Yahoo!ニュース

ウクライナ危機とメディア・リテラシーの逆効果

藤代裕之ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

ウクライナ危機に関してソーシャルメディアでは真偽不明の情報が飛び交っている。このような状況では、メディア・リテラシーが大切だという話になりがちだ。

ここで紹介する原稿は、ある媒体向けに書いたが、メディア・リテラシーやクリティカルシンキング(批判的思考)を直接的に否定するのは難しい…との理由で修正を求められたため未掲載となったものだ。メディア・リテラシーがあれば正しくニュースや情報を読み解けるという考えこそがフェイクニュースの危険を拡大することになる…

「泥だらけの川から飲める水を取り出せ」そう言われたらどうするか。汚染されたインターネット空間で、フェイクニュースを見分けることはそれほどの困難さを伴う。それどころか、フェイクニュースに対抗するために安易にメディア・リテラシーを扱うことは、現状ではむしろ逆効果になる可能性がある。

汚染を広げる構造とミドルメディア

間違ったニュースで世界が混乱することは古くからある。にもかかわらず、2016年のアメリカ大統領選挙以降、世界的にフェイクニュースが大きな問題となり続けている理由は、ソーシャルメディアの影響力の増加にある。

新聞やテレビといったマスメディアでなくても、誰もが発信できるようになり、インターネット空間には大量の情報が日々生み出されている。そこには間違いや陰謀論も含まれ、新型コロナウイルス感染症に関して「お湯が効く」「ワクチンで不妊になる」などのフェイクニュースが広がった。では、フェイクニュースはどのように生まれ、私たちに届くのだろうか。

フェイクニュースの生態系』で、国内事例を分析して分かったのは、ソーシャルメディアに存在する不確実な情報が、ミドルメディアと呼ばれるまとめサイトやニュースサイトに集約されることでフェイクニュースは生まれるということだ。それがマスメディアに取り上げられたり、ヤフーなどのポータルサイトに配信されたりして、多くの人の目に触れる構造がある。

インターネット空間は「生態系」のように相互に影響を与え合っている。ミドルメディアは、水底にある汚染された泥をかき混ぜ、全体に広げるきかっけを作り、捕食者であるマスメディアが取り上げたり、人々がソーシャルメディアで拡散したり、することで汚染が循環する。マスメディアやポータルサイトの責任は最も重いが、私たちもまた汚染を広げる一員である。

アルゴリズムがもたらす分かりにくさ

このような構造を分かりにくくしているのが、アルゴリズムだ。新聞やテレビは誰にも同じ情報が届くが、インターネットは一人ひとり異なっている。そのため、生態系の一部に触れているに過ぎないのに、それを全体と思い込むことが起きてしまう。

アルゴリズムは、閲覧しているサイトの種類や時間、検索キーワードなど、様々な情報を解析することで利用者に最適な情報を提示する仕組みだ。これは、便利さを提供しているが、好みの情報に囲まれるフィルターバブルやエコーチェンバーの要因にもなっている。このアルゴリズムと汚れた生態系の組み合わせが、メディア・リテラシーの逆効果を生み出す。

汚れた生態系で、間違った場合に訂正を行うのは主に新聞やテレビだ。ソーシャルメディアやミドルメディアはもちろん、ポータルサイトですら訂正はほとんど行われない。プロパガンダのために生態系を利用する国家や組織も存在しており、それらも誤りを認めることはない。このような状態で情報を批判的に読み解くメディア・リテラシーを学べば、「新聞やテレビは間違いばかりだ」という考えに至る。

メディアのあり方に疑問を持ち、検索したり、動画をクリックしたりすると、アルゴリズムにより、フェイクニュースに囲まれるフィルターバブルに陥ることになる。その状況をニューヨーク・タイムズの記事は「Don’t Go Down the Rabbit Hole Critical thinking, as we’re taught to do it, isn’t helping in the fight against misinformation.」というタイトルで表現した 。

うさぎの穴とは、「不思議の国のアリス」に登場する不思議の国につながる穴のことで、インターネットで何かを調べることに長時間を費やしてしまうという意味合いでも使われている。批判的に物事を捉える方法はフェイクニュースに役立つのではなく、陰謀論に陥るという意味だ。

対策は距離を取る、拡散させない

インターネット空間の汚染が浄化されないのは、間違っていようが、人を騙そうが、アクセスを稼げば良いというビジネスモデルのせいだ。フェイクニュースで富を得ていると批判が高まるインターネット企業への圧力は高まっているが、アルゴリズムなどに大きな改善は見られない。現状で私たちができることは少なく、いかに近づかないようにするかが重要となる。

とはいえ、インターネットはあまりに身近で、生活の中で触れないわけにはいかない。利用する時に重要なことは、生態系の一員であることを理解して、必要以上に情報を拡散させないことだ。感染症のように爆発的に広がるのは、ボタンひとつで気軽に拡散させる仕組があるからだ。これを抑制するだけでも汚染の広がりは緩やかになる。

情報源を確認することも重要だ。運営者が誰か分からないサイトや匿名アカウントの情報を鵜呑みにしていないだろうか。必ず参照元を確認するようにしたい。また、インターネットから得た異なる情報について意見を交換することも効果がある。アルゴリズム相手に一人で立ち向かうことは難しい。正しい、間違っているではなく、様々な意見があるテーマで、自らの立ち位置を確認するよう促すことで、フィルターバブルに気づくきっかけを作ることができる。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

藤代裕之の最近の記事