Yahoo!ニュース

「高齢者は詰んだ」とはいえない 若い人ほどクリエイティブという思い込み

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 7月25日、プレジデントオンラインに「完全に"詰んだ"「貧困高齢者」が爆増する」と題する記事が掲載された。

 高齢者が裕福だったのは、いわゆる団塊の世代の前までであり、50代では5割近くが国民年金未納。10年後には「職なし貯蓄なし年金なし」という三重苦の高齢者が大量発生すると、そのように書いてある。

 筆者はあまりこのように不安を煽ることを好まない。例えば記事では、十分な貯蓄があれば「豊かな老後」を迎えられるが、そうでなければ「悲惨な老後」が待っているだけだと、決めてかかる。結びはこうだ。「政府は、高齢者の所得確保に向けた対策を、早急に進める必要がある。後手にまわれば、「職なし貯蓄なし年金なし」という三重苦の高齢者が大量発生することになる。」しかし政府も現状に問題があることはわかっているし、そのゆえに色々と施策を考えている。一方で記事のなかでは、解決方法は書かれていない。

 不安を煽れば煽るほど、高齢者は精神的に追いつめられる。そして、不安や恐怖は思考の幅を狭め、行動を抑制する。結果、もっと貧困になる。そう考えると、終始悲観的なことを書き、解決方法を書かない姿勢は、高齢者のためにならないといえよう。

 ちなみに最近の心理学によれば、悲観的な思考ばかりの人は、そうでない人よりも成功しない。そのためか、前向きな人のほうが、悲観的な人よりも収入が高い。人生の目的のない人は、目的のある人よりも健康になれない。創造的になれず、よってあまりいい人生を送れそうにないようである。できる限り前向きな思考をし、そういう記事を書いたほうが、記者の方もまた、よりよい生き方ができそうである。それから、ポジティブな記事を書いたほうがアクセス数も伸びるという傾向も、ちらほらみられる。プレジデントの記者の皆さんにも是非おすすめしたい。

 そうはいっても、記事の内容は参考にはなる。貧困に陥りそうな高齢者の方々はどうすればいいか。政府に訴えればいいのか。何度も書いてきたが、仕事をすればいいのである。しかるに多くの人は、仕事というと既存の会社に入ることだと思っている。しかしながら、仕事、ビジネスというものは、本来やりたいことをやることだ。だからせっかくなので、辞める前にやりたいことを探しておいて、軽く準備しておいて、定年後はそれをやったほうがいい。60歳以上の起業家の割合は、実に3割を超えている。高齢者の起業の時代は、すでに始まっているのである。

 できないと言われる。なぜか。高齢者はもはやクリエイティブではないからだ、とのことである。たしかに通説では若い人のほうがクリエイティブと思われているが、それはなかなか誤解が含まれている。実は、むしろ高齢者のほうが、クリエイティブかもしれないのである。高齢者の可能性についてはこれまでも多く書いてきたが、今回は高齢者の創造性について書いていきたい。

創造的な高齢者

 創造性の研究において有名な心理学者のミハイ・チクセントミハイは『クリエイティビティ』のなかで、晩年になると人の生産性は向上しているとの見解を述べている。この場合の生産性とは、効率のよさや仕事の早さを意味しない。そうではなく、高い価値をもたらすものを世に示す傾向が強いということである。

 知能には大きく分けて二つある。一つは、流動性知能というものであり、素早く反応し、短い時間で即座かつ正確に計算する能力である。どうやらこの知能は生得的なもので、学習によって大きく左右されることはない。そしてこの知能の様々な要素は、ピークを迎えるのが早く、高齢になると能力が落ちるようである。

 もう一つは、結晶性知能というものである。この知能は生得的なものというよりは、学習に依存している。分別のある判断をすること、異なるカテゴリから類似性を見出すこと、帰納的あるいは論理的に物事を導き出すことなどが含まれる。ようするに、熟慮性に関係しているのが、この知能である。

 カリフォルニア大学のディーン・キース・シモントン教授によれば、創造性のピークは、いわゆる数学や物理学といった分野では若いうちに訪れる。アインシュタインが「30歳までに科学において偉大な業績を成し得なかった人間は、今後もそのような業績は成し得ない」と述べているのは、この分野のことである。しかし、知識や経験が必要な分野では、ピークはむしろ人生の後期に訪れる。高齢になるにつれて、創造力は高くなっていくのである。そしてビジネス創造に関わるのは、後者の知能のほうである。そこでは知恵が求められる。

 結晶性知能は、少なくとも60歳までは時間とともに向上する。さらには、チクセントミハイの調査した「創造的」な人の場合、90歳になってもなお向上し続けているようである。経営学の父、ピーター・ドラッカーは、現役時代よりも晩年のほうが、はるかに多くの本を書いた。ベンジャミン・フランクリンが二重焦点レンズを発明したのは、78歳である。このような例は枚挙にいとまがない。いわゆるスーパー高齢者といわれる人たちの脳が創造的なのは、歴史的に裏づけられているのである。

 どうすればそのようになれるのか。どうやら後者の知能が発達する人は、たとえ最終的に到達できないとしても、興味深く、やりがいのある仕事に、定年後も深く関わっているようである。クリエイティブな高齢者は、過去を回想したり、もの思いに耽ったりということはしない。エネルギーを、次なる達成されるべき課題のために向けている。到達すべき目標のために、今年の目標はこうだ、来年はこうするのだと、常にいまの課題に向き合っているのである。何らかのことがらを達成した時に、人は活力を得る。活き活きと、明日を生きることができるようになるのである。

高齢者が活躍する時代

 とかくいまの世の中は、高齢者といえばネガティブな印象で扱われる。例えば地方では、高齢化と過疎化とはほとんどイコールで結びついている。高齢者は若者が「支える」対象だと言われている。昨今では高齢者という言葉を用いるとき、マイナス要素としか思われていないのである。

 馬鹿を言ってはいけない。長きにわたって培われてきた高齢者の知能は、われわれ日本の財産である。日本に高齢者が多いというのは、日本に財産が多いということである。若い人が持ち合わせていない、経験に裏打ちされた熟慮する力が、そこにはある。創造はよく考えることから生じるのであり、そしてこれからの時代は、創造がものをいう時代、イノベーションの時代だ。はっきり言ってしまえば、これから到来する時代は、高齢者こそ活躍できる時代なのである。

高齢者の起業のメリットは、すでに述べた。別に大きく成功する必要はない。当面は今日と明日の飯を食えればいいのであって、一年先の飯を食える蓄えを稼ぎ出す必要はないのである。できれば貯蓄はあったほうがいいのだろうが、働きさえすればお金は入ってくる。しかもやりたいことをやって働くと元気になるというのだから、最高ではないか。

 最初に戻りたい。詰んでなどいないから、悲観することなどまったくない。後ろ向きな姿勢は、創造的思考にとって一番よくない。不安や恐怖を取り除き、創造性を開放すれば、高齢者は若い人たちよりも起業向きである。高齢者の皆さんには、活き活きと、元気に笑って、前向きに長生きしてほしいと筆者は思う。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

遠藤司の最近の記事