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GWに家に居たって文句を言われる筋合いはない 内向型な人の過ごし方

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 「外に出れば金が減るが、家にいれば心が減る」とは、よく言ったものだ。

 まとまった休みはいいものである。労働から解放され、自分の楽しみのために時間を使うことができる。普段会えない友人と会うこともできるし、家族と旅行に行くのもよいだろう。現代社会はストレス社会。たしかに金は減るが、大いにリフレッシュしようではないか。

 一方で、外に出ることでむしろストレスを感じる人もいる。あるいは、刺激の多い場所にいくことで、心が消耗してしまう人と言ったほうが、より適切だろう。スペースマーケットの調査でも、GWは「自宅でゆっくり過ごす」と回答した人が6割近くもいる。どうやら現代人は、それほどアクティブに生きることを望んではいないようである。

内向的な人たち

 世の中にはざっくりと分けて、内向型と外向型がいる。もちろん、どちらかに極端に振れていることはなく、傾向として分かれるということだ。外に出れば心が減るタイプの人は、内向型である。彼らの多くは、大勢の人が騒いでいる場所や、状況がめまぐるしく変化していくような場所を好まない。そのような場所にいくと、ごく短時間で疲れ果ててしまうからだ。

 フロリダ州立大学のロイ・バウマイスターは、人の意志力にはキャパシティ(容量)があるのだと説いた。しかもその出どころは一つであるから、意志力のエネルギーを使い切ってしまうと、しばらく別のことができなくなる。いわば電池切れしてしまい、動けなくなるのだ。

 内向型の人は、電池切れしやすい人だといえる。しかし彼らは、電池の容量が小さいのではない。むしろ様々な経験を積んできたことで、普通の人よりも容量が大きくなった人もいるくらいだ。実際には、内向的な人は、外向的な人よりも多くの刺激を取り入れやすく、しかも一つひとつのことを深く考え込んでしまう。そのため刺激の多い場所にいくと、一気にエネルギーを放電してしまうのである。

 そういう人たちにとって、現代社会は生きづらい。人との出会いの機会は多く、たえず社交が求められるからだ。新たな出来事が起こり続け、昨日と今日とでは、周囲の状況はまったく異なる。よって彼らは、心の安住の地を得るために、普段から様々な工夫をしている。

外向的な人に悩まされる

 内向型の人は、思慮深い人である。反対に外向型の人は、思いつきや衝動によって行動する。どちらがよいというわけではない。どちらも世の中には必要だ。しかし問題は、外向型の人たちが内向型の人たちの事情を、理解しようとしないことだ。休日は外に出るのが理想だと言い張り、内向型の人を内気とみなして、外に引っ張りだそうとする。

 刺激を好む外向型と一緒に行動すれば、あっと言う間に容量オーバーだ。しかるに外向型の人たちは、内向型を喜ばせようと、朝から晩まで連れ回す。かくして内向型は、外向型の行動量や振る舞いに圧倒されてしまい、苦手意識をもつようになってしまうのである。両者の人間関係に、亀裂が入るのだ。

 外向型の仮面をかぶっている人は少なくない。ハーバード大学のブライアン・リトルが言うように、自分の人生において重要な仕事で外向的な姿勢が求められるときには、人は後天的に、外向的に振る舞うスキルを身につけることができる。それゆえ多くの人は、彼が内面においても外向的だと思い込んでしまう。これが不幸の始まりである。彼は仮面をかぶり続けることで、本当の自分を見せられなくなっていく。そして、自分を理解してくれる人はいないのだと感じ、ついには心を壊してしまうのである。

 内向型に内気な人が多いのも、外向的な姿勢がもてはやされ、引っ込み思案はいけないのだという社会からの圧力に晒されてきたからであろう。しかし、一つのことに腰を据えて取り組み、家でじっと本を読んだり、芸術に没頭したりする人たちがいなければ、文明社会は存立しなかったはずである。ニュートンもアインシュタインも、ショパンもスピルバーグも、内向的な人だった。彼らが文明にもたらした功績は、もはや言うまでもない。

気晴らしの休日を

 ブックオフの店内に流れている曲の歌詞のほうが、内向的な人の心には合致している。「遠くへ出かけると体がしんどい。まったく出かけないと心がしんどい。」内向型には内向型に合った休日の過ごし方というものがあるのだ。

 ハーバード大学のジェローム・ケーガンが言うように、内向的な人は人間が嫌いなのではない。たんに刺激に敏感なだけである。したがって、パーティーなどのような人の多いところに行くこと自体は、問題ない。ただそこで、多くの人たちと触れ合おうとすると、疲れてしまうのである。内向型は、大勢の集団に参加したときは、気の合う少数の人を探したほうがよい。べつに集団の中心で目立つことはなく、端っこで互いの好きな話をしていればよいのだ。そのほうが、親密な関係を築きやすくもなるだろう。

 同じ理由で、外出してはいけないこともない。ただし、あまり無理をして刺激的な場所に行こうとは思わないことだ。もしくは、強い刺激を受けたあとは、意識的に心の休まる場所に行って、しばしの間まどろむのである。そうすることで、家族や友人たちと一緒に、長い一日を楽しみ続けることができる。

 ベッドの上で一日中、本を読んだりDVDを観たりしてもいい。それが自分のリフレッシュの形だというなら、それでもいいのだ。とはいえ、家族が邪魔をしてくる場合がある。ヨーク大学のエレイン・アーロンは、自分の安全な場所を守るためには、しっかりと境界を引いておくべきだと述べている。この場合、家族に「この日は一日部屋にいるから」と、あらかじめ伝えておくのだ。そうすることでお互い、無理をしない付き合いができるようになる。

 時間の使い方は人それぞれ。自分に合った休日を過ごすことで、仕事もプライベートも、より充実させることができるようになる。

 参考:拙著『創造力はこうやって鍛える

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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