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昨年「メルセデス・ベンツの窓を右拳で殴り割ろうとした」ゴルフ界の鉄人ケプカ、マスターズ惜敗の今年は?

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

 悪天候によるサスペンデッドと翌日への繰り越しが続き、不規則進行となった今年のマスターズが、ようやく土曜日の夜を迎えたころだった。

 SNSに1枚の合成写真が投稿され、ちょっとした話題になっていた。

 写真の中央には、メルセデス・ベンツのSUV。その傍らには、その時点ではマスターズで首位を独走中だったブルックス・ケプカの写真が合成されていた。

 しかし、写真のケプカは険しい表情で拳を握り締めており、その拳は、まるでメルセデス・ベンツの窓を叩き割ろうとしているかのように巧妙に合成されていた。

 写真の上には「メルセデス・ベンツGSL SUVのNEW AD(新広告)」と書かれており、それが事情通のゴルフファンをクスクス笑わせていた。

 その意味は、こうだった。

 2017年の全米オープンでメジャー初優勝を挙げたケプカは、翌2018年に全米オープン連覇と全米プロ初制覇を成し遂げ、2019年には全米プロも連覇。あれよあれよという間にメジャー4勝、PGAツアー通算8勝を達成し、世界ランキング1位に上り詰め、「最強の男」と呼ばれていた。

 しかし、その後は右膝、左膝、首、手首、腰を次々に故障。成績はみるみる低下し、スランプに陥った。

 昨年のマスターズでは、2021年大会に続き、2年連続で予選落ちを喫した。その帰路の出来事――。

 マスターズ期間中、選手にはメルセデス・ベンツがオーガスタ・ナショナルから無料で貸し与えられるのだが、2年連続予選落ちの情けなさと悔しさに耐えきれなくなったケプカは、オーガスタから宿舎に戻り、車から降りるやいなや、握り締めた拳(こぶし)をベンツの後部の窓に力いっぱい叩きつけ、殴り割ろうとしたという。

 「ゴルフをやめようと思った。ツアーから引退するだけではなく、ゴルフそのものをやめようと思った。そして、右手の拳をメルセデスのリア・ウインドウに叩きつけた」

 そうでもしないと気持ちが収まらなかったのだとケプカは振り返っていたが、鍛え抜かれた肉体を誇り、「ポパイ」とも呼ばれたケプカが、渾身の力を込めて放った2度の強力パンチでも「メルセデスの窓は割れなかった。ナイスなウインドウが付けられているってことだね」。

 そう言って、ケプカは冗談交じりに明かしたが、プロゴルファーが大事な右手を車の窓に2度も叩きつけた行為は、車の窓を破壊したかったわけではなく、情けない自分を消し去りたいような気持ちだったのだろう。

 そんな驚きの出来事から1年が経過した今年。

 ケプカはマスターズ初日を首位タイで発進し、最終日を2位に2打差の単独首位で迎えたが、1番の第1打をいきなり大きく左に曲げて9番ホールへ打ち込む大乱調。それでもパーセーブしたところは、さすがだったが、4番以降は次々にボギーを重ね、スペイン出身のジョン・ラームに勝利を奪い取られてしまった。

 2位タイに終わったことは、悔しい結果には違いない。しかし、故障のせいで自分のスイングもゴルフもできずに予選落ちした過去2年の悔しさとは、まったく異なるものだとケプカは言った。

 「今年は、トライした。全力を尽くした。今夜は熟睡できる」

 「優勝」の二文字を手に入れることはできなかったが、戦い切った手ごたえと満足感を感じることができた今年は、もう彼はメルセデス・ベンツの窓を右拳で叩き割ろうとは、しないはずだ。

 その代わり、メジャー・タイトルを競い合う雲の上の世界への扉を再び開いたケプカは、これからは新興ツアーであるリブゴルフを足場にしつつ、新たなスターへの道を突き進んでいくのではないだろうか。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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