週刊新潮(4月12日発売)による財務次官のセクハラ疑惑は、音源公開によりその酷さが明らかになってきました。しかしながら、女性記者が被害者にもかかわらずマスメディアの動きは鈍いものがあります。

毎日新聞は通常の記事に加えて14日朝刊の社説でセクハラ疑惑に言及していますが、「被害者は複数いるとも伝えられる」とまるで他人事です。次官を取材した記者はこれまでに多くいるはずで、自社内にも被害者がいる可能性が高いと考えるのが普通ではないでしょうか。

財務省の福田淳一事務次官が女性記者にセクハラ発言を繰り返していたと、週刊新潮が報じた。森友問題に関し質問する記者に、「浮気しよう」「触っていい?」などと露骨な性的表現を度々使ったという。被害者は複数いるとも伝えられる。

出典:毎日新聞社説「財務次官のセクハラ疑惑 自ら動かない政権の鈍さ」

今回のセクハラ疑惑の被害者は記者であり、他人事のような記事には違和感があります。なぜ、マスメディア各社(日頃から財務省を取材している新聞やテレビ)は自社で取材しないのでしょうか、セクハラ疑惑解明や防止を財務省に申し入れないのでしょうか。何のために記者クラブはあるのでしょうか。

毎日新聞に限らず各社とも週刊新潮をソースに与野党などの動きを伝える程度、自社取材は行っていないようです。

毎日新聞の社説は世界的に広がったmetooにも触れていますが、週刊新潮の音源公開前には麻生太郎財務大臣は調査の必要がないと述べていたのです。このまま無傷ですり抜ける可能性もあります。

昨年は、女性がセクハラ被害を実名で告発する「#MeToo(私も被害者)」が世界的な現象となった。ところが日本ではなかなか広がらない。勇気を振り絞って被害を名乗り出ても、加害者は無傷ですり抜け、女性だけが不名誉な目にあったり、不合理な報復を受けたりする。そんな不安が拭えないからだろう。

出典:毎日新聞社説「財務次官のセクハラ疑惑 自ら動かない政権の鈍さ」

metooのムーブメントが広がった背景には、仕事を獲得するためならセクハラも仕方がないという業界慣習の告発がありました。マスメディア業界にも「記事を書くためならセクハラぐらい」といった意見が一部に根強くあります。女性記者が週刊新潮に持ち込んだ理由は、自社では記事が出ない、そして自分の立場が弱くなると考えたのではないでしょうか。

財務次官の記者に対するセクハラ疑惑を見逃してきたのはマスメディアの体質でもあります。記者を守ることもできないマスメディアは「セクハラに寛容な組織と受け取られても仕方ない」のではないでしょうか。「自ら動かない鈍さ」は政権だけでなくマスメディアにも向けられています。