Yahoo!ニュース

心理的安全性だけでは組織が成長しない理由 よく学び、よく動く会社をつくる

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 11月5日、人事コンサルティング会社のカルチャリアは「心理的安全性」に関する調査結果を発表した。

 調査は従業員数100名以上300名未満の企業の経営者109名に対して行われた。「心理的安全性は健全な組織運営のために重要だと思いますか」と質問したところ、「かなりそう思う」が70.7%、「ややそう思う」が28.4%と、実に99.1%もの経営者が「重要」と回答したようだ。また、施策としては「ビジョン、ミッション、バリューをチーム内で共有」が71.2%と最も多く、何らかの施策を実施している企業の84.7%が売上/生産性向上を実感しているという。

 誤解されていることもあるので説明すると、心理的安全性とはハーバード大学のエイミー・エドモンドソンが提唱した用語であり、チーム内では対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だとメンバーに共有されている信念のことである。例えば、成員が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰を与えられたりしないという確信をもっている状態である。また、他者に助けを求めたり、ミスをしたりしたときに、咎められないと保証されている状態である。つまり、少し変なことをしても安全だとの実感が得られていることを、心理的安全性というのである。

 この調査が重要なのは、優れた企業では既知の心理的安全性という概念が、日本では多数派である中小企業でも定着しつつあることが分かった点だ。かねて筆者は、少なからぬ日本企業ではホンネとタテマエが乖離しており、発言を促しても上司や同僚が否定してしまうため、当たり障りのない発言しか出ないことが創造性を抑制していると指摘してきた。ゆえにまた、自らの意見をもつことに真剣にならず、集団に同調的な態度をとることが正しいのだと感じてしまう。ここにきて、そのような風潮から脱する機運が高まってきた、といえるであろう。

 ところで、心理的安全性の重要さはいわずもがなだが、実はそれだけでは創造性は高まらず、生産性は向上しない。同時に取り組まなければならないことが、いくつかあるのだ。当記事では、それらの基本要素について取り上げたい。

ぬるま湯な状態ではない

 心理的安全性は不安に関係する。エドモンドソンは、心理的安全性が低いことで引き起こる4つの不安について述べている。

 第一に、無知だと思われる不安である。これがあると、成員は不明瞭な点を相談できなくなり、仕事の遅れやミスを誘発する。次に、無能だと思われる不安である。ミスや失敗を隠すようになり、より大きな問題へと発展してしまう。第三に、ネガティブだと思われる不安である。他者の意見に対する指摘や反論をしなくなり、有意義な解決法を見出せなくなる。最後に、邪魔をする人だと思われる不安である。議論が長引いたり脱線したりすることを恐れて、自ら発言をしなくなる。

 したがって四つの不安を解消する施策が必要となるのであるが、エドモンドソンはそれだけではいけないと考え、業績基準の重要さを指摘している。想像に難くないが、心理的安全性も業績基準も低いと、無関心な人びとの組織ができ上がる。業績基準のみが高いと、不安が蔓延する組織ができ上がる。そして、心理的安全性のみが高いと、快適さばかりが表にでて、高い成果を上げようという動機が喚起されない。これが、ぬるま湯な組織になる原因である。

 かくして、心理的安全性と高い業績基準の両方が必要となる。かつてピーター・ドラッカーも述べていたように、人は少し頑張れば何とかなりそうな目標だと納得できるとき、それに向かって努力するものである。そのような組織では、自発的な学習が促進される。学習とは、目標に向けて今できないことをできるようにするために自己研鑽することであるから、目標がないときには、学びに向けた動機が生じにくく、成長しないのである。

 ところで調査では、施策として「ビジョン、ミッション、バリューをチーム内で共有」が最も多かったが、この点は特に重要といえる。なぜなら、長期的な観点における組織の高い目標とは、ビジョンすなわち将来における自社や成員同士の到達点を意味するからである。よってビジョンやミッションなどは、成員個人を学習に向けて動機づけ、かつそのプロセスを明確化するものでなければならない。そのような施策によれば、各自が「できない自分」に向き合い、組織一丸となって持続的な発展を目指すことができる。

ビジョンに向けて、自分の仕事を見出す

 とりわけ人間は、社会的動物である。この意味するところは、たんに社会集団に属するばかりでなく、社会の形成者として、人びとに寄与することを望む動物だということである。したがってビジョンは、組織の自己都合よりも、他者に関わる。ビジネスの場合、それは顧客の幸福や喜びへと向けられる。

 他者貢献や社会貢献こそが、成員の行動を促す。したがって成員の行動を、社会的意義と結びつけるための働きかけが必要である。デイヴィッド・イェーガーとデイヴ・パウネスクは、高校生に対して「どうしたら世の中はもっと良くなると思うか?」「いま学校で習っていることの中で、そのために役立ちそうなことはあるのか?」と質問した。すると後者の質問を受けた生徒は、前者のみの生徒に比べて、勉強時間が2倍に増えたという。いま行っている学習は、誰かのためになる。だから人は、明日に向けて学ぶのである。

 よってまた、仕事はそれに従事する人が自らの手で変えられるよう、設計しなければならない。イェール大学のエイミー・レズネスキーとミシガン大学のジェーン・ダットンは、ジョブ・クラフティングという方法を提唱している。仕事の目的をより社会的意義のあるものと捉え直すこと、仕事を通じて積極的に他者とかかわりをもつこと、そのために自らが必要と感じたときには新たな作業を仕事に加えることの三つが備わるとき、人はやりがいをもって働くことができる。

 心から他者のために貢献しようと思うとき、失敗してもなお、進み続けることができるであろう。結論として、自社の存在意義や目指す先が明確であり、それに向けて成員同士の思いやりと協力の関係が実現されるとき、個人は充実感の中で学習し続け、組織は成長していくのである。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

遠藤司の最近の記事