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Vol.3 ラグビーNTTドコモレッドハリケーンズが今さら“当たり前”なことに“チャレンジ”する理由

福富信也東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役
高野大寿:撮影

2021シーズン、NTTドコモレッドハリケーンズのチームアドバイザーをしております、福富信也です。

今シーズン開幕戦となったキヤノンイーグルス戦はラストプレーでの劇的逆転勝利、第2節NECグリーンロケッツ戦にも勝利したレッドハリケーンズ。

実は、レッドハリケーンズにとって、トップリーグでの連勝は2017年12月以来(約3年ぶり)で、開幕からの連勝となると2013年シーズン以来(約8年ぶり)のことです。トップリーグで毎年のように降格争いに巻き込まれ、昇降格を繰り返してきた歴史を払しょくするため、今シーズンは大きな改革を進めています。

レッドハリケーンズは長年にわたって結果が出ず、人間に例えるなら生活習慣病のような状況と言えるかもしれません。人間のそれと同様、手術や劇薬によって治ることはなく、長期にわたって地道に組織の体質改善をしていくことが肝要です。そんななか、8年ぶりの開幕2連勝という結果が出たことは、「自分たちの取り組みが間違いではなかった」と肯定的に捉えられるできごとです。ただ、まだまだ組織の体質改善の道半ば。本当の強さを手に入れるためには、やるべきことがたくさんあります。

さて、このコラムでは、チームワークの強化・チーム力の最大化、いわゆるチームビルディングという立場で今シーズンからチームサポートをしている私が、”チームはどのような課題に直面しているのか” “(表面化していない課題も含め)今後どのようなリスクが潜んでいるのか”、そのうえで ”どのような改善策を処方したのか(したいと思っているのか)” を、わかりやすく解説し、技術・戦術・体力的側面とは異なる、チームづくりの魅力をお伝えしていきます。ビジネスシーンでも大いに役立つヒントがあると思います。

前回(Vol.2)は、チーム・組織を構築していくうえで重要となる、ミッション、ビジョン、バリューにスポットをあててお話をさせていただきました。

今回は、私が選手に繰り返しその重要性を説いている「凡事徹底」というテーマでお送りしたいと思います。

「できる人」と「できる人」が調和するのは容易ではない!

突然ですが、皆さんに質問です。

100%の成功率でパスができる人と、100%の成功率でキャッチができる人がいたとします。2人がパス交換した場合、プレーは100%の確率で成功するでしょうか。

「成功率100%の選手同士なら、必ずプレーは成功するに決まっている」と思う方もいるかもしれませんが、実はそうではないのです。なぜでしょうか。

選手たちには皆、自らの意思があります。その場で止まってパスを受けたいのか、トップスピードで走りながら前方のスペースでパスを受けたいのか。もちろん、それはパスの出し手も同じで、その場に出したいのか、前方スペースに出したいのか、それぞれの考えがあります。ですから、出し手としては狙ったところに正確にパスをできたとしても、受け手がそこでパスを受けたいと思っていなければ、そのプレーは失敗に終わるのです。

選手たちは皆、別々の人格であり、各々が頭脳をもち、それぞれに意思があり、癖や好みや価値観も異なります。仮に正確な技術をもっている選手同士であっても、簡単に「1+1=2」にはならないということです。むしろ、お互いを理解し合えていなければ、「1+1 <2」になることは当然と言っても過言ではありません。

そこで改めて大切にしたいことは、「上手くいかないことは常である」「一人でなら発揮できる技術も、仲間との調和の中で発揮することは難しい」「だからこそ日常的なコミュニケーションが重要だ」という考え方です。

コミュニケーションを繰り返すことで、お互いの癖や好みや価値観がわかるようになり、別々の人格だったメンバー間に神経が通い、まるで“1つの生命体”のように自由自在に動けるチームになっていくのです。レッドハリケーンズに今シーズンから着任したヨハン・アッカーマンヘッドコーチが、“仲間とのコミュニケーションの重要性”を私に話してくれたことがありました。まずは、そのエピソードをご紹介します。

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ヨハン・アッカーマンヘッドコーチ   高野大寿:撮影
ヨハン・アッカーマンヘッドコーチ   高野大寿:撮影

ラグビーというのは、現在の私たち選手・関係者にとって、生活の中心にあるものです。それは間違いありません。ただ、それは人生全体で考えた場合、決して大きなものではなく、むしろすごく小さなものだと思っています。

私たちは、人生を生きる中で、まず人と出会い、挨拶、コミュニケーション……というのを繰り返します。その中で、周囲の人とINSPIRE(鼓舞、激励、刺激)し合い、日々成長していきます。

私たちラグビー関係者は、ジャージを身にまとってグラウンドに立った時に、その情熱的なハードワークを通じて、スタジアムやテレビで観戦・応援してくれるファン、サポーターの方をINSPIREすることができます。

ただ、忘れてはいけないこととして、私たちがINSPIREできるのは、応援してくれるファンやサポーターだけではないということです。私たちは、チームメイトや関係者に対してもINSPIREできるのです。もちろん、自分たちの家族に対してもINSPIREできます。

例えば、仲間の家族が病気を患ってしまい、仲間が悩んでいるとします。もしくは仲間が長期離脱につながるようなケガをしてしまい、モチベーションを上げられず悩んでいたとします。そういう時は、率先してチームメイトを勇気づける(=INSPIREする)ことが大切です。数分という短時間でもかまいません。一緒にコーヒーを飲みながら話をするだけでいいのです。普段の何気ない気遣いが、人生にとって十分なINSPIREになります。

私は、今シーズンのチームスローガン「PLAY TO INSPIRE」を通じて、こうした文化をチームに根付かせたいと思っています。コミュニケーションを活性化し、自然とINSPIREできる関係性を構築したいと考えています。ただ、それにはそれ相当の時間を要することも理解しています。技術・スキル向上も大事ですが、チームを1つにするにはそれこそが最も重要だと考えています。2020-21シーズンは、まずはそこを注視していくつもりです。

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これは昨年12月、私がヨハンに「これからのチームづくり」「チームスローガン」について話を伺った時の一部です。まさに、そのとおりだと思います。私は「良いチームは1つの生命体のように機能する」と思っていますが、表現こそ違えど、ヨハンも同じように考えていることがわかるエピソードです。そして、「それには相当な時間を要することも理解しています」という言葉のとおり、「組織の体質改善は地道で長い取り組みになる」という認識で、ヨハンと私は一致しています。

メンバーには皆それぞれの癖、好み、価値観、強み、弱み、過去の経験などがあり、それが「特徴」なのです。さらに、それをお互いが正しく理解し合うことで「役割」ができます。正しく理解し合うためには山ほどのコミュニケーションが必要です。その積み重ねで、“1つの生命体”へと進化していきます。人間のカラダは、それぞれ違う特徴や役割をもった臓器・器官・部位で成り立ち、違いを調和させることで機能しています。そして、しなやかに動くことを可能にしています。

まだまだ発展途上のチームですが、シーズン終盤を迎えるころには、レッドハリケーンズにまるで1つの人格が宿り、個々の特徴の違いが調和し、自由自在に動ける“1つの生命体”のようなチームになっていることを目指しています。

陸上”4×100mリレー”日本代表がみせてくれた最高のお手本

高野大寿:撮影
高野大寿:撮影

続いては、今回のコラムで私が最もお伝えしたい内容に移ります。テーマは凡事徹底(BONJI TETTEI)。これは、私が繰り返し選手たちに言い続けていることの1つです。

凡事徹底の重要性を伝える最高の教材として、2016年リオデジャネイロオリンピックで銀メダル獲得という偉業を成し遂げた陸上 “4×100mリレー”の話をしました。

リオオリンピック決勝に進出した日本チームは、第1走者が山縣亮太選手、第2走者が飯塚翔太選手、第3走者が桐生祥秀選手、アンカーがケンブリッジ飛鳥選手でした。

その当時、まだ日本人で9秒台をマークした選手は1人もおらず、100m個人種目でメダルを獲得することは極めて難しい状況でした。世界最速であったウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)の自己ベストは9秒58。いっぽう、当時日本人最速だった桐生選手は10秒01。100mを約10秒で走っているということは、1秒は10m、0.1秒は1mの違いに相当します。桐生選手とボルト選手のタイム差は0.43秒。フィニッシュラインでは、単純計算で4m近く差がつくことになります。

世界と日本とでは、個の力にそれほどの差があったわけです。しかも、9秒台の選手を抱えている国はジャマイカだけではありません。アメリカも、カナダも、イギリスも、トリニダード・トバゴも。それなのに、日本チームは世界で2位になれたのです。

「個では成し遂げられないことでも、チームであれば成し遂げることができる」ということを証明してくれた事例です。似たようなできごととして記憶に新しいのが、2019年の日本で開催されたラグビーワールドカップでしょう。世界の強豪国の選手と比較すると、個の能力(体躯・技術・経験等)ではなかなか上回ることができませんが、ONE TEAMの精神で最後まで諦めず、身を粉にして戦い、結果として日本初の決勝トーナメント進出につながりました。

では、これらの事例と「凡事徹底」に何の関係があるのか、ということを解説していきたいと思います。

凡事徹底の魅力は、『誰もが知っている当たり前なことを、誰も真似できないレベルまで徹底すること』によって、自分たちの潜在能力を引き出せること、と私は解釈しています。

個で相手を上回るのが難しいチームこそ、「凡事徹底」が重要だと私は考えています。

そこで私は、「ラグビー界の凡事は何だ?」「ラグビーをやってきた人なら誰でも知っている重要なことって何だ?」と選手に聞きました。すると、とある選手は「リロードです」と答えてくれました。リロードとは、ピッチに倒れた選手がすぐに起き上がり、次のプレーの準備に入ることです。たしかに、倒れている時間はプレーに関与できない状況ですから、リロードはとても重要なことです。そして、「レッドハリケーンズが大切にしたい凡事とは何なのか」と問い、「それをもう一度見つめ直し、誰も真似できないレベルにまで徹底しよう」と、選手たちに伝えました。

「ま、いっか」を克服できない限り、凡事徹底は成しえない

高野大寿:撮影
高野大寿:撮影

先ほどの“4×100mリレー”に話を戻します。

皆さんは「リレーで勝敗を分ける最大のポイントは何?」と聞かれたらどう答えますか。

きっと誰もが「バトンパス」と答えることでしょう。そうです。リレーのポイントは、陸上の素人である私たちでさえ「バトンパス」だと知っているのです。

トップアスリートである日本代表選手たちが、私たち素人でも知っている「バトンパス」を軽視することなく、世界のどの国よりも徹底的に研究し、練習し、磨き上げた結果、銀メダルを掴み取りました。まさに「凡事(=誰もが知っている当たり前なこと)」を「徹底」したわけです。

私が調べた情報では、バトンパスへのこだわりは並大抵ではありませんでした。こだわりという次元を超えて、「執着・執念」という表現の方が正しいかもしれません。なんと“数センチ単位”で微調整をする徹底ぶりです。「そこまでこだわらなくてもいいでしょ」「そこまで追求しても、大した違いは生まれないよ」という甘い考えを許さないチームだったからこそ、銀メダルを獲得できたのです。

その凡事徹底の過程では、誰にでも「大敵」が現れます。それが「ま、いっか」です。

皆さんもご自身を振り返ってみれば思い当たる節はあると思います。もちろん私にもたくさんあります。

「心が体を支配している」

この「ま、いっか」を撃退しない限り、凡事徹底は成しえません。

「ま、いっか」を撃退するトレーニングは、24時間365日、いつでも可能です。私生活に「ま、いっか」がはびこっている限り、ピッチでも必ず弱い自分が顔を出すはずです。

私は選手たちに言いました。

「心が体を支配している。心が命じない限り、体は絶対に動かない」

例えば、目の前にゴミが落ちているとします。

ゴミが視界に入ったとしても……。

ゴミを拾った方が良いと気付いたとしても……。

「ま、いっか」となる人がほとんどでしょう。

「見えること」「気付くこと」と「実際に拾うこと」は全く別次元なのです。

人はゴミを見つけたら自動的に拾うようにプログラムされた機械ではありません。つまり、心が命じない限り体は動かないのです。

試合中も同じです。相手選手が視界に入り、「この選手を放置したらピンチを招くかな」と気付いたとしても、「たぶん大丈夫だろう」「ま、いっか」となり、ケアするのをやめてしまったら、たちまち失点してしまうかもしれないのです。この相手選手をケアするために、あと5m走っていれば防げた失点と言えるでしょう。

アスリートが人々の尊敬を集めるのは、単に体が強いとか、スピードがあるとか、技術レベルが高いだけではないのです。ついつい「ま、いっか」と楽な方へ流されそうになる弱い自分に打ち勝ち、当たり前なことを誰も真似できないレベルまで徹底する、そんな高潔さが尊敬の対象なのだと思っています。

試合中、苦しい時間帯にこそ強靭な「体」が必要です。だから選手たちは毎日激しいトレーニングを積み上げます。しかし、残念ながらその「体」は勝手に動くようにプログラムされてはいません。だからこそ、その体を支配している「心」もまた重要なのです。一流のアスリートは、体はもちろんのこと、心がタフなのです。

凡事徹底!24時間365日の「ま、いっか」を撲滅する挑戦

高野大寿:撮影
高野大寿:撮影

ここまでお伝えしてきたこと、これらはラグビーに限ったことではありません。分かっていながらも「ま、いっか」が生活の中で繰り返されます。

靴はそろえたほうが良いよね。

ロッカーは整理整頓したほうが良いよね。

ピッチにテーピングのゴミはないほうが良いよね。

確かに、24時間365日それらを意識するのか……と考えると、気が滅入ってしまいそうです。簡単そうなことでも重くのしかかり、億劫に感じてしまうかもしれません。

ただ、強いチームには、そうしたことが当たり前にできる”文化”が醸成されているのです。当たり前の基準が高ければ、新人選手も自然とそれに染まります。「ま、いっか」が生まれる背景には、「あいつもやっていないし……」「そこまでやらなくてもいいでしょ」という基準の低さが確実に存在するのです。

レッドハリケーンズは今、凡事徹底による「基準づくり」「妥協を許さないチーム文化の醸成」に取り組み、常勝軍団になるべく改革を進めているのです。それこそが、勝者のメンタリティを生み出します。

ビジネスにおいても、5S活動などを推進している企業はたくさんあります。当たり前の基準をどれだけ高くできるかが重要です。

コピー用紙が切れそうなら補充する。通路にゴミが落ちていたら拾う。ゴミ箱がいっぱいなら回収する。お互いに笑顔で挨拶する。

というオフィス内の凡事もあるでしょう。立場に関係なく、自らが率先して動く社内文化があれば、新人もそれに染まっていくことでしょう。

対外的な部分では、

「お客様と会ったら、必ずこちらから先にお礼のメールをする」とか「入金確認がとれた時点ですぐにお礼を伝える」など、当たり前なことを誰も真似できないレベルまで徹底してみてはいかがでしょうか。即効性は期待できないかもしれませんが、継続して悪いことは絶対にないでしょう。

今年のレッドハリケーンズは台風の目になれるのか。「開幕2連勝は実力だった」と証明し、上位陣にプレッシャーをかける意味でも、3月6日の第3節リコーブラックラムズ戦が重要だと思っています。

「倒れたらすぐに起き上がる」「最後まであきらめない」そんな当たり前のことができているか、スタジアムに足を運んで、厳しい目で選手たちをチェックしていただけると嬉しいです。

余談ですが、私が選手へのミーティングで「凡事徹底」という言葉を使う時、「BONJI TETTEI」とアルファベットで併記しました。外国籍選手にも覚えてもらい、チームの共通言語にしてほしかったからです。すると、とある外国籍選手はそのスライドをスマホで撮影していました。きっとその言葉の奥深さに共感してくれたのだと思います。美しい日本語が、ラグビーを通して世界に広がると嬉しいです。

今回は、チームが今シーズン大事にしている言葉の1つ、凡事徹底についてお話をさせていただきました。

次節もレッドハリケーンズにとっても厳しい戦いが予想されますが、「凡事徹底」「全力で戦う姿を約束すること」「応援してくれる方々に”素敵な体験”を届けること」を胸に、チーム一丸となって相手に向かっていくラグビーを展開してくれるはずです。

皆さん、熱い声援をよろしくお願いいたします。

東京電機大学理工学部/(株)ヒューマナジー代表取締役

横浜F・マリノスコーチを経て、現在は東京電機大学理工学部の教員。 Jリーグ監督に必要なS級ライセンス講習会の講師を務める。2016-17年北海道コンサドーレ札幌(J2優勝、J1昇格)、2018-19年ヴィッセル神戸(天皇杯優勝)、2020-21年ラグビーNTTdocomo(リーグワン参入)、2022-23藤枝MYFC(J2初昇格)、2024年からはFC東京のアドバイザーに就任。 スポーツチームのみならず、大企業から中小企業まで研修実績多数。その他、講演・メディア出演・雑誌連載など。著書→脱トップダウン思考(2019)、チームワークの強化書(2022)など。(株)ヒューマナジー代表取締役。

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