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なぜPGAツアーはリブ・ゴルフ参加17名を「剥奪」「永久追放」ではなく「サスペンデッド」としたのか?

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

 グレッグ・ノーマン率いる新ツアー「リブ・ゴルフ・インビテーショナル・シリーズ」の初戦がロンドンのセンチュリオンGCで開幕した6月9日(英国時間)。

 長年、PGAツアーを沸かせてきたスター選手のフィル・ミケルソンやダスティン・ジョンソンらが新天地でティオフしたことを確認したわずか30分後、PGAツアーのジェイ・モナハン会長は、PGAツアー・メンバーの選手たちに宛ててメモを配信した。

 その内容は、PGAツアーに背を向けた選手たち、背を向けようとしている選手たちに対する処分を伝えるもの。「リブ・ゴルフ」初戦のロンドン大会に出場している17名のPGAツアー選手のメンバーシップは「サスペンデッド(停止)とする」と記されていた。

 今後、この17名は、PGAツアーのみならず下部ツアーのコーンフェリー・ツアーや傘下のPGAツアー・ラテン・アメリカ、PGAツアー・カナダ、シニアのチャンピオンズツアー、プレジデンツカップ、PGAツアーと他ツアーとの共催大会のすべてに対する出場資格が停止される。

 モナハン会長は以前から「あっちのツアー(リブ・ゴルフ)に行く選手には重いペナルティを科す。メンバーシップの停止、剥奪、永久追放もありうる」と怒声を上げていた。

 しかしながら実際は、メンバーシップの「剥奪」や「永久追放」ではなく、「サスペンデッド(停止)」とすることを選んだ。

 そこに、モナハン会長とPGAツアーの複雑な思いや事情が交錯している。

【サスペンデッドの意味】

 「サスペンデッド」は、日本語に訳せば「停止」あるいは「一時停止」である。完全なる取り消しや消去ではなく、いつか再び動き出す可能性を秘めている。「退学」と「停学」の意味が異なることを思えば、頷けるはずである。

 なぜ、PGAツアーに背を向け、リブ・ゴルフに行った選手たちを完全に断ち切ることをせず、「サスペンデッド」としたのかと考えたとき、1つには、こんな見方ができる。

 いつか彼らはPGAツアーに戻ってくるのではないか?戻りたいと言ってくるのではないか?以前のようには戻らないとしても、何かしらの形で再び参戦する展開が将来的に起こりうるのではないか?

 そんな淡い期待と願い、去っていった選手たちに対する未練のようなものが、PGAツアー側の人々の胸の奥底に、まだ残っているからこそ、メンバーシップの剥奪や永久追放ではなく、「サスペンデッド」にしたのではないだろうか。

【「自主返上派」と「返上しない派」は異なる処遇】

 もう1つ、興味深いことがある。

 すでにPGAツアーのメンバーシップを自主返上し、自ら去っていった選手は、ケビン・ナを筆頭にダスティン・ジョンソン、セルジオ・ガルシア、リー・ウエストウッドなど次々に増え、現状では10名に達している。

 この10名は、週明けの13日(米国時間)には、フェデックスカップ・ポイント・ランキングから外される。

 さらに、この10名は、今後、ノンメンバー資格でもスポンサー推薦でも、どんなルートからもPGAツアーの大会への出場はできないと記されており、自ら去ることを選んだ10名への処分は、実質的には追放に近い。

 しかし、リブ・ゴルフに参戦しつつ、PGAツアーのメンバーシップも返上せず保持しているフィル・ミケルソンやイアン・ポールターなどの残る7名については、「サスペンデッド」とは記されているものの、ポイント・ランキングから外すとも外さないとも書かれておらず、曖昧なままにされているのだ。

 そして、リブ・ゴルフ第2戦からの参戦が決まっているブライソン・デシャンボーやパトリック・リード、参戦が見込まれているリッキー・ファウラーらも、この7名と同じ括りになり、当面は「サスペンデッドになる」こと以外は、処遇が曖昧な状態に置かれることになる。

 その状態は、「サスペンデッド(停止)」が解ける可能性が、わずかながらも「ある」と受け取ることができる。

 それは、選手たちに戻ってきてほしいというモナハン会長やPGAツアーの「願い」の表れなのか。完全に失いたくないという「未練」の表れなのか。

 いやいや、現実的には訴訟対策と考えるのが妥当である。

【訴訟対策?】

 モナハン会長は、PGAツアー・メンバーに向けたメモの中で、さらに、こう綴っている。

「きっと質問や疑問は、まだまだあることだろう。これからどうなるのか?彼らはPGAツアーに戻ってくることができるのか?チャンピオンズツアーには出られることになるのか?私たちPGAツアーは、そうした質問疑問に必ず答えていく。PGAツアーの選手であるアナタたちが作り上げたツアー規定を尊重し、透明性をもって対処していく」

 「規定を尊重」「透明性」といった言葉がモナハン会長の声明や選手たちへのメモに登場したのは、リブ・ゴルフにまつわる一連の騒動において、おそらく初めてに近い。その背後には、訴訟対策の意味合いも感じ取れる。

 ノーマンとリブ・ゴルフは「PGAツアーは選手たちの戦う場所を選ぶ権利を侵害している」などとして訴訟も辞さない姿勢を見せている。すでに17名の選手の中で「PGAツアーを訴えたい」と明言している選手もいることをノーマンが明かしている。

 「サスペンデッド」としたこと、処遇に含みを持たせていることは、訴訟のための何かしらの対策と推測される。

 だが、ゴルフ界が揺れ動き、ファンや関係者の動揺や落胆も見られる今は、今回の処遇にはPGAツアーの願いや想いが今なお込められているのだと私は思いたい。せめて今は、そう思っていたい。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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