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「職場に嫌いな上司がいる」は7割以上、なぜ上司にはイヤな人が多いのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:P1_space/イメージマート)

 5月5日、All Aboutに「上司の嫌いなところランキング! 2位は「仕事を押しつける」、1位は?」と題する記事が掲載された。

 Biz Hitsが行った「職場の上司」についての調査によれば、「職場に嫌いな上司がいる」と回答した人は500人中366人と、全体の7割以上にものぼる。また、上司が理由で「会社を辞めたい」と思ったことがある人は65%。どうやら嫌な上司の存在は、働く人にとって相当のストレスのようだ。

 嫌な上司の特徴は、相手によって態度を変える上司、部下に仕事を押しつける上司、高圧的で偉そうな態度の上司だ。そういう上司に対しては「仕事において全てが嫌です。しゃべるのも嫌」などと、辛辣なコメントまでみられる。ネットスラングには「上司ガチャ」という言葉があるが、仕事上のキャリアの中で3割未満の「当たり上司」を引き続けるのは、かなりの幸運ということになる。

 とはいえ、職場の他の同僚には、それほど嫌な人はいないように思われる。それでは会社では、同僚に退職を考えさせるほどのロクデナシほど、出世しやすいのであろうか。実のところ、嫌な人が上司になるのではなく、上司になると嫌な人になる傾向があることが、経営学や心理学の研究では判明している。そんな話を、当記事では紹介していきたい。

権力は腐敗する

 カリフォルニア大学のダッチャー・ケルトナーは、クッキー・モンスターという有名な実験を行った。モンスターという言葉が使われているのには、ちょっとした理由がある。

 研究所を訪れた人に三人一組になってもらい、その中の一人をリーダー役に任命し、グループで文書を作成する課題を与える。作業が開始してから30分が経ったところで、焼き立てのクッキーをグループに出すのだが、皿の上には4枚のクッキーが載っており、一枚が余分に余ることになる。つまり、誰かが2枚目を食べてしまうことは、その他の人のチャンスを奪うことを意味するのだ。

 予想どおり、クッキーに手を出したのは、必ずといってよいほどリーダー役に任命された人であった。そればかりか、その人は往々にして口を大きく開けて頬張ったり、舌鼓を打ったり、クッキーのかけらを洋服の上に落としたりしながら、まさしくモンスターのように、みっともなく貪ったのだという。

 またケルトナーによれば、企業で権力の座に就いている人は、職場で他の人の話を遮る、会議中に別の仕事をする、声を荒らげる、人を侮辱するようなことを言うなどの可能性が、下位のポジションにある人の3倍にものぼったという研究があるという。さらには、上級職に就いたばかりの人は、とくに美徳を失いやすいことがわかっていると述べている。まさしく権力は腐敗し、権力者は堕落するのである。

 権力をもつことを意識するだけで、人は他者に配慮しなくなる。ノースウエスタン大学のアダム・ガリンスキーは、自らが大きな権力を手にした経験と、逆に何の権力もないと感じた経験のいずれかを、被験者に語らせるという実験を行った。その後、自分のおでこにアルファベットの「E」の文字を書くよう指示する。すると、権力を手にした経験を語った人のほうが、他人から見て左右逆に文字を書く傾向が、ずっと強くみられたという。

 かつてテンプル大学のデイヴィッド・キプニスは、強い権力を与えることの危険性を、実験によって明らかにした。被験者に上司と部下の役割を与え、ささいな権力しかもたない上司のグループと、解雇や異動、昇進のような強い権力をもつ上司のグループに分けて、部下の成績を向上させる。すると、ささいな権力しかもたない上司は話し合いによって仕事を進めたのに対し、強い権力をもつ上司は批判的かつ高圧的な態度で部下に接したという。さらには、弱い権力の上司は部下の能力を正しく評価したが、強い権力の上司は部下を過小評価し、しかも部下の成果を自分のものにする傾向までみられたのである。

 このように、上司が嫌な人になってしまうのは、どうやら強い権力をもつことを意識してしまったことが理由なのである。よって、権力が悪いのだと思って、あまり上司の人間性を疑わないでやってほしい(無理かもしれないが)。

部下に心から感謝せよ

 そうはいっても、3割弱の上司は、とくに部下に嫌われてはいない。その理由は、彼らが弱い権力しかもたないか、権力は腐敗することを認めたマネジメントを心がけているからである。

 部下に嫌われていない上司は、たいてい人の扱い方について、よく学んでいる。部下から時間や労力、成果を奪うのではなく、やる気を引き出し、生産性や創造性を高めて、チーム全体の業績を上げるよう、努めているのである。だから別に、権力を振りかざそうなどとは思わなくなる。たとえ強い権力をもっていても、自ら意識して、権力を手放そうとしているのである。

 上司はときに、豹変することがある。以前も述べたが、上司が部下につらく当たるのには、何か理由があるかもしれないのだ。コロンビア大学のハーヴィー・ホーンスタインは、いい人でも追いつめられると、嫌な上司になってしまうと述べている。よくないのは分かっているのだが、挫けそうなときや、満足のいく業績が上がらないときには、心の均衡を保つために部下を攻撃し、あるいは成果を奪ってしまうのである。人間は、状況次第で利己的な行動に出てしまう。嫌なことをされたら、何か嫌なことがあったのだろうと、生温かい目でみておけばよい。

 上司は謙虚であれといっても、権力は腐敗するものだから、どうしても難しい。だが、部下やチームの業績が上がれば、本物のロクデナシに豹変することは避けられるであろう。重要なことは、部下の仕事に感謝し、彼らの価値を認めてやることだ。ペンシルベニア大学のアダム・グラントとフランチェスカ・ジーノは、マネジャーから感謝されると従業員の生産性が向上すると述べている。自分は同僚や上司から尊敬を得て、評価されているのだと感じているチームは、他のチームよりも生産性が高いことが、研究によって明らかになっているのである。

 部下への感謝は、口先だけではいけない。そのような態度は、必ず部下に見抜かれるし、たとえ言葉が自己暗示をかけたとしても、根本的には横柄な態度は払拭できない。正しい解決方法は、上司も部下も、互いに心をもった人間なのだと、たえず意識することである。多くの心理学の研究では、ふだん目に付く場所に倫理的な言葉を貼っておくだけでも、効果があることが判明している。是非やってみるとよいだろう。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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