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「プーチンさんを悪く言わないで!」という”陰謀論”動画の正体

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
動画のイメージ(提供:イメージマート)

・プーチンさんを悪く言わないで!という謎の動画が大量に出回る

 ロシア軍によるウクライナ侵攻(正確には再侵攻と言った方が正しいが、便宜上こう書く)が始まってから、当然大義なきこの侵攻に対し、世界はおろか日本でも激しいプーチン批判が沸き起こっている。

 そのような中、プーチン批判者の私の元にも「一方的にプーチンが悪いとか、ロシアが悪いと言わないでください!」というメッセージが主としてSNS上で続々と届く。このようなメッセージの中には、ほとんど必ず、パターンは若干異なる(全編か、切り抜きか、再編集かなど)にせよ或る2本の動画が引用されている。

 この2本の動画というのは、”「ひとりがたり馬渕睦夫」#40 ゲスト:篠原常一郎 vol.5 ロシアとウクライナの真実・それを知れば世界がわかる・日本のメディアが伝えない理由”(2020年3月21日にYouTubeに公開)と、”【桜無門関】馬渕睦夫×水島総 第36回「『危機』を取り巻く諸勢力~ネオコンに進駐されたウクライナ、トルコで懲りたNATO、残り時間が気になるバイデンと習近平」”(同2022年2月24日)である。

 今次ウクライナ侵攻について、「プーチン・ロシア政府の目線で考えてみる」という冷静な分析や論考を除いて、「ウクライナの真実を知ってください!プーチン大統領だけが悪いのではありません!」という趣旨で展開される真偽が怪しい言説の熱源は、間違いなくこの2本の動画である(他にも微細なものはあるが、主力はこれである)。

 この2本の動画では何が語られているのだろうか。共通するのは、2本とも駐ウクライナ兼モルドバ大使であった、馬渕睦夫氏が主役であることだ。重要な事なので繰り返すと、馬渕氏はかつて駐ウクライナ大使であった人物である。

・ディープステートとユダヤロビー

 ではひとつ目の、”「ひとりがたり馬渕睦夫」#40~”の方からみていくと、元日本共産党員であったジャーナリスト・篠原常一郎氏との対談形式で進められる。主要部分を抜粋してみよう(強調部分筆者)。

馬渕:実は、やはり今は保守論壇が、保守系の人も、日本のおそらく9割ぐらいが私の印象ではロシア嫌い、プーチン嫌いという状況ではないかとみておりまして。それは個人の趣味の問題でもあるんですが、しかし、事実を知ったうえで、いろいろ判断すべきだと、前にも申し上げて、その点では篠原さんも同じご意見であったと承知しておりますけれども(中略)実は、今プーチン大統領が直面している問題というのは、(中略)つまりプーチンが悪者であるという報道が全世界的に行われているわけですが(中略)こういう人たち(筆者中:オリガルヒ…ロシアの新興財閥)は、はっきり申し上げますが、みなユダヤ系なんですね。

我々はね、結局ユダヤ系について、あるいはユダヤロビーと言っても良いんですが、私はよく国際ユダヤ勢力と言っていますが。それについて議論が事実上行われないんですね。これをやると陰謀論だと言われて、みんな逃げちゃう。保守系の人もみんな逃げるんですが、これは議論をシャットアウトする煙幕みたいなもので。それでは世界の理解が進まないんですね。(中略)

ユダヤ系が結局、ソ連が崩壊して、あたらめてロシアの実権を握ったと。で、それに対して彼らの手からロシア人の手に取り戻したのがプーチン大統領なんですね(笑)。ということはいまトランプ大統領が、ディープステートの手から自分たちの手に、つまりアメリカのピープルの手にアメリカ政治を取り戻そうとしているのと、同じ構図なんです。これがですね、今の世界情勢を理解するうえで、私は基本というかABCだと思ってるんですね。これができない、というのは今の日本だけではありませんが、言論界の宿痾になっているんではないかと、残念な気がしてならないんですね。

そういうことで私はプーチン大統領がいま直面している国内的な政敵というのは誰かというと、ロシアの中のユダヤロビーだと。トランプ大統領も同じようにアメリカの中のユダヤロビーと、正確にはグローバルユダヤロビーですね、グローバリストのユダヤロビーですが、と対決していると。そういう構図にですね、奇しくもロシアもアメリカも、同じ大統領が、両大統領が同じ問題に直面していると思えてならないんですね。

「ディープステート」については、面倒なので以下、本稿本文中ではDSと記述する。

篠原:僕もね、ユダヤというものを陰謀論で語っていいかというとそうじゃなくて。例えば僕はウクライナの紛争のことをいろんな通信でね(中略)いろんな外信を見てですね、リアルタイムでみたものをレポート書いたりもしてたんですね、でも必ずですね、局面局面で大きなことが起こるときに、例えばユダヤの勢力が明確に支援してるんですね、お金を出す、極端な時はですね、ユダヤ人のネオナチ組織みたいのが出ましてね、それがウクライナに義勇兵として参加していると、客観的な報道で、日本ではだれも報道しないですけどね、向こうのウクライナの報道では出てくるわけですよきちっと、実名も出して。

そういうのを見ているとですね、同時進行でイラク、シリアとアイシル(筆者注:イスラム国)、一種非国家的な国家というかね、国家組織、地域制圧型の組織ができてくる。従来の国家の枠を超えたね、そういうのがますます全面に出てきていろんな紛争を操るようになった。(中略)

馬渕:結局ね、ウクライナでどういうことが行われてきたかと言うと、10年前に、つまり今回の危機の10年前にオレンジ革命(筆者注:親露的とされるヤヌコヴィチ政権崩壊のこと)というのがあって、ところがオレンジ革命、誰がやったかと言うと、これは民主化運動だという風にしか我々教えられてませんけれども、私も現地に行ってよくわかりましたが、これはアメリカのネオコンがやったんですね(笑)。

何故アメリカのネオコンがやったかと言うと(中略)その背後にいたのがあのジョージ・ソロス(筆者注:ハンガリー系ユダヤ人投資家)なんですね、そのジョージ・ソロスと、亡くなりましたけどもアメリカ共和党のマケインが事実上組んでやってるようなもんでね。そういうことがもう公になっているんですね現地では。ところが日本ではそういうことが言わないというか、報道されないんですね。(中略)彼ら(筆者注:ジョージ・ソロスら)はプーチンを何とかね、ウクライナ紛争に引き込んで、プーチンに反撃しようと、そのために私はウクライナは使われたんだと思うんですよね。

篠原:逆にあれですよね、プーチンの対応を見ると、常にウクライナの問題から距離を置こう距離を置こうと。そういう対応ですよね実際は。

馬渕:だからそれが、逆にね日本ではプーチンが侵略した、この頃はもうプーチンがウクライナを侵略したことになっている。別にプーチンが好き嫌いにかかわらずね、それは事実に反するということだ。(中略)彼(筆者注:イーゴル・コロモイスキー、ユダヤ系のウクライナ資産家)が何をやってたかと言うと、私兵を使って、つまり傭兵を、自分の武装集団を持ってたんですね。アゾフという。それがロシア人を虐殺してたわけですよ。

篠原:アゾフ大隊と言うのは僕も映像で覚えてますが、旗はですねハーケンクロイツですよ、ナチスの旗を。ヘルメットにもハーケンクロイツ、鍵十字ですよナチスの。そういう部隊ですよ。

馬渕:視聴者の皆さんも意外に思われたかも知れませんが、コロモイスキーはユダヤ系なんですよ。それが、ユダヤ系を虐殺したというナチスのハーケンクロイツを振りながら、東ウクライナでね、ロシア人を虐殺してるっていうのが、ウクライナ危機の真実なんですよ。

篠原:僕ね、ユダヤのネオナチっていうのもショックを受けましたけど、ロシア系住民の集団虐殺で、遺体が掘り出されたのもずいぶんあって。OSCEがね、欧州安全保障機構が立ち会って、彼らが虐殺だって認定したのに、日本の記者は誰も報道しないんですね。(中略)それくらい虐殺事件が起きているんですね。

馬渕:今の篠原さんのお話で、皆さんお分かりになったと思いますけどね、我々が、日本のメディア、だいたいアメリカのメディアの孫引きが多いんですがね、それで理解しているウクライナ情勢、或いはそのプーチン像とは全く実際は違う、というのを理解していただければと思うんですね。(後略)

 この動画の中には様々な単語が出てくる。核になるのはDS、ネオコン、ユダヤ人(系)の三つである。この三つが相互複雑に関係しながらも結局は全部一緒に連動してウクライナ紛争に介入し、反プーチン運動を策動していおり、これを日本のメディアは一切報じないという世界観が、大まかに言ってこの動画の趣旨である。

 そもそもまずDSなるものは存在しない。次にネオコンだが、一般的には新保守主義と訳されるが、この動画の中での明確な定義はない。ユダヤ系については、そもそも伝統的にヨーロッパ広域に(限らずだが)存在しているが、何故そのユダヤ系がハーケンクロイツを振りながらロシア人を虐殺しているのか、篠原氏は「ショックだ」というだけで理由は説明されていない。

 アゾフ大隊は当時、親露派と戦う義勇部隊として確かに存在し、現在はウクライナ軍の一部となっている。当時アゾフ大隊がナチスを彷彿とさせる紋章類を使用していたことは事実である。

 が、彼らがロシア人を虐殺したという事実は立証されていない。OSCEが立ち会って、虐殺と認定した事実もない。またアゾフ大隊の支援者のひとりがコロモイスキー氏であることは事実だが、アゾフ大隊の全部がユダヤ系では当然ない。アゾフ大隊がナチスの紋章類を使用したのは、独ソ戦でドイツがソ連に侵攻したために、親露派をソ連に見立てたものが理由ではないかと思われる。いずれの発言も事実を立証できないものばかりだが、馬渕・篠原両氏はこれを「事実」として、ウクライナ危機の「真実」だと断定する。

・アメリカの報道も日本の報道もディープステートの策略

報道のイメージ
報道のイメージ写真:イメージマート

 もうひとつの動画、”【桜無門関】馬渕睦夫×水島総~”はどうか。こちらの動画は、前掲した”「ひとりがたり馬渕睦夫」#40~”が約2年前に公開されたのと比して、その公開日はまさにウクライナ侵攻当日の2022年2月24日である。但し収録番組なので、実際の発言は2022年2月22日(侵攻2日前)になされたものである。これも馬渕氏とネット放送局・日本文化チャンネル桜の代表・水島総氏との対談という形で構成されている。主要部分を抜粋してみよう。

馬渕:結局ね、現実が見られないというのはね、日本にも関係しているんですが、日本という軸がないから、どうしても特にアメリカの報道ですね。アメリカっていうのはディープステートの報道ですが、それに惑わされていると。(中略)要するに現地のウクライナ軍ですね、東部ウクライナに派遣されている、私兵集団。これはもともとネオナチと言われる集団でね、アゾフと言われたんですが、それを持ってるのがね、今は辞めましたけど、元ドニプルペトロウシク州の州知事までやったね、コロモイスキーというね、ウクライナの大金持ちなんですよね、ナンバースリーぐらいの。

彼はね三重国籍者で、イスラエルとウクライナとキプロスぐらいの、だから要するにウクライナ版オリガルヒですよね。で彼がアゾフと言う私兵集団を持ってるんです。武力集団というか。その連中が攻撃してるわけですよ。親露派をね。

もともとの、2014年のウクライナ危機そのものがね、ロシアをウクライナから追い出すというね、危機っていうか危機と言うのもおかしいんですが、そのために作られたウクライナ問題だったんですね。その標的は、プーチン大統領だったんですね。プーチン大統領に何とかウクライナに介入させて、そしてプーチン大統領を世界の悪者にして、一挙にロシアと言うかプーチンを失脚させる。その筋書きがね、2014年以来ずっと一貫してるんですね。

水島:そうなんですよね。特に我々ウクライナ危機と言ったときの、オバマ大統領の目立った、我々記憶に新しいのは。オバマとバイデンが一貫してね、それをやってるということね、その背景に誰がいるかってことがわかる。

馬渕:ネオコンですよね。(中略)プーチン大統領はね、ナショナリストで、ロシアの天然資源はロシア人が支配するべきだと。(中略)ロシアの中にもオリガルヒと呼ばれる連中は、むしろグローバリストで、欧米と組んでロシアの富を支配しようとして、有名なホドルコフスキー事件(筆者注:ホドルコフスキー氏はロシアの新興財閥の有力者のひとりであったが、2003年に逮捕され、2013年に釈放されロンドンに亡命)と言うのが2013年にあったんですがね、彼はプーチンにとって代わろうとしたんですね。

その背後にいたのが、ロンドンのジェイコブ・ロスチャイルドと、なんとキッシンジャーなんですね。これは公開情報なんですよ、陰謀論でも何でもない。その人たちが何とかね、プーチンを打倒しようと思って、2003年にさかのぼるんですが、反プーチン運動を続けていると。それで私はね、ウクライナ行って、ウクライナの人というのは暴力的な人じゃないんですよ。非情に素朴でね、親しみやすい人なんですよ。だからウクライナは乗っ取られたんですよ。誰に乗っ取られたかというと、分かりますね、ネオコンですね。(後略)

水島バイデン政権になってまたウクライナ問題が再燃したとき、これはもう、かつての大東亜戦争の日本と同じようにね、石油とかエネルギーの元を全部絶って、戦争に持ち込もうとさせていると。だからどっちかというと、プーチンは戦争をやりたいんじゃなくて、やらされるように、どんどん向けられている。あの当時の認識がね、そういう形で皆さんに解説したんだけど、そんなに間違ってはいないという感じがね、私してるんですよ。

馬渕:遡れば要するに例えばね、ヒトラーが世界制覇を狙ってるとかって言ってね、ヒトラーを倒せということで、アメリカとイギリス、フランスもいましたけど組んで、とにかくヒトラーを挑発したわけですね。で、ポーランドに最終的には侵攻させてね。

その侵攻の直接の原因になったのは、ポーランドの西側って旧ドイツ領ですからね、ドイツ人がたくさん住んでいるんですよ。そこでポーランド政府側がドイツ人の虐殺をやったんですよ。だから結局ヒトラーも追い詰められて、侵攻せざるを得なかった。同じことが行われている。まずそうやって挑発させてね、東ウクライナでね、ロシア人を虐殺する。そうするとプーチンだって黙っていられない訳ですよ。

 両者の話はコロナに飛んでさらに過熱する。

・疫病も戦争も全部ディープステートの計画

馬渕:じゃあなぜバイデンはね、というかアメリカ、もっと言えばディープステートがなぜ今こんなことをやっているかと言うと、これは私の持論でもないんですが、結局ね、いまのナントカ騒ぎ、流行り病の騒ぎがね、心配したんですよね。

あれで世界を支配しようと思ったところが、ピープルが立ち上がっておかしいと言い始めたんですよね。だからご承知の通り北欧はもうやめたでしょ。アメリカの州もどんどん規制を緩和している。それで世界を恐怖に陥れるつもりだったんですけど、2年たってうまくいかなかった。ということが分かったと。

この次何をやるか。彼らの戦略がシフトして、今度は所謂ウクライナ問題を契機として軍事的紛争にもっていくと。(中略)結局ね、いまロシアゲートを仕組んだのはヒラリー陣営だとね、時事上明らかになっているんですね。だからこれもね、バイデンのポジションを、民主党のポジションを危うくしている。ですからね、それもあってだと私は思うんです。とにかく、ウクライナウクライナ、ロシアロシアと言い始めた。アメリカと言うか、バイデン政権、DS政権ですけど、中間選挙までとても持たないですよ。(後略)

水島:まあ、そういうのがウクライナ情勢の中に背景と言うかベースにあるということを、皆さんお分かりいただきたいと思うんですけど。もうひとつは、さっき言った、あんまりこの映像の中では言いにくい事なんですけど、ウイルス系は。結果としては先進国の7,8割がね、注射を打ってね。その時に寿命は何だとか全部やるじゃないですか。ということは日本のご老人たちの、そういう人たちの、健康情報と言うか個人情報も含めて、7、8割が全部ネットワーク化できたというね、ものすごい恐ろしいことがある。

今オミクロンですか、こういうことになってるけど、これだけの情報があると、人口削減とか、人口調整とかいうのも、ウイルスとかなんかを使ってやることを考える連中が出てくる。もう考えていると思いますけど、壮大な全人類の人体実験みたいなことになって行われた、というのもあながち妄想じゃないと思ってるんですね。

馬渕:これでちょっと一段落というか、しばらく間を置いてね、また次の手を考えてるんだと思うんですけど、その間はウクライナ危機なり武力紛争で持たせるというかね、こういうことを言うと世の中は、どうしてそんなに悪いのか腹黒いのか、と思いますけど実際そうなんですね。

 アゾフ大隊によるロシア系住民虐殺については立証されていないと書いたので除く。米英仏がヒトラーをしてポーランドに侵攻「させた」というのは論外である。この動画の中で頻出する「彼ら」と言うのは、DSということであり、その中にネオコンが居り、ユダヤ系が居るということになっているらしい。そして「彼ら」がコロナウイルスを拡散して世界征服を企てたが失敗しそうなので、今度はウクライナ危機を「起こさせた」と言う。当然何の根拠もない。

・ディープステートとは何か?

 さてこの2つの、最早純然たる陰謀論と呼ぶべきに相応しい、現在チェーンメールのように出回っている動画の両方に登場する馬渕氏が繰り返す、DS云々とは、氏の中でどのように定義されているのだろうか。馬渕氏の著書、『ディープステート世界を操るのは誰か』(ワック)には、まず以下のような記述から始まる。

世界を陰から支配する勢力(ディープステート)は、確かに存在しています。読者の皆様は彼らが書いた歪んだ歴史に洗脳されてきたことを知って、驚かれることと思います。本書は影の世界権力の欺瞞を暴く目的で書かれました。私たちが覚醒することによって、今後の世界大動乱期を生き延びることができると信じるからです。これから皆様とともに、生き残りの道を求めて旅に出たいと思います。令和3年(ハルマゲドン元年)5月吉日

 として、

ディープステートには特定の本部建物があるわけではなく、課題に応じて世界の仲間が集まって必要な決定を行っていることが想像されるのです。

 とする。では「課題に応じて世界の仲間が集まって必要な決定を行っている」場所とはどこなのか、については言及されていない。もしかしたらzoomを使っているのかもしれないが具体的な記述はない。そしてここに繋がるのがネオコンとユダヤ系国際金融資本である、とする。

 だから馬渕氏は執拗に、ジョージ・ソロス、コロモイスキー、ロスチャイルドといったユダヤ系を引き合いに出している。しかしネオコンの代表的政治家と目される人々は当然だがユダヤ系とは限らない。そもそも何を以て馬渕氏が「ユダヤ系」としているのか、よく分からない。そして馬渕氏はDSの中にオバマ元大統領を含ませているが、オバマ氏がユダヤ系でないことは書くまでもないだろう。何から何まで、よく分からない。

 トランプ政権時代に噴出したロシアゲート問題については、

元FBI長官のモラー特別検察官、彼を任命した司法副長官のロッド・ローゼンスタイン、ありもしないロシアとの選挙共謀疑惑をでっち上げたコミーFBI長官、彼らは皆ディープステートの活動家で、ユダヤ系です。2年も捜査した挙句ロシアとの共謀の証拠は出てきませんでした。嫌がらせでトランプ大統領の施政の足を引っ張り、全く無駄に国費を浪費しただけでした。

 と結論し、トランプ大統領を絶対的に擁護する。当然、DSという単語を広めたのがトランプ大統領自身なのだから当然ではある。しかしここまでくると陰謀論と言うよりも、単にユダヤ系やユダヤ人への蔑視なのではないか。私はほかにも、馬渕氏の『日本を蝕む 新・共産主義 ポリティカル・コレクトネスの欺瞞を見破る精神再武装』(徳間書店)や、『世界を操る支配者の正体』(講談社)など複数の著作を読んでみたが、殆ど同じことが書かれてあり、その主張は前掲書の繰り返しに終始しているので、これ以上の引用はやめることにする。

 馬渕氏にも、それに賛同する出演者にも、そしてこれらの動画を根拠とする人々にも、必ずと言ってよい共通点があることは、もうお分かりいただけたと思う。それは深刻な既存の大手マスメディアに対する不信感である。

 文字起こしの部分にはないが、馬渕氏は産経新聞社の雑誌『正論』にも、この手の趣旨の原稿を書いて一度はボツになった、と語っている(結局、修正ののち掲載されたようである)。根拠がないから一度は編集部が掲載を見送ったのではないだろうか。馬渕氏の世界観では、産経新聞もDSの潜在的影響下のキワにあるという考えなのだろうか。よく分からない。

 世界は巨大な権力組織に支配されており、それが真実を人々に伝えようとせず妨害している。つまり真実は巨大な何かによって遮蔽されており、彼らの洗脳から目覚めたときに本当の真実に対して覚醒する―。ネットで真実を知ったとして、極端な排外主義に走るネット保守が、ゼロ年代から盛んに口にしたこの世界観を、私は『マトリックス史観』と名づけている。

・”世界の真実はここ”ではないどこかにある

イメージ
イメージ提供:イメージマート

 ウォシャウスキー姉妹が監督をした、キアヌ・リーブス主演の映画『マトリックス』は世界的に大ヒットした。主人公ネオは、世界に対し言葉にはできないが奇妙な違和感を抱えている。そんな時に一通のメールが送られてくる。「目覚めよネオ」。そしてネオは、自分の生きている現実世界が実は人工生命体が作った仮想現実であると知り、真実の世界=リアルワールドに覚醒して、現実を遮蔽してきた敵と戦う道筋を選ぶ。

 人工生命体をDSおよびその影響下にある既存の大メディア、仮想現実をDSの洗脳が見せている世界、真実の世界をネットの動画や情報、に置き換えれば、彼らの世界観はそのまま映画『マトリックス』の筋書きと瓜二つだからだ。

 しかし今次ウクライナ侵攻が、核恫喝を伴う余りにも大きなショックを世界に引き起こしたために、残念ながら前掲した2本の動画を引用している人々は、完全にイデオロギー的に右なのか、と言えば果たしてそうではないのである。実はこの動画2本の引用者の中には、ウクライナ侵攻以前の時点では、おそらくネット保守とは正反対の政治的思考を持った人々がかなりの数いることを私は記さなければならない。

 真実は巨大な何かによって遮蔽されており、真実を知るためにその洗脳から抜け出さなればならない―、という発想は、根本的な常識や基礎教養が無い人々にあっという間に伝播しやすい。仮に応分の知識がなくとも、こうした陰謀論が如何に矛盾しているか、動物的直観で分かるはずである。

 DSというものが仮にあり、そこにネオコンやユダヤ系が付随して、人々を操っているのだとすれば、何故そんな強力な権力を持ったDSは、わざわざ相手方(プーチンやヒトラーなど)に、戦争を起こさせるように仕向ける―、という面倒な思慮遠謀を張り巡らさなければならないのだろうか。そんなに強い力があるのなら、顕名して正面攻撃をすればよいのではないか。

 あるいはDSは、そもそもなぜ巨大な「彼らにしてみれば正当な」計画を有しているのにコソコソと隠れなくてはならないのだろうか。なぜその存在を秘匿する必要があるのだろうか。DSの主要構成者であると勝手に妄想されているユダヤ系の人々は、世界各地にユダヤ人協会等というのを造り、公式サイトもある。DSもデラウェアやシカゴに本拠地を置き、堂々と自説の正しさを主張した方が、DSにとってもより多くの支持が集まり都合が良いのではないか。

 こういった理屈は、知識がなくとも直感で分かろう。しかし、世の中にはこういった動物的直感が鈍磨している人々が一定数居る。それはたぶん、どこの国にも居る。たまたま日本ではそれが右傾的なところに多かった、というだけで極本質的には政治的イデオロギーとはあまり関係がないのかもしれない。

 陰謀論は、そういった人々の鈍磨の間隙に周到に入り込んでくる。世界に対し言葉にはできないが奇妙な違和感を抱えている、という感覚は突き詰めればあらゆる人が抱く感情かもしれない。しかしこれをもっと突き詰めると、「世界は複雑であり、一言で説明することができない」という複雑性から逃避しているだけにすぎない。何故逃避しているのかと言えば、世界の理解に必要な最低限度の知識が無いからである。何故知識がないのかと言えば、ある程度の読書習慣や情報リテラシーが少ないか絶無だからである。だからボタンひとつで再生できる動画に飛びつくのである。

・笑える陰謀論、笑えない陰謀論

クフ王のピラミッド
クフ王のピラミッド写真:ロイター/アフロ

 かつてグラハム・ハンコックは、『神々の指紋』の中で、エジプトの三大ピラミッドはオリオン座の三ッ星の模倣であり、さすれば三大ピラミッドはその模倣から計算すると、約1万2千年前の超古代文明の人々が造ったのだと推定して、この本は世界的に大ベストセラーになった。

 その推定を補強するために、ピラミッドの底辺の長さとか、その他の数値をいろいろとこねくり回してみると、地球の直径や半径等と近似している、という話になり、そのような高度な設計を行える文明は古代エジプト王朝ではなく、もっとはるかに進んだ超古代文明の仕業に違いないと踏んだ。無秩序に見える出来事や数値を、恣意的に選定してこねくり回せば、あらゆる無関係な物事の中に、「何か普遍の法則」というのが見つかる。しかしそれは普遍の法則などではなく、ただの偶然か都合の良い事実の歪曲である。

 世界の出来事を見て、恣意的な部分だけを抽出すれば、それがDS、ネオコン、ユダヤ系のせいだと結論づけることは、たやすいのである。しかしこう反論しても、陰謀論者は決して納得しない。ハンコックの『神々の指紋』には巧妙な逃避地が準備されていた。三大ピラミッドを超古代文明が造ったというのなら、その超古代文明とやらの本拠地はどこなのか。必ず遺跡があるはずだ、という反論をかわすために、『神々の指紋』の結論は、超古代文明の本拠地は南極にあるとしている。

 分厚い南極の氷床を全部溶かしてみないと、それが嘘だと完全に証明することはできない。DSの本拠地は無く、課題に応じて仲間がどこかで集まっている、と主張されれば永遠にそれが嘘であることの完全証明はできない。陰謀論者に対し、ファクトでの反撃はあまり意味はない。重要なのはそれが陰謀論である、と言い続けることだ。

 最後に、前掲2本の動画に共通して登場する主人公とも言える、元駐ウクライナ兼モルドバ大使だった馬渕睦夫氏について触れなくてはならない。私も良く知っている人物である。というのも、馬渕氏が保守論壇にデビューしたのは2012年。ちょうど10年前であった。

 馬渕氏のデビュー作は総和社(現在では出版事業を行っていない)から刊行された『いま本当に伝えたい感動的な「日本」の力』(2012年2月)で、こちらは商業的には平凡に終わったが、同じ総和社から出た同氏2冊目の著作『国難の正体―日本が生き残るための「世界史」―』(同年12月)がかなり版を重ねたことで、一躍馬渕氏は保守論壇で頭角を現したのである。

 私は同社から、翌年『ネット右翼の逆襲』という本を出した。この本は私の4冊目の単著で重刷されたのだが、この本の担当編集者A氏が馬渕氏と同じ担当編集だったので、何度か馬渕氏にお会いする機会があった。物腰の柔らかい、極めて紳士的な好々爺という印象があった。私と馬渕氏の邂逅は、このA氏がブリッジしたのである。

 いま、氏の『国難の正体』を読み返してみると、「東西冷戦も朝鮮戦争もベトナム戦争も、米ソが結託した演出で、つまりプロレスであり、実際は世界的な闇の勢力が背後におり、彼らが脚本を書いていた」という趣旨の事が書いてあった。流石にこの時期、DSという言葉は出てこないが、最初から良くない意味で首尾一貫している。

『神々の指紋』は無害な(とは言っても考古学者は大迷惑だろうが)陰謀論であり、エンタメとして笑って楽しめるが、戦争やコロナといった人命にかかわる陰謀論は確実に有害な陰謀論だ。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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