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新ルールを巡る初の“事件”が問いかけたゴルフとルールの在り方

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
科された2罰打の妥当性とゴルフの在り方、ルールの在り方。解決策は見い出せるのか?(写真:ロイター/アフロ)

 2019年1月1日から新しいゴルフルールが施行され、早1か月が経過した。新ルールは、難解で複雑だった従来のルールをよりシンプルに、よりわかりやすくするために大幅変更が施され、今年の年明けから世界のゴルフ界で一斉に施行されたのだが、その解釈と適用を巡り、大きな議論を巻き起こした初のケースが欧州ツアーで起こった。

【コトの経緯】

 “事件”が起こったのは、先週(1月24日~27日)に開催された欧州ツアーのオメガ・ドバイ・デザート・クラシック最終日だった。

 中国人選手のハオトン・リーが72ホール目の18番グリーン上でバーディーパットに挑もうとラインを読んでいたとき、彼のキャディも後方から一緒にラインをチェックしていた。

 2人はラインを確認し合い、リーがスタンスを取ろうとしたタイミングに合わせ、キャディはライン後方から離れていった。そして、バーディーパットを沈めたリーは、堂々3位タイでフィニッシュ、、、したはずだった。

 しかし、思いがけず、ルール委員から物言いが付いた。リーがスタンスを取ったとき、まだキャディがライン後方にいたため、新ルールに抵触するという指摘。リーは2罰打を科せられ、3位タイから12位タイへ一気に転落。手にするはずだった賞金は一気に1000万円以上のダウンとなった。

【批判の嵐】

 新ルールでは、キャディなどラインをアシストする人やモノは、プレーヤーがスタンスを取る前にライン上からすべて外れるべしとされている(ルール10-2、Advice and other help)。

 つまり、選手がスタンスを取る前であれば、キャディは選手と一緒にラインを読んで助けることはOKだが、選手がスタンスを取る以前にラインアップから離れ、あくまでも選手自身が自力でスタンスを取り、セットアップしてストロークすべしとされている。

 だが、ルール委員は、リーがスタンスを取ったときに、まだキャディが後方にラインアップしてアシストしていたと指摘し、リーに対して2罰打を科したのだ。

 その場面の画像を見ると、ほんの一瞬、リーとキャディが同一ライン上に重なっているように見えると言えば、見えなくはない。だが、そのほんの一瞬にキャディがリーをアシストし、それによって利益を得ているように見えるかと言えば、正直なところ、到底、そうは見えない。

 リーもキャディも「そんなつもりはまったくなかった」と、怒りと驚きと落胆をまじえながら首を傾げるばかり。だが、当惑する本人たち以上に、他の選手やキャディたちからルール委員の裁定に対する批判の嵐が起こった。

「ルールの適用の仕方が厳しすぎる」

「リーは2ペナには当たらない」

「ルール委員の判断は間違っている」

「そんな裁定は納得できない」

 リー・ウエストウッドをはじめ、ベテランから若手まで大勢のツアー仲間たちがリーと彼のキャディを気遣い、ルール委員が下した裁定を激しく批判した。

【欧州ツアー会長も批判意見】

 大会終了後、批判の嵐はさらに激化。この事態を受けて、ゴルフルールを司るR&Aが異例の声明を出した。

 その内容は、スタンスを取ろうとしたリーの最初の一歩がグリーン面に着地したとき、キャディが依然としてラインアップしており、「残念なシチュエーションではあったが、ルールは正しく適用された」というもの。

 つまり、新ルールそのものにも、その場で対処したルール委員の解釈や判断、裁定にも問題はなかったとR&Aはあらためて言い切ったのだ。

 だが、今度は欧州ツアーのキース・ペリー会長が黙ってはいなかった。とはいえ、真っ向からケンカを売るような言動を避け、冷静に理詰めでモノ申したところが、敏腕コミッショナーらしい反論の仕方だった。

 ペリー会長いわく、「新ルールに基づいて裁定を下したルール委員の判断は正しい」と前置きした上で、リーにもキャディにも「悪意や故意はなく、たとえ2人のラインアップが瞬間的に重なったとしても、それによって彼らは何のアドバンテージも得ていない」。

 それなのに、新ルールを文字通りに解釈すれば、結果的に今回のように2罰打を科される結末になってしまうのだから、何かがおかしいとすれば、それは新ルールの表現そのものがおかしいとペリー会長は強調。

 そんな(曖昧な)状況下で、リーが2ペナを食らい、3位タイから12位タイへ転落させられたことは「アンフェアだというのが、私の個人的な意見だ」と声を大にした。

【何のためのルールなのか?】

 新ルールがキャディのラインアップを「プレーヤーがスタンスを取る以前まで」と限定した背景には、米LPGAなど主に女子ゴルフの世界でキャディのアシストが度を越していた実態があった。

 ショットでもパットでも、女子選手とキャディがラインをともにチェックし、セットアップする際も、いやいや、セットアップし終えた後でも、キャディがライン後方から選手の肩やスタンスの向きをチェック。

 キャディが「グッド!」と言ってラインから外れると、ようやく選手がショット、パットするという作業は、スロープレーを誘発し、1ラウンドの所要時間は5時間半、ときには6時間にも及ぶほどだった。

 スロープレー撲滅、ペース・オブ・プレーの改善はゴルフ界の世界的な課題であり、その対策の1つとして、新ルールではキャディのラインアップは選手がスタンスを取る前までの間に限定した。

 それは、それで理にかなっており、すでに米LPGAの選手たちも新ルールに従ってプレショットルーティーンを変え、今年の試合に臨んでいる。

 ペリー会長は「そうやってゴルフというゲームのインテグリティ(品位)を保つことは、とても大切だ」と、新ルールが定められた背景も意味も理解していることを示した上で、「ゴルフは人々に広くアピールするものであるべき」と語った。

 ある目的のために定めた決まりが、解釈と適用を巡り、別の問題を引き起こす事態になってしまったが、ペリー会長はR&Aと話し合いを続け、解決策を見い出していくつもりだという。

 この一件を通じて、ポジティブな産物があったとすれば、それは、権威や立場に関わらず、選手やキャディたちが、おかしいものは「おかしい」「アンフェア」と声を挙げたこと。そうできる環境があったこと。そして、欧州ツアー会長が信念を持って、それらを自ら後押ししたことだ。

 ゴルフルールはゴルファーのためのものであるべき。新ルールは「よりシンプルでわかりやすいもの」であるべき。そして、ゴルフは人々に親しまれ、楽しんでもらえるものであるべき。

 「いいもの」「正しいもの」「そうあるべきもの」を作り出そうという共通の想いがあれば、きっとゴールは、そう遠くない。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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