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マスターズ開幕直前。 “宿敵”との友情秘話を明かしたタイガー・ウッズの「カムバック」諸々の意味

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
復活優勝が期待されるウッズ。カムバック途上では“宿敵”との友情に支えられたそうだ(写真:ロイター/アフロ)

 今年のマスターズはタイガー・ウッズのカムバックで沸いている。開幕を2日後に控えた火曜日は、ウッズとフィル・ミケルソンがともに回った練習ラウンドに大半のギャラリーが引き寄せられていた。

 2015年大会以来、3年ぶりにオーガスタに戻ってきたウッズ。優勝すれば、2005年大会以来、13年ぶりの復活勝利となる。それは素晴らしいカムバックだとみんなが感じている。

 だが、ウッズ「カムバック」には、もっと大きな意味合い、別の意味合いもあるように思う。

 昨年のマスターズに「出場しない」と決めたウッズは、その直後に生涯4度目の腰の手術を受けた。以来、リハビリ生活をしながら復帰のタイミングを見計らっていたウッズは、手始めに昨年12月のヒーロー・ワールド・チャレンジに出場。

「あの試合に出るまでは、このマスターズに出て戦えるとは、まだ思ってもいなかった」

 今年1月に1年ぶりで米ツアーへ復帰し、以後、5試合に出ているうちに「今年のマスターズで戦える」と思えるようになっていった。5試合中、ラスト2試合で優勝争いを演じ、2位と5位になり、そうやって瞬く間に調子を上げ、手ごたえと自信を得たこと。それがウッズをオーガスタへ向かわせたわけで、今年すでに出た5試合こそが、カムバックへの直接的な道になったのだ。

【7、8年ぶりの「グッド」なゴルフ】

 黄金期と比べ、4度目の腰の手術を経た今のウッズの肉体と技術は、果たしてどこまで回復しているのか。どのぐらいスイングスピードが戻っているのか。

「それは、クレージーなほどだよ」

 ウッズはうれしそうに笑顔をたたえながら説明を始めた。

「本当に、正直なところ、クレージーなほどのスイングスピードでクラブを振ることができるようになっている。痛みは無い。体の柔軟性は以前ほどではないが、痛みは無く、いい感じに気持ち良く振れている。こんなに速いスピードでスイングできたと感じたことは過去には一度も無かった」

 手術によって腰の状態が改善された結果、スイングスピードは想像以上、期待以上に向上し、「以前よりずっとハードにボールを打つことができる」。

 だが、その一方で、予防的な意味も含めて練習量は格段に抑えている。

「以前は練習場で4~5時間、打ち続けていたけど、今はせいぜい1時間で練習場から去っている。以前より集中して効率アップしながら練習しなければいけない。それは42歳という年齢に見合った練習の仕方でもある」

 ヘッドスピードは上がっているが、練習量は減らさざるを得ない今、総合的に見たゴルフの状態はどうなのかと問われると「とてもいい状態。これほどグッドな状態になったのは7、8年ぶりかな」。

 ウッズのゴルフの「いい状態」が7、8年ぶりに戻ってきている。そのカムバックの意味は、とても大きい。

仲良く練習ラウンドをしていたウッズとミケルソン。かつては同組でスタートする際、「果たして2人は握手をするかどうか?」が注目されるほど犬猿の仲と言われた時代もあった(写真/舩越園子)
仲良く練習ラウンドをしていたウッズとミケルソン。かつては同組でスタートする際、「果たして2人は握手をするかどうか?」が注目されるほど犬猿の仲と言われた時代もあった(写真/舩越園子)

【友情は深まった】

 そんなふうに「技」と「体」はいい状態だとわかった。となると、気になるのは彼の「心」の状態だ。

 かつて最大のライバルであり、犬猿の仲だと言われ続けてきたミケルソンとマスターズの練習日に一緒に練習ラウンドしたのは、一体どんな心境の変化だったのか。そこには、ウッズのカムバックにつながる秘話があった。

 昨年9月に開催されたプレジデンツカップにミケルソンはプレーヤーとして出場し、ウッズは副キャプテンとして参加した。そう言えば、あのとき2人はとても親しげに言葉と笑顔を交わし合っていたことが思い出された。

「フィルは僕のカムバックを手助けしようとしてくれた。選手として出られないなら、別の役割があることを彼は僕に教えてくれた。あのとき僕たちの友情は深まった」

 そして今日の練習ラウンド中は、長いプロ生活のいろんな思い出話に2人で花を咲かせたのだそうだ。

「僕たちは試合の終盤に何度も勝利を競い合った。どちらが世界ナンバー1かを競い合った戦いの20年を経て、今は友情を深め合う日々に移行しているねという話をフィルとしていた。フィルは47歳、僕は42歳という年齢も手伝って、そういうふうに思えるようになったのだと思う」

 友情を実感し、感謝し、そして心が穏やかになる。そのおかげで強いウッズ、勝てるウッズが戻ってきつつあるのだとすれば、心のカムバックがもたらすものは、とても大きい。

【「それでも勝った」。だからこそ】

 火曜日の練習ラウンド後、公式会見に臨んだウッズに世界のメディアは性急に質問を浴びせていった。

「タイガー、今週、アナタがこのマスターズで優勝したら、それは前にも後にもスポーツ界で最も偉大なるカムバックになる。そのことは今、アナタの頭の中にありますか?」

 そう問われたウッズは「まあまあ。4ラウンドもあるのだから、まずは落ち着いて。スローダウンしよう」と興奮気味の記者をなだめた。

傷病や戦線離脱、あるいはスイングチェンジによる不調などからのカムバックを目指す途上では、必ず足踏みをして足場を固める時間が必要になる。そう説明したウッズは「だから、スローダウン!」とメディアをなだめた。

 そして、かつて交通事故で重傷を負いながら、その後に大復活を遂げた伝説的ゴルファー、ベン・ホーガンの例を自ら挙げた。

「すべてのスポーツにおいて最も偉大なるカムバックを遂げたのはミスター・ホーガンだ。バスにひかれ、それでも彼はカムバックし、メジャー優勝を遂げた。彼が味わった痛み、ただクラブを振るだけのために彼がしなければならなかったさまざまな努力、ただ歩くだけのために本当に必死だった日々。そういう日々の末に彼は全米オープンを制し、復活優勝を遂げた。最大最高のカムバックだった」

 そもそも勉強家で博識のウッズゆえ、ベン・ホーガンのバイオグラフィーは元々読んだことがあったのだろうと思う。だが、会見でホーガンのカムバックぶりをすらすら語ったウッズの様子には、その下りを何度も何度も読み返し、すっかり暗記しているという雰囲気が溢れていた。

 戦線離脱し、「光が見えない」と悲嘆に暮れていたころのウッズは、きっと先人のカムバックの実話に希望の光を求めていたのではないか。そんなウッズの苦悩が垣間見えた。

「痛みとの闘いは、アスリートであることの一部だ」

 若かりしころのウッズは、逸る気持ちを抑え切れず、痛みに耐えながら「早まってカムバックしたこともあった」と明かした。

「とんでもなく痛かった。でも、それでも僕は勝った」

 しかし、4度目の腰の手術を経た今回は、早まることなく、じっくりゆっくり時間をかけて回復を待ち、痛みもない状態でオーガスタに戻ってきた。

 だからこそ、勝つかもしれない。「それでも勝った」ウッズが、今回は「それだからこそ勝つ」のではないか。

そう期待できるからこそ、今年のマスターズは開幕前から沸きに沸いている。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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