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進行する「ネット右翼」の高齢化問題

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1.「”嫌韓・嫌中本・記事”読者の45%以上が60代以上の高齢者」

10月25日に毎日新聞が大変興味深い調査結果を公表した。16歳以上の3600名の男女を対象にした大規模な調査によると、”「嫌韓・嫌中」本・記事を読んだ人は全体の10%だが、そのうち45%が60代以上で、10代後半は3%、20代は8%”という結果になったという。

私は所謂「インターネット上で右派的、国粋的な言動を行う人」を「ネット右翼(ネット保守でも同じ意味だが、本記事ではより一般的な認知の高い単語である”ネット右翼”に統一。この単語の使用に別段蔑視の意味は含まれていないことに留意)」と定義し、その主張に共通するものとして、

1)「嫌韓・嫌中」、2)「アンチ在日コリアン」、3)「反マスメディア」

の三項目を上げる。

毎日の調査は”「嫌韓・嫌中」本・記事を読んだ人”であってその内容への同意とイコールではないが、ここは「全体の10%」という母数の少なさから、そのまま同意と仮定したい。となれば、毎日の調査が「ネット右翼」の年齢層を正確に浮かび上がらせたものとして興味深い。

2.「ネット右翼」の主力は若者ではなく中・高年

私は2013年、「ネット右翼」と呼ばれる人々への大規模調査を実施した。それによると、彼らの平均年齢は「38.15歳」(拙著、『若者は本当に右傾化しているのか』『ネット右翼の逆襲』や現在準備中の単行本等に詳述)とでた。

今回の毎日の調査は「本や記事を読んだ人」に照準を絞っているので、この調査よりもやや高めに出た気がするが、「ネット右翼」は10代、20代といった若者のクラスタなどではなく、実際は「高齢化」が進んでいることを補強する貴重なデータだ。

私は三桁を超える「右」の集会やデモに参加してきたが、どれも主力は40代~60代であり、70代、80代もさして珍しいことではない。右の講演会や集会で、客席からなくなった頭髪の照り返しが反射して眩しかった経験は、一度や二度どころではなく頻繁にある。「ネット右翼」が高齢化しているのは、体感的にも明らかだ。

無論、これは「右」側だけに当てはまる現象ではない。対極である共産党にも、同じような高齢化の現象はひた進んでいる。(関連記事「若者を利用する右翼と左翼」)イデオロギーの両極端には、実は若者はあまり居ないのだ。

前項の1)、2)、3)の主張に見事に当てはまる政治家の候補を、「ネット右翼」が猛烈に支援した出来事があった。2014年の東京都知事選挙に立候補した田母神俊雄候補である。

この時、朝日新聞の出口調査により「20代で田母神氏への投票率2位」とさも「若者が右傾化、ネット右翼化している」などのイメージが先行したが、各世代の投票率を勘案すれば、田母神氏への支持層の中心は40代以上の中高年(推計で全体の6割)であり(当該YAHOOニュースの記事を参照)、ここでも「ネット右翼の高齢化」が顕著だ。

3.なぜ「ネット右翼」は高齢化が進んでいるのか。「国家論」を受け入れない若者

そういえば、つい先日、傷害容疑で逮捕された「在特会」の会員とその関係者も、主犯格が54歳、その他も概ね30歳代~40歳代と、決して若者ではなく、高齢化が進んでいる。

ここで断っておくが、「在特会」=「ネット右翼」と見做すのは早計である。「在特会」は「ネット右翼」の中に包摂されるが、あくまでその中でも最も過激な一派にすぎない。大多数の「ネット右翼」は街頭に出て事件を起こしたりせず、文字通りネット空間の中に自閉している。

ともあれ、「ネット右翼」が何故高齢化するのかについては、以下3つの理由で説明がつく。ひとつは、前提的に若者世代の貧困化が進んでいること。2013年に私が行った調査によると、「ネット右翼」の平均年収は450万円超で、平均よりもやや高い、という結果が出た。

職業的にも大都市部に住む「自営業」「自由業」の割合が郡を抜いて高い。つまり「ネット右翼」とは、「主に首都圏に住む、比較的時間とお金に余裕のある中・高年の中産階級」という結論になる。「嫌中・嫌韓本」を買うのが若者ではなく高齢者に偏るのは、書籍代に所得を割く余裕が有るためだ。ブラック企業や貧困で苦しむ少なくない若者からは、新品の書籍を買う余裕が徐々に削ぎ落とされている。

もう一つは、「ネット右翼」の重視する主義・主張が国家論や外交、歴史問題など「マクロ的なイシュー」に偏重していること。「嫌韓・嫌中・アンチ在日」は外交、歴史問題や日本美化の国家論として、容易にその手の本や記事の中に結び付けられている。

大局的な国家論が悪いと言っているのではない。10代、20代の若者の関心は「雇用、就職、結婚、恋愛」などの課題であり、国家論とは異なっている。経済的に余裕があり、生活の心配をしなくて済む「ネット右翼」が自然と国家論に傾き、若者が訴求するテーマから遠ざかっていくのは、当たり前のことだ。

4.高齢化する「ネット右翼」はネット参入の「後発組」

このような「ネット右翼」の富裕で、貴族的なイシューの追求が、ますます読み手や読者を限定することになり、「ネット右翼」の高齢化が進んでいる。最後の理由は、「ネット右翼」と通信回線の問題。「嫌韓・嫌中本」を好む「ネット右翼」の半数近くが60歳以上ということは、ごく最近、ここ数年でインターネットの洗礼を受けたということに成る。

例えばゼロ年代中盤や後半からネットの世界に入った現在の中高年は、はじめからブロードバンド・光ファイバーの超高速回線を当たり前の事として享受している。ナロードバンド時代のストレスに溢れたネット空間をほとんど知らない彼ら「後発組」が、不得手なネット空間で突然触れる「嫌韓・嫌中」のサイトや動画に衝撃を受け、それまで持っていた価値観が180度転換し、「ネットの真実」と称して「ネット右翼」の価値観に入り込んでいく。

これはネット空間のインフラが整備されたあとに、ネットに参入してきた彼らが、「ネットで書かれていることは不自由で不確実で胡散臭いものである、まず疑うべきである」という、ネット黎明期からのリテラシーを十分に育まないまま、突然高速回線のストレスのない環境で提示された「真実」をそのまま信じてしまうことがその理由であろう。

5.ネット万能論に傾きがちな「中・高年」

勿論、「ネットで書かれていることが全て嘘」というわけではないが、「ウソをウソと見抜けぬ人にネットを使うことは難しい」という名言を残した2ちゃんねるの管理人氏の言葉通り、「後発組」である「ネット右翼」のネットリテラシーは著しく低いものにとどまっている。

「在日朝鮮人は全て生活保護を受給している」「テレビ局や民主党議員はすべて在日に支配されている」という明らかなウソや陰謀論を信じこむ「ネット右翼」が、「嫌韓・嫌中本や記事」を好んで購読する土壌になっているのは事実だ。

よく考えて見れば、「ネット右翼」以前に、ネット空間の中には政治的なものは少なかった。90年代のナロードバンド時代はネタ系テキストサイト、アングラ情報サイトが隆盛していた。ゼロ年代を境として開始された、『侍魂』『連邦』『バーチャルネットアイドルちゆ12歳』などもそれだ。

「ネット右翼」は2002年の日韓ワールドカップ大会以降に顕著に登場してくるが、ネット上で「嫌韓・嫌中」がこれでもかと盛んになった時期(ゼロ年代中盤以降)と、ブロードバンドの普及は驚くほどリンクしている。

6.「ネットの不自由さ」を経験せず

ネット空間は、通信やハード機器へのリテラシーが強かった30代、20代がその黎明期の主役を担ったが、インフラが整備されてくるにつれて徐々に50代、60代以降の中・高年が参入してきた。高速回線の快適さしか知らない彼らは、最初から「ネットは万能で、何でもできる」と思い込んでいるように思える。

56kbpsの低速度に甘んじ、一枚のポルノ画像の閲覧に何十分もの時間をかけ、しかもすぐに切断されるネットを知っている当時の若年層は、ネットに書いてあることを安々と信じるようなことはしなかった。まさに、「ネット右翼の高齢化」とは、「ネットインフラの豊かさ」が産んだ結果の悲劇とも言える。

無論、繰り返す通り、安易な「嫌韓・嫌中」に組みしない良心的な「ネット右翼」も、多数存在していることを最後に書き記しておく(但しその場合は、上記で定義したネット右翼からは外れてくるため、「保守派」とか、「保守」という言い方になるが)。

*注*テキスト系サイト「侍魂」などの開始は90年代ではなくゼロ年代に入ってからでは、との指摘を受けました。確認した結果、私が年号を勘違いしたものだったので、当該箇所に「ゼロ年代を境として開始された「◯◯」「◯◯」も~」と付け加えました。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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