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小室哲哉、最大規模の100曲BEST集『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』を紐解く

ふくりゅう音楽コンシェルジュ
小室哲哉:写真提供 エイベックス

先ごろ引退発表され、音楽活動にピリオドを打った日本を代表する音楽家、小室哲哉。本日6月27日、38年に及ぶ歴史から100曲をセレクトした最大規模の作品集『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』がリリースされた。

これ以降、新しい作品を耳にすることはできないが、38年にわたる活動の記録が、最大規模の作品集『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』(※T盤,K盤 2形態でCD4枚組50曲ずつ収録 / 各3,500円)として形となった。今こそ多くのリスナーに手にとって聴いてほしい名曲の数々だ。誰しもの記憶に、TKソングは必ずや散りばめられていることだろう。

昭和のポップスを変え、日本にダンスミュージック文化を普及し平成の寵児となった天才音楽家の調べ。音楽シーンに革命を起こした100曲の軌跡を、1980年〜2018年という時を越えて体感してほしい。

●小室哲哉が歩んできた前人未到の音楽家人生

音楽家、小室哲哉は文化を作った。自身のユニットTM NETWORKやglobe、H Jungle with t、PANDORAでの活躍。松田聖子や小泉今日子、中山美穂、中森明菜など時代の鏡となるアイドルへの楽曲提供。映画『ぼくらの七日間戦争』やスマホ向けRPG『ガーディアンズ』劇伴、1998 FIFAワールドカップでジャン・ミッシェル・ジャールと共に100万人と向き合ったエッフェル塔前でのプレイ。そしてプロデューサーとしてマジックを起こし続けてきた渡辺美里、宮沢りえ、篠原涼子、trf、安室奈美恵、華原朋美、AAA、Def Willなど、音楽だけでなく、時代を代表するライフスタイルを数々の作品を通じて提案し続けてきた。TKソングとして思い出されるのは、誰もが自分の主題歌となる“時代のテーマソング”だ。音楽はタイムマシーン。人ぞれぞれの記憶と結びつき、物語を奏でる“鍵となる”存在だろう。

作詞・作曲・編曲、ミックスなどの音楽制作はもちろん、プレイヤーでもあり、時にはアートワーク、ミュージックビデオなどのヴィジュアルや宣伝をもコントロールしてきたプロデュース・ワーク。歴史上類をみない90年代音楽最盛期を牽引し、CD総売上枚数1億7千万枚以上を記録するなど、平成を代表する時代の寵児であり、前人未到の音楽家人生だ。

●ライバルから浮き彫りとなる、時代を越えていくTKの凄み

小室哲哉には、各時代において様々なライバルがいた。そのことが、彼の存在の稀有なポイントを浮き彫りにするだろう。

1983年、YMOが散開した翌年に3人組ユニットTM NETWORKがデビューしたことは、その席を狙っての戦略だった。その後、時代はバンドブーム前夜となりBOφWY人気が高まった。ライブバンドである存在感、ビートロックなセンスに影響を受けたことから人気曲「BE TOGETHER」が誕生した。時には、光GENJIやSMAPなど、ジャニーズともヒットチャートを争った。TM NETWORKのサポートメンバーだった松本孝弘はB’zを結成して、後を追いかけた。90年代へ入り時代は、CMタイアップ全盛時代となり、B’zを筆頭にビーイング系が台頭した。さらに、トレンディ・ドラマ人気で小田和正、CHAGE and ASKA、松任谷由実、サザンオールスターズ、DREAMS COME TRUEによるヒット曲が時代を席巻していく。小室はヒット曲を模索し続けることで、時代と向き合っていくことになる。

そして、バンドブームから突然変異であらわれた、X JAPAN、GLAY、LUNA SEA、L’Arc〜en〜Cielという若きモンスター・バンドの存在が1994年、TMNを終了に追い込んだ。結果、小室はプロデューサーとしてtrf、篠原涼子、安室奈美恵、globe、華原朋美などでヒットを多発するようになる。同じく“TK”イニシャルが話題となったプロデューサー小林武史の手による、Mr.Children、My Little Loverの活躍。対極と呼ばれた渋谷系の存在。1998年の宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、椎名林檎、aikoの攻勢など、時代を超えて、様々なライバルが小室哲哉には存在した。

同時にPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅ、CAPSULEで知られる中田ヤスタカ、ヒャダインこと前山田健一、supercell、nishi-kenなど、小室が開発したYAMAHAのシンセサイザー“EOS”の影響で音楽をはじめたクリエイターは多い。

日本におけるダンスミュージックの創生、J-POPのオリジネーターであり、少数ユニットやDJ&ダンサー編成、コンピュータでの打ち込み、トラックメーカー文化など、小室の影響が現在の音楽シーンのスタイルを形作ったことは言うまでもない。それも過去形ではなく現在進行形なのだからリスペクトに値する。そして、世界的にみても作詞・作曲・編曲、そしてプロデュースまでをひとりで手がける音楽家は小室哲哉しか見当たらない。

●小室哲哉ヒット曲を形作ってきたルーツ・ナンバーの秘密

一般的にTKソングといえばセールスが巨大化しすぎた結果、いわゆるJ-POPをイメージする共通したブランドを思い出すかもしれない。しかし、小室哲哉の音楽性はいくつものジャンルに分けられる複雑系だ。ルーツを辿れば、多種多様としか言いようがない雑多さを持っている。

ひとつはE.L.O、ハワード・ジョーンズなどに代表されるシンセサイザーが活躍するエレクトロ・ポップや、10ccやバグルスに代表されるモダンポップなどのニューウェイヴ文脈。そして、東京ドームで共演したデュラン・デュランやトンプソン・ツインズ、トーキング・ヘッズなど、ファンキーなブラック・ミュージックを白人がチャレンジしたホワイトディスコ / ファンクというカルチャー。

遡って、同い歳だったプリンスやマイケル・ジャクソンとルーツを同じくするモータウン文化。続くジョルジオ・モロダーに代表されるユーロディスコの進化。TKブランドを決定づけたPWLに代表されるユーロビート、そしてC+C Music Factoryに代表されるハウス、レイヴ期のテクノ、プロディジーやケミカルブラザーズによるブレイクビーツを効果的に活用したデジタルロック、そしてジャングル、トランス、EDMなど、時代において進化し続けデジタライズされたダンスミュージックのイメージ。

相反するかのように、ELPなどテクニカルなプログレッシヴ・ロックへの憧れも色濃い。そこに通じるように、バッハやメンデルスゾーン、チャイコフスキーなどクラシックや、ミュージカルにおけるアンドリュー・ロイド=ウェバーからの影響も大きい。ヴィジュアル面を含み、T・レックスやデヴィッド・ボウイなどのグラムロックや、カジャグーグーなどニューロマンティックからの洗礼もあった。90年代以降は、敬愛していたソウルミュージックやAORから進化してR&B、ヒップホップ、ラップミュージック、トラップなどへも音楽性は広がった。そして、意外にも吉田拓郎などフォークソングからの影響も公言している。山下達郎からの影響も実は大きかったという。その背景には、生粋の音楽好きであった一面が垣間見られるだろう。小室のハードディスクにはあらゆるジャンルのあらゆる楽曲が独自の感性、フィルターによってアーカイヴされていた。

以上、ルーツとなる作品からの影響から、小室哲哉が生み出してきたオリジナル楽曲の集大成が100曲を厳選収録したアルバム作品『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』だ。小室哲哉という音楽家を生み出した証となる設計図のような作品集といえるかもしれない。そこには独自のテクニックである珠玉のメロディー、物語をドラマティックに加速させるコードへのこだわりや転調術、時代を越えて古くならない作詞術、個性を彩るアレンジの特性など、様々なスキルを感じ取れることだろう。80年代〜90年代〜00年代〜10年代を通じて、エンターテインメント・シーンに革命を起こし続けた、音楽家の“秘密”が本作には込められている。

●『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』から15曲をピックアップ解説

『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』T盤:写真提供 エイベックス
『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』T盤:写真提供 エイベックス
『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』K盤:写真提供 エイベックス
『TETSUYA KOMURO ARCHIVES』K盤:写真提供 エイベックス

本作に収録された楽曲から、独断と偏見でいくつかピックアップして解説していこう。より詳しいガイドとなる114曲の全曲解説は、通販限定商品『TETSUYA KOMURO ARCHIVES BOX』(※全9枚組 Bonus Disc付)ブックレットへ寄稿しているので、コアファンの方はそちらをチェックしてみてほしい。

【evidence.1】まず注目したいのが1980年7月21日にリリースされたMissオレンジ・ショック「愛しのリナ」だ。本作は小室哲哉、最初期の提供曲であり、長く廃盤となっていた貴重な作品。エレクトロな歌謡テクノ・ポップに仕上がっており、のちのプロデュース作の片鱗をうかがわせてくれる。

【evidence.2】小室の音楽家としてのターニングポイントといえば、1986年1月22日にリリースされた渡辺美里 「My Revolution」だ。コンペで採用が決まった瞬間の喜びは今もなお忘れられないという。大村雅朗によるアレンジは、のちのTKサウンドのキーとなるきっかけを作った。

【evidence.3】所属する3人組ユニット、TM NETWORK最初のヒットとなったのが1987年4月8日にリリースされた代表曲「Get Wild」だ。アニメ『シティーハンター』主題歌であり、ダンスミュージックとロックの未来志向による融合。“TMらしさ”を生み出したナンバーである。

【evidence.4】小室は、自身で歌唱したソロ・アルバムを実験的な意味を込めて数作残している。なかでも名曲といえば1991年12月12日にリリースした「永遠と名づけてデイドリーム」だろう。ラブソングのようでいて、音楽家の覚悟を究極的に表現したナンバー。“いつか僕が 泳ぎ疲れて この海に沈む時は どうか僕の 刻んだ調べを 永遠と名づけて”。このフレーズの意味が、今はリアルに胸に響く。

【evidence.5】日本の音楽シーンに、“エイベックス”の名を轟かした曲といえば1993年6月21日リリースしたtrf「EZ DO DANCE」だ。ダンスミュージックをJ-POPとして一般化した、時代の先駆となったナンバー。ダンサーやDJがユニット・メンバーの一員であり見せ場を生み出すという先見性の高いプロデュース・ワークは発明だった。

【evidence.6】小室が音楽プロデューサーとして名をあげた曲といえば、TMN終了後にリリースした篠原涼子 with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」だ。チャート20位以下からというスロー・スタートから1位を飾るという、小室にとって嬉しい右肩上がりの理想的な売れ方となった。

【evidence.7】TK人気を決定づけたナンバーといえば、1995年3月15日リリース H Jungle with t「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」だ。本作は、ボーカル浜ちゃんの相方、松ちゃんが著書『遺書』を200万部売っていたので、それを超えようと“2 Million Mix”とネーミング。狙い通り、90年代を代表するビッグヒットとなった。小室にしては珍しい女性目線ゼロなナンバーだ。

【evidence.8】小室のヒットヒストリーとはパラレルに評価を高めていったアーティストがいる。1995年9月27日にリリースした「Prime High」のスマッシュヒットがファンの記憶に残るH.A.N.D.だ。現在、メンバーだったNISHI-PeeとMARUは、ヨーロッパのシーンをリードするベースミュージック・クルー PART2STYLE SOUNDとして活躍している。

【evidence.9】1996年3月6日にリリースした、華原朋美「I'm proud」はポップ・ミュージック史に残る名作だ。クラシックの声楽曲のように教会旋法を用いた音階を取り入れ、華原の声質を活かした美しい雰囲気を織りなしている。独特の構成やコード感はバッハなどクラシックがリファレンスとなった。

【evidence.10】2018年9月16日に引退を表明している安室奈美恵。結婚式の定番曲として愛される国民的ヒット曲となったナンバーが1997年2月19日にリリースされた安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」だ。まるで映画のように、朝もやを連想させる鳥肌もののイントロダクション。ゴスペル風コーラスワークが琴線を刺激する光のような楽曲だ。

【evidence.11】小室も参加したユニット、globeにとってのアンセム曲といえば2002年2月6日リリース「Many Classic Moments」だ。当時、90年代的な曲作りや機材から離れて試行錯誤をしていた際、クリスマス・イヴの日をまたぐ瞬間にふと降りてきた曲。小室は常に過去の自分を超えようとしていたことが楽曲の進化からうかがえる。   

【evidence.12】今や東京ドーム公演も行う日本を代表するビッグアーティストとなったAAA。小室の提供曲も多い、縁の深いアーティストだ。2010年5月5日リリース「逢いたい理由」は、小室復帰作第一弾でありチャート1位を記録している。

【evidence.13】元AKB48、NMB48の梅田彩佳による未発表曲「My History」。宮沢りえに提供したコアファンしか知らない大名曲「My Kick Heart」をアップデートしたかのような、レイヤーの異なるフレーズのシンクロを感じる夢のナンバー。globeトリビュート盤では「Sa Yo Na Ra」で参加していた縁もある。

【evidence.14】小室哲哉、最後のトータル・プロデュースとなった5人組ガールズ・グループといえばDef Will。2016年7月2日にリリースした「Lovely Day」は、デビュー前のプロローグ・シングルであり、タイで制作された明るくキャッチーなキャンディー・ポップ。ラップパートは、TKの盟友であるZeebraが監修というレジェンド共作が実現している。

【evidence.15】CD枚数にして8枚。全100曲のラストを締めくくるのが、TETSUYA KOMURO feat. Beverly「Guardian」だ。スマートフォン向けMMORPG『ガーディアンズ』の主題歌であり、現時点でのTKラスト・ナンバー。フルオーケストラによる壮大な旋律を彩るバラード。小室が歩んできた70年代から現在へのヒストリー、音楽家としてたどり着いた境地の重さを感じる美しき集大成となったナンバーだ。

ちなみに、今回なんらかの理由で収録されなかった楽曲には、

V2「背徳の瞳~Eyes of Venus~」

沢口靖子「Follow me」

宮沢りえ「My Kick Heart」

MIYUKI「Feel the Revolution」

EUROGROOVE「MOVE YOUR BODY BABY」

Mrマリック『 World/Paychic Entertainment Sound』からの「T・メディテーション―超越暝想―」

ジャン・ミッシェル・ジャールとの「TOGETHER NOW」

葛城哲哉「SEARCHIN'」

などがある。いや、もっともっとたくさんある。ヒット曲ですらたくさんある。ファンそれぞれ、いろんな意見があると思う。

しかし、権利関係のクリアも大変だったであろう本作をリリースできたことをまずは喜びたい。そして、中森明菜「愛撫」、堀ちえみ「愛を今信じていたい」、未来玲可「海とあなたの物語」という時代に埋もれていた名曲の収録にあらためて注目してほしい。音楽家、小室哲哉の楽曲は永遠に残り、歌い継がれていくはずだ。

<小室哲哉 Official Site>

http://avex.jp/tk/

音楽コンシェルジュ

happy dragon.LLC 代表 / Yahoo!ニュース、Spotify、fm yokohama、J-WAVE、ビルボードジャパン、ROCKIN’ON JAPANなどで、書いたり喋ったり考えたり。……WEBサービスのスタートアップ、アーティストのプロデュースやプランニングなども。著書『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)布袋寅泰、DREAMS COME TRUE、TM NETWORKのツアーパンフ執筆。SMAP公式タブロイド風新聞、『別冊カドカワ 布袋寅泰』、『小室哲哉ぴあ TM編&TK編、globe編』、『氷室京介ぴあ』、『ケツメイシぴあ』など

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