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タイガー・ウッズの91ホールの死闘は、もう起こらない!? 時代とともに変わりゆく全米オープンの姿

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
全米オープンが変わることは時代の要請に応え、生き残るための術だ(写真/舩越園子)

 全米オープンを主催するUSGA(全米ゴルフ協会)が米国時間の2月26日付けで驚きの発表をした。

 全米オープンの4日間72ホールで勝敗が決まらなかった場合、これまでは翌日の月曜日に18ホールのプレーオフ、さらにはそれに続くサドンデス・プレーオフを行なってきたが、今年からは72ホール終了後、即座に2ホールのプレーオフ(決着しない場合はサドンデス・プレーオフへ進む)を行う新形式へ変更される。

 それは、ゴルフの歴史が変わり、伝統が1つ消え去ってしまうことのようにも感じられ、一抹の寂しさを覚える。だが、同時にそれは、ゴルフ界が時代の要求に応え、時代の変化とともに存続していく上で必要不可欠な変遷なのだろうとも思う。

【なぜ、変更?】

 ゴルフの試合は4日間72ホールで勝敗が決まる。72ホールを戦った後、複数の選手が首位に並んで勝敗が決まらなかった場合、米ツアーのレギュラー大会であればサドンデス・プレーオフへ突入する。メジャー4大会の中でも、マスターズだけはサドンデス・プレーオフでチャンピオンを決めている。

だが、近年の全英オープンは4ホール、全米プロは3ホールのプレーオフで優勝者を選び出すという具合に形式が異なっている。が、これら3つのメジャー大会は「その日のうちに優勝者が決まる」という点では、すべて共通している。

 そんな中、近年では唯一、男子の全米オープンだけは翌日の月曜日に18ホールのプレーオフを行い、それでも決まらなければ、91ホール目からはサドンデス・プレーオフに突入するという形式を貫いていた。

 タイガー・ウッズがメジャー14勝目を挙げた2008年の全米オープンは今でも大勢のゴルフファンの記憶に残っていることだろう。

左膝に故障を抱え、歩くこともままならなかったウッズとロッコ・メディエイトが月曜日に18ホールを戦い、さらにサドンデス・プレーオフへ。勝敗はその1ホール目で決着し、ウッズの勝利が決まったのだが、合計91ホールの戦いは文字通りの「死闘」だった。

 ゴルフファンにとっても、いろんな意味で大変な時間になった。日曜日の夕方や夜ならテレビに噛り付くことができても、月曜日となると仕事や学など諸事があり、18ホールのテレビ観戦はままならない。

 もちろん録画という方法はある。だが、物理的にテレビを観ることができるかどうかはさておき、なかなかチャンピオンが決まらないことは、なんとも焦ったいものだった。そこを解消するために「翌日18ホール」を「即日2ホール」へ大幅短縮する今回の変更が考え出された。

 今回の変更は、全米オープンだけではなく、同じUSGAが主催する全米女子オープン、全米シニアオープン、全米シニア女子オープンにも、すべて今年から適用される。これまで全米女子オープンと全米シニアオープンでは3ホールのプレーオフ方式が採用されており、2002年(シニア)と2011年(女子)に実際にこの方法でプレーオフが行われた。それらの成功例が今回の2ホール・プレーオフへの変更を後押しする形になった。

 「その日のうちにチャンピオンがトロフィーを抱く姿を誰もが見たいはず。勝敗を決める上で、これこそが正しい方法というものは無いが、プレーヤー、ファン、ボランティア、大会関係者、いろいろな人々から意見を仰ぎ、2ホールのプレーオフを決めた。それが、みんなの利益となるはずだから」

 USGAのCEO兼エグゼクティブ・ディレクター、マイク・デービス氏は、胸を張って、そう言った。

【時代とともに】

 全米オープンの勝敗の決着方法が「72ホール+月曜日の18ホール+サドンデス・プレーオフ」と定められて以来、実際にサドンデス・プレーオフまで進んだのは、1990年、1994年、そしてウッズとメディエイトが戦った2008年の3度しかない。

 ウッズとメディエイトの91ホールの死闘は、取材をしていた私たちメディアにとっても長い長い時間だった。

 だが、サドンデス・プレーオフが採用されていなかった1950年代以前は、「72ホール+月曜日の18ホール」で決着しなかった場合は、さらに18ホールを戦っていた。そして、実際に「72ホール+36ホール=108ホール」の死闘となったことが1925年、1939年、1946年の3度もあった。

 驚いたことに、それよりさらに昔は「72ホール+36ホール」で決着しなかった場合は、さらに36ホールを戦い、「72ホール+36ホール+36ホール=144ホール」の死闘もあった。

他のメジャーも、やっぱり昔は長いプレーオフを行なっていた。マスターズがサドンデス・プレーオフを採用したのは1976年のこと。それ以前は18ホール、それより以前は36ホールだった。全英オープン、全米プロも同様に36ホールから18ホールへ、そして4ホールあるいは3ホールへとプレーオフの短縮化を実現してきた。

だんだん短くなっていく。そう、世界各国を飛び回り、多忙なスケジュールをこなしながら転戦している現代の選手たち、そして現代のファンやゴルフ関係者に144ホールや108ホール、いや90ホールの長丁場を求めることが、いかに時代にそぐわないかは、もはや説明など加えずとも、みなさん、おわかりだろう。

 今回の変更は、歴史や伝統を壊すものでも損なうものでもない。変化していく時代の中でゴルフが大勢の人々から支持され、愛され続けるため、ゴルフの大会が生き残っていくためのサバイバル作戦の1つだ。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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