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DHC会長の「差別文章」の背景と”三度目のサントリー攻撃”

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
スキンケアのイメージ(写真:アフロ)

・サントリーを「チョントリー」と呼ぶ異様な差別文章の出来

 大手化粧品会社「DHC、ディー・エイチ・シー」の会長、吉田嘉明氏記名による同社「ヤケクソくじ」に関する文章が、在日コリアン等への極めて差別的な文言を含んでいるとして大きな物議をかもしている。

 吉田氏は、「矢野経済研究所の調査によると、サプリの売り上げ1位はサントリーとなっているが、DHCはそれに負けていない」等として自社製品の優秀性を喧伝している。ここまではよいが、ライバルであるサントリーを、

サントリーのCMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員コリアン系日本人です。そのためネットではチョントリーと揶揄されているようです。DHCは起用タレントを始め、すべてが純粋な日本人です

 と記述し、商品性能の優劣にまったく関係のない民族差異を持ち出して、在日コリアンを日本人の下位に置き、「よって純粋日本人を起用している自社は優秀である」と記述し、サントリー呪詛で締めくくっているのである。これが差別文章だとして大問題になっているのは当然のことだ。

 そもそも、サントリーのCM等に起用されいるタレントはほぼ全員コリアン系日本人である、という事実自体が存在せず、在日コリアンへの蔑称である「チョン」

(*「チョン」は在日コリアンに対する差別文言・蔑称であり、本来原稿中に記述するのに適当ではありませんが、筆者によるヘイト根絶の願いから敢えてDHC吉田会長による原文表記を引用しております)

 をもじった「チョントリー」と表記している自体、差別を意図とした異常な文章構成であることは明白で、理論的整合性が皆無である。

・古典的ネット右翼によるサントリーへの敵愾心が背景に~全ては日本海呼称問題から始まった~

日本海呼称問題(フォトAC)
日本海呼称問題(フォトAC)

 なぜDHCの吉田会長はこのようなあからさまな差別用語を用いてまで、サントリーを呪詛するのか。それは単に、DHCのライバル企業・サントリーへの商業的敵愾心が生んだ結果ではない。私は吉田会長の文章を読んで、実に約10年ぶりともいえるデジャブ(既視感)を感じるに至った。「サントリーのCMには韓国系日本人(在日コリアン)が起用されており、よって同社は韓国や在日コリアンに慮っている反日企業だ」というネット右翼を主体とした大合唱が始まったのは、実に今をさかのぼること2011年8月の事である。

 私は、永年ネット右翼や保守界隈に身を置き、彼らを10年以上に亘って観察して続けてきたが、「サントリーは在日コリアンのタレント等を起用しているからけしからん」論が起こったのは、およそ2002年から勃興するネット右翼史の中では「古典的ヘイトブーム」に分類されるものだ。

 このような「サントリー呪詛」を唱える風潮は、「バイデンは不正選挙でトランプから票を奪った」「日本学術会議は反日学者集団である」などの、ネット右翼や保守界隈では「最新」の風潮から何周も遅れた世界観であり、惑星の大気循環の如くINとOUT繰り返し、新規参入組も多いネット右翼界隈にあっては、そもそもこの「古典的ヘイトブーム」そのものを知らない、という者も少なくないのである。

 であるがゆえに、私は吉田会長の差別文章を読んで、えも言えぬ既視感を感じたのである。つまり吉田会長の差別文章は、10年近く前に使い古されたネット右翼の「古典的ヘイトブーム」のコピーに過ぎない、と評することもできよう。

 では、サントリーがネット右翼からこれほどまでに敵視される原因となった2011年に何が起こったのか。実は吉田会長の言うように「サントリーのCMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員コリアン系日本人」というのが、真偽を度外視するとしても、直接の原因ではなかったのである。

 2011年8月、サントリーは韓国焼酎「鏡月」を発売。そのウェブ上の広告に以下のような宣伝文句を掲載した。

『鏡月』というその名前は韓国/東海(日本海)に隣接した湖『鏡浦湖』(キョンポホ)のほとりにある古い楼閣「鏡浦台」(キョンポデ)で、恋人と酒を酌み交わしながら、そこから見える5つの月を愛(め)でた詩に由来しています

 これがネット右翼ひいては保守界隈の逆鱗に触れたのである。言うまでもなく、日本海の表記を巡って韓国政府は「東海」と主張し、国際水路委員会等に「東海」表記を求めている。筆者は海岸線の距離からして、日本海はやはり「Sea of Japan」と呼ぶのが適当だと思うものの、天然の内海である日本海を、国際水路委員会の決定如何によらず、どう呼ぼうが本来はその国の自由である。

 韓国系のエアラインに一度でも乗ったことがある読者なら分かる筈だが、航空機内の地形モニターには必ずといってよいほど「日本海」ではなく「東海(East Sea)」という表記が出る。しかし私たちが朝鮮半島を「韓半島」ではなくやはり「朝鮮半島」と呼び、大韓民国を「Corea」ではなく「Korea」と表記するように、天然の地形や国家を慣習的にどう呼称し、どう表記するかは、当然相手国の勝手である。

・2011年に起こった「日本海呼称」を巡るサントリー攻撃

韓国焼酎「チャミスル」のイメージ(フォトAC)
韓国焼酎「チャミスル」のイメージ(フォトAC)

 しかしこの、サントリーにおける宣伝文句に激怒したのは当時のネット右翼であった。曰く「サントリーは日本企業であるにもかかわらず、韓国政府が主張する東海呼称主張を取り入れ、”東海(日本海)”と併記して表示したのは、愛国心の足りないけしからん反日企業の姿勢である」として糾弾したのだ。そしてサントリーの「東海と日本海の併記」は、日韓が領有権で揉める竹島の帰属についても「サントリーは韓国主権を容認している」と飛躍して攻撃したのである。

 この動きは当時のネット右翼界隈で燎原の炎の如く拡大し、サントリーには抗議の電話やメールが殺到、果てはサントリー不買運動がネット上で盛り上がることになった。これをネット右翼史的には「サントリー日本海呼称事件(2011年)」と呼ぶ。

 結果この事件の結末は、同年8月19日、同社がウェブサイトで以下のような謝罪文省と広告文句の修正を行ったことでサントリー側が事実上、ネット右翼の圧力に屈することとなった。

韓国焼酎「鏡月」のブランドサイトにおきまして、製品のネーミング由来を紹介する文章中にございました地名表記につきましては、あくまで、商品を紹介するための広告上の表現で、地名に関する見解を表明するものではありませんでした。お客様にご不快な思いをおかけしましたことに対して、深くお詫びいたします。

 このようにして、「サントリー日本海呼称事件」は一応幕引きとなったのである。

 が、ネット右翼や保守界隈による「サントリーは反日企業で媚韓(韓国に媚びを売る)企業」という一旦つけられたレッテルは地下茎の如く繁茂し、ネット右翼はこの事件後も、なにかとサントリーの動向に目を光らせるようになる。サントリーをめぐるネット右翼関係の紛争は、この後、やはりと言うべきか必然と言うべきか、約7年後に再燃するに至ったのである。

・2017年に再燃した水原希子氏を巡るサントリー攻撃

生ビールのイメージ(フォトAC)
生ビールのイメージ(フォトAC)

 2017年、サントリーは自社製品『ザ・プレミアム・モルツ』の特別キャンペーンにおけるキャラクターとして、俳優の水原希子氏を起用した。これに噛みついたのが、またぞろネット右翼だった。水原氏は俳優としてもモデルとしても抜群の知名度を誇っている。その出自は父親がアメリカ人で母親は韓国人のハーフであった。

 水原氏自身はテキサス州の出生で、国籍はアメリカであった。このサントリーの特別キャンペーンにあって、ネット右翼はまたもサントリー攻撃を鮮明にした。「エセ日本人をCMに使うな」「純粋な日本人を起用しろ」等々の明々白々な人種差別的攻撃が、サントリー社およびSNS上等に乱舞した。おや、不思議なほど今次問題になっているDHC吉田会長の世界観と符合すると思うのは筆者だけではあるまい。

 この「水原氏サントリーキャンペーン起用反対事件(2017年)」は、明らかに2011年に起こった前掲「サントリー日本海呼称事件(2011年)」で、サントリーそのものに不信感を抱いたネット右翼が、サントリーに目を付け、何かとその挙動を猜疑心で見つめていた結果である。その証左に、2011年から2017年の間、韓国人、ひいては在日コリアンの出自を公言する俳優や著名人が、有名企業のCMやイメージキャラクター等に起用されても、ネット右翼からの反応はほとんど無風であった。

 この事からも2017年の水原氏へのネット右翼の差別的攻撃は、明らかに2011年の「サントリー日本海呼称事件」を策源地としているといってほぼ差し支えないであろう。このような経緯で、サントリーは常にネット右翼からの攻撃対象としてその射程圏内にあり続けたのである。

・ネット右翼による三度目のサントリー攻撃

サプリメントのイメージ(フォトAC)
サプリメントのイメージ(フォトAC)

 しかしネット右翼による差別の矛先は、常に一定方向を指向するわけではない。2011年から現在まで、国内では民主党政権の下野と第二次安倍政権の長期安定、そして菅内閣への事実上の禅譲という政治的変動があった。米国も欧州も、オバマからトランプそしてバイデン、英国のEU離脱などの大激震があった。そしてこの間、朝日新聞による吉田証言(慰安婦問題)の取り消しなどの要素、また沖縄県知事選挙における玉城デニー知事の勝利などを踏まえて、日本国内のネット右翼やそれに連動する保守界隈は、いつしか、いち民間企業に過ぎない「サントリー問題」を忘却し、朝日新聞批判や反安倍・野党への批判、沖縄基地反対派へのデマ流布や中傷などへと、その指向性を俊敏に変化させていった。

 サントリーとネット右翼に関する悶着は、2011年におこった「サントリー日本海呼称事件」を経て2017年の水原氏への差別・中傷問題をある種のヤマとして、沈静化する動きが顕著であった。しかし2020年、この時期にきてDHC吉田会長によるサントリーへの不当な差別文章の表明は、少なくとも古典的なネット右翼=少なくともゼロ年代からその価値観に染まっているもの=にとって、実に「三度目のサントリー攻撃」として再再燃したのである。

 このようなネット右翼史を振り返ると、2002年頃に発生したネット右翼の中でも、比較的古典的なユーザーが、いまだサントリーへの根拠なき敵愾心を有し、その心底に在日コリアンや朝鮮半島出身者に対する蔑視の感情を苗床として共有している事実が鮮明となった。2011年、2017年に起きた二度の「サントリー事件」の三度目が、卑しくも日本を代表する大手化粧品会社の会長から文章の形で発表された事実を鑑みれば、ネット右翼界隈にはびこる「サントリー=反日企業、媚韓企業」という、あまりにも歪んだ価値観がその後背に残存していると評する他ないであろう。

 そもそも、化粧品やサプリメントは、人種、国籍、性別、信条等に問わず、等しく同様にその美を供し、その美的・健康維持に資する商品のはずである。とりわけ化粧品の広告に、どの国籍の人間が起用されていようと、またいまいと、美や美の静謐・維持における化粧品の品質の高低とは何の関係もない。化粧品とはそういった意味で国境を越えた普遍的概念である。

 いかにも国家や民族、社会集団の中での「美」の価値観は多様である。だが、美を追求し、それを維持したいと考えるのは万国の男女にとって普遍的な価値観であろう。それを、卑しくも化粧品大手企業の会長が、人種によって優劣をつける、というこの差別文章には、普遍的価値観を提供する化粧品会社が最もやってはならない悪手を実行したと言わざるを得ない。DHCは、自らの手で自らの首を絞める企業イメージの毀損を行ったと評されても致し方が無いのではないか。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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