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全米オープン3日目。あえて動いているボールを打ったミケルソンの珍事が投げかけた問題

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
48回目のバースデーに渦中の人になったミケルソン(写真/舩越園子)

ゴルフの今季2つ目のメジャー大会、全米オープン3日目は波乱の1日になった。「珍事が起こった」と表現したほうが正確かもしれない。

この日、6月16日はアメリカの国民的スター選手、フィル・ミケルソンの48回目の誕生日だった。

どのホールでも、ミケルソンが歩くたびにロープ際から「ハッピー・バースデー、フィル!」と祝福の声が上がり、ミケルソンも笑顔で応えていた。

初日に77と出遅れながら2日目に69と巻き返し、35位タイで予選通過を果たしたミケルソンは、この日のシネコックヒルズGC(ニューヨーク州サウサンプトン)で最大の注目を集めていたと言っても過言ではない。メジャー5勝ながら、全米オープンだけは未勝利のミケルソン。優勝すれば、生涯グランドスラムが達成される。

いやいや、優勝はさておき、過酷なセッティングのシネコックヒルズで若者たちと伍して戦う48歳のミケルソンは、それだけで人々が「頑張れ!」と声援を送りたくなる存在だった。

そのミケルソンが「珍事」を起こし、大騒動になった。

【珍事の内容】

前半で2つスコアを落とし、後半も10番、11番で連続ボギーを喫したミケルソンは13番(パー4)でフェアウエイからの第2打をグリーン右奥へ外すと、寄せようとした第3打はグリーンの逆側へこぼれ、第4打のチップショットでピン5メートルへ寄せた。

 

5打目に当たるファーストパットがカップをそれて下へ下へと転がっていったときのこと。ミケルソンは大急ぎで転がるボールを追いかけ、まだ動いているボールをパターで止めるように打ち返した。そして、7打目に当たるパットも外し、8打目でようやくカップイン。

実際には「8」でこのホールを終えたが、動いているボールを打ったことに対する2罰打が科せられ(ルール14-5)、このホールのスコアは「10」になった。

そのままプレーを続けたミケルソンは17番でもボギーを喫し、前半37、後半44、この日「81」で3日目を終えたのだが、当然ながら「13番の5打目」が大問題になった。

【なぜ、止めた?】

 プレーを終えたミケルソンを取り囲んだ米メディアが、つかみかかりそうな勢いでミケルソンに詰め寄った。

なぜ、動いているボールを止めたのか?

それは、ルールを最大限に活用した自分なりの処置だったのだとミケルソンは言った。

「2ペナになることは承知の上だった。むしろ、2ペナを喜んで受けることで(グリーン周りやグリーン上を)行ったり来たりすることを回避したんだ」

米メディアがさらに詰め寄ったことは言うまでもない。

「あえてルール違反に当たる行為に及ぶのはゴルフルールに対するリスペクトが無い行為なのでは?」

「侮辱行為に当たるのではないか?」

「あえてルールを破った場合の失格(ルール1-2)にも相当するのではないか?」

「大勢のファンの期待を裏切る行為なのではないか?」

しかし、ミケルソンは「そう受け取られてしまったら申し訳ない。でも、僕はそんなつもりはない。2罰打をあえて選ぶことで、行ったり来たりすることを避けた処置だった。ルールを侮辱するつもりなど全くなかった」。

ミケルソンの状況では、アンプレアブルを宣言し、元の位置から打ち直すという選択肢もあったが、下り傾斜と風向きを考慮すると「それは、グレートな選択肢ではなかった」とミケルソン。

だから、動いているボールをあえて止めるという自身の処置は「ベストな処置だった」というのがミケルソンの主張だった。

【さらなる反応】

 そんなふうに、ミケルソンがホールアウトした直後は「ゴルフルールを侮辱する行為だ」「ファンに対する裏切り行為だ」と米メディアが激しく反応し、詰め寄り、その場の空気は緊迫していたが、しばらくすると「さらなる反応」も少しずつ出てきた。

 米ツアー選手の中で誰よりもファンサービスに熱心で、選手や関係者、メディアからの人望も厚いミケルソン、ルールにも詳しいミケルソンが「こんな侃々諤々の議論を巻き起こすルール違反をあえて取るというのは解せない」という反応だ。

 ニューヨーク州ロングアイランドの名門、シネコックヒルズが全米オープンの舞台になるのは今年が5回目。前回開催の2004年は、誰の想像をも上回る激しい日照りでグリーンが干上がり、最終日の優勝争いの真っ只中でUSGA(全米ゴルフ協会)がホースで水を撒くという原始的で付け焼刃の処置を取り、批判が殺到した。

 14年ぶりにシネコックヒルズに戻ってきた今年、USGAはコース管理に自信を示し、「今回こそは成功させる」と胸を張っている。

 初日、2日目はコースに対する批判めいた声はほとんど上がっていなかった。だが、3日目は強い日差し、強い風により、地面が猛スピードで干上がって固くなり、芝を刈りこんだグリーン周りは、まるで滑り台のようにボールを転がし、グリーンから滑り落としていった。

 グリーン上も硬く速くなり、おまけにスパイクマークでデコボコ。ポアナ芝はバラバラな長さに伸びた状態。パットのラインを阻害する要素は多々あり、多くの選手がグリーン周りとグリーン上で苦戦を強いられた。

【4パット2回の松山英樹は、、、】

 松山英樹も、その一人。前半5番でボギーを喫すると、8番(パー4)では3オン、4パットのトリプルボギー。パットは3回ともカップに蹴られ、4度目でようやくカップに沈んだ。

後半はグリーン周りの傾斜にボールを持っていかれ、13番から3連続ボギー。そして16番(パー5)では、またしても3オン、4パットでダブルボギー。

79を喫した松山は、コースコンディションやセッティングに対する意見や感想は「みな同じ条件なので」と言うに留めた。

そして「ミスパットが1回もなくて4パットしたのは初めてだと思う」と、あくまでも自分自身のラインの読みやスピードの掴み方が「わかっていないのかな」。

あくまでも非は自分にあると、松山は潔かった。

【抗議の行為?深読み?】

しかし、あえて2罰打を受けることを選んだミケルソンの行為は、「USGAのコースセッティングに対する抗議の行為だったのではないか?」というのが、世界のメディアの一部から出てきた、もう1つの見方。

それが正しい読みか、深読みか。その真偽のほどはミケルソンだけの胸の中にある。

 もしもミケルソンに抗議の意図があったのならば、正々堂々、正面から抗議してほしかった。

 しかし、日頃から歯に衣着せぬストレートな物言いをして、ときにはそれが爆弾発言にもなってきたミケルソンなのだから、それを思えば、彼の行為に抗議の意図がまどっろこしく込められていたとは考えにくい。

 となれば、やっぱりミケルソンの説明通り、ルールを味方につけようという単純な考えで取った行為だったのではないか。

 だが、たとえそうだとしても、さまざまな解釈をさせ、解釈の仕方によれば大きな批判の的になるその処置が、ベストな処置だったとは私には思えない。

あるがままでプレーしてほしかった。私は、そう思う。

 ミケルソンは、それ以上は言わず、口にしたのは、こんな言葉だった。

「今日はとてもスペシャルなバースデーになった」

 彼が言った「スペシャル」の本当の意味は何だったのか――。

 ルールの在り方。ルールの解釈の仕方。コースの設定の在り方。いろんな問題を投げかけることになった「珍事」だった。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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