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全米プロ初日。松山英樹を好発進させたもの。

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
自然体でプレーした松山英樹は1アンダーで好発進した(写真/舩越園子)

今季最後のメジャー、全米プロゴルフ選手権が始まった。

前週にブリヂストン招待で見事な逆転勝利を挙げ、世界選手権2勝目、米ツアー通算5勝目、今季3勝目を飾ったばかりの松山英樹は世界の視線が集まる中、早朝からティオフ。

出だしの10番(パー5)でいきなり10メートルのバーディーパットを沈めると、続く11番でもバーディーを奪い、好発進した。

ティショットを右ラフに入れた12番は、朝露に濡れ、粘りも強いラフからの脱出に失敗し、ボギーを喫したが、15番(パー5)では3番ウッドの第2打で見事にピン1メートル半に付け、イーグルパットはカップに蹴られたものの楽々バーディー獲得。今週も「松山強し」を印象付けるゴルフだった。

だが、傾斜が強くスピードも速いグリーンに手こずり、18番でボギーを喫すると、後半はフェアウエイバンカーにつかまった3番でもボギー。4番はパーパットがカップに蹴られ、3パットとなってボギー。5番はタップインしようとしたパーパットがまたしてもカップに蹴られ、まさかの3連続ボギーとなった。

ロープの外側を歩き、観戦する人々の合間からは「やっぱり前週の疲れが残っているんじゃない?」「2アンダーまで行っていたのに、もう2オーバーになっちゃった」「あのマレットのパターは、きっと今日までで終わりだね」等々、「松山、今日は下降線」を意味する声があちらこちらで飛び交っていた。

しかし、ここからが今日の松山の見せ場になった。7番(パー5)はグリーン手前から絶妙に寄せて、楽々バーディー獲得。8番は4メートルのバーディーパットを難なく沈め、9番は10メートルのバーディーパットを魔法のようにカップに沈めた。

3連続ボギーの直後に3連続バーディーで巻き返し、1アンダーで好発進した初日。

「前半の感じだったら、もうちょっと伸ばしたかったけど、後半の途中から、よく戻せたなという感じです」

ホールアウトした松山は静かに振り返った。

【今週も、哲学者?】

スコアカードを眺めれば、6バーディー、5ボギーは出入りの激しいゴルフ。2連続バーディーで発進し、後半の半ばで3連続ボギーを喫し、そして終盤に3連続バーディー。流れが大きく様変わりする展開だった。

なぜ、そんなに激しい動きになったのか?日本メディアから、そう問われた松山は、こう答えた。

「流れが悪くなればボギー打ちますし、流れが良くなればバーディー取れますし。そんな感じでした」

前週の優勝直後ゆえ、練習日の今週火曜日には疲労が色濃く見えた。そのため、水曜日は練習ラウンドをせず、ショットとパットの軽い調整に留めて、お昼頃には宿へ引き上げた。そんな体調優先の対策が功を奏し、エネルギーが補給できたからこそ、好発進できたのか? 

「どうなんですかねえ。わからないです。(最終的に)上位に行けば成功、下位に沈めば失敗じゃないですかね」

なるほど、まさに、おっしゃる通り。前週に引き続き今週も、松山英樹は事実と真実を見つめ、哲学者のように咀嚼している。

【喜怒哀楽に翻弄されず】

前週の松山の様子を軽く“おさらい”すると、ファイアストンに挑もうとしていた松山は大学の先輩である谷原秀人や世界ナンバー1のダスティン・ジョンソンらが「怒らないでやっているのを見て、自分もやってみようかなって思った」。首位と2打差で迎えた最終日は「メンタルコントロールをして、ハイにならないようにしたら、うまくいった」。

そして、感情を露骨に見せながらプレーするジョーダン・スピースらのスタイルは「自分がああやったら、自分が自分でなくなる気がする。自分は気持ちを抑えてやったほうがいいのかな」と語り、「今の自分が僕なので」と、いいことも悪いことも受け入れる姿勢を貫いていた。

「今の自分が僕なので」と哲学者めいたフレーズを口にする松山は、きわめて珍しかった。いやいや、珍しいというよりも、彼が初めて見せた姿だった。

松山なりに自己分析した上で、メンタル面のコントロールが大きなモノを言うことを自分で認識したからこそ、メンタルコントロールに自ら挑戦し始めたのだろう。

ブリヂストン招待では意識的にそれを行ない、それがうまく実を結んで勝利を挙げた。今週、今日の初日も喜怒哀楽に翻弄されることなく、粛々と目の前の一打に集中し、ホールアウト後は哲学者のように淡々と自身のゴルフを振り返ったのだが、どうやらあまり意識的にならずしてメンタル面をフラットに保てている様子だ。

【意識せずして、自然体】

スタートホールのティグラウンドに立ったときは「練習場も良くなかったですし、とりあえずフェアウエイに行ってくれればいいな、って。(実際は)ファーストカットで止まってくれていて良かったな」と謙虚な気持ちだった。

その出だしから長いバーディーパットが入り、「(カップに)寄せに行ったら入ったので良かったな」と素直に喜んでいた。

 

日照りでどんどん硬く速くなるグリーンに跳ね返され、転がされ、「いいショットが報われない場面もあったのでは?」と問いかけられると、「いいショットは、ほとんどなかったんで」。

短いパットを続けざまに外しての3連続ボギーは、さぞかしショッキングだったのではないか?焦りを感じたのではないか?

「あんまり調子が良くないので、いつか外すだろうなと思ってやっていたのが、ちょっと出てしまった」と、悪い現実も素直に受け入れていた。

 

3連続バーディーとなった最終ホール(9番)。「あのバーディーパットが入るのと入らないのでは、明日が違いますか?」と問われると、「いや、別に入らなくてもパーで上がれたらいいと思っていたので、本当にラッキー。大典さん(進藤大典キャディ)様様です」と、幸運と進藤キャディの助言に、これまた素直に感謝した。

そして「疲れている」「(どこかが)痛い」等々、肉体の状態に関することはほとんど明かさず語らなかった松山が、この日は「今日は疲れました」と正直な一言。

意識せず自然に、素直な松山英樹、自然体の松山英樹が出来上がりつつある。いろんな修羅場を潜り抜け、勝利も敗北も味わってきた松山が、少しずつ少しずつ、静かなる境地へ向かいつつある。

だからこそ、今日の初日も、伸ばして、落として、再び伸ばすことができた。魔法のようなカンバックを当たり前の顔で果たすことができた。

そんなふうに心静かで自然体の松山であり続けられれば、残る3日間、大きなチャンスがある。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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