報や経済交流の活性化が促進され、国そのものの活力向上にも寄与した」と考えられる。
他方中国は上昇率もゆるやかなものだが、確実に増加していることには違いない。同国の人口ポテンシャル(と地域性)を考えれば、この伸び率でも驚異的であると認識すべき。また、トルコは2008年の93.6%をピークに、一度頭打ちをしめしたが、これは同国の携帯事情(本体を利用登録しておかないと利用できなくなる)によるようだ。もっと最近では再び上昇を再開している。
コストの問題から携帯電話全般ほどの普及率はかなわないものの、パソコンに近い感覚でインターネットへのアクセスが可能で多種多様な機能を装備し、インターネットによる可能性を大きく切り開くスマートフォンの浸透が進めば、さらに利用者の情報に対する意識も変化していく。
携帯電話の普及と共に変化する、「不特定多数」の人たちの意識と情報環境。これが社会全体にどのような影響を及ぼすことになるのか。慎重な注視が必要ではある。
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