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日本を誤導――安倍首相「国賓招聘のため」習主席と会談

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2019年12月23日 北京で(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 23日、安倍首相は、将来日本に災禍を招く習近平国賓再確認のため、北京で習近平と会談した。言葉だけで日本側の立場を主張しても意味がない。本気なら国賓招聘を直ちに中止しなければならない。その勇気を持て。

◆会談内容の欺瞞性

 安倍首相は12月23日、日中韓首脳会談が開かれる中国四川省成都に行く前に、わざわざ北京に立ち寄り、習近平国家主席と会談した。目的は習近平の国賓としての来日を再確認するためだ。

 日本側から見た会談内容に関して、まず日本の外務省の報道を見てみよう。

 12月23日付の外務省HPには「習近平・国家主席との日中首脳会談・夕食会」という見出しで、会談内容を10項目に分けて報じている(以下、外務省報道)。

 その内、気になる項目に関して分析する。

一、尖閣問題:外務省報道の「2 日中関係総論」と「3 海洋・安保協力」

 12月13日付コラム「習近平を国賓として招聘すべきではない――尖閣諸島問題」に書いたように、2008年5月7日に、日本を公式訪問した当時の胡錦濤国家主席と福田康夫総理との日中首脳会談において両者が「認識を一つにした」というのと同じ、「呪文」のような文言があるだけだ。この「友好的呪文」を発した半年後の2008年12月8日に、中国公船が初めて尖閣諸島周辺の我が国領海内に侵入したことは同コラムに書いた。その後領海侵犯に関する頻度の凄さも、同コラムのグラフに描いた通りだ。

 つまり、まず「尖閣問題」に関して、安倍首相が、このような「友好的呪文」を発しても如何なる効果もなく、本気なら「この問題が解決されない限り、習近平国賓招聘はあり得ない」としなければならない。中国は日本の「朝貢」にも似た低姿勢を見て、ますます大胆な行動に出るだけで日本の尊厳を蝕んでいく。

二、経済協力:外務省報道の「5 経済・実務協力」

 外務省報道の「5」をご覧いただければ明らかなように、安倍首相の発言だけしか書いてない。実は後述するように、この問題に関しては習近平国家主席が「一帯一路に関する第三市場における協力」という言葉を発し、安倍首相は「一帯一路」というワードだけをカットして「第三市場での協力」という言葉で習近平の要望に応えている。

 つまり、「一帯一路に協力します」と回答したに等しい。これは2018年11月28日付コラム<安倍首相、日中「三原則」発言のくい違いと中国側が公表した発言記録>に書いたように、安倍首相は同年10月25日に中国を国賓として訪問した時に、「一帯一路は潜在力のある(ポテンシャルの高い)構想で、日本は第三市場での共同開拓をも含みながら、中国側とともに広範な領域で協力を強化したいと願っている」と語っていることからも、「第三市場」という表現は「日本の一帯一路協力方式」を指しているのは明らかだ。しかし、安倍首相自身が「一帯一路」というワードだけは避けて、「第三市場」とのみ表現することによって、アメリカの対中包囲網を裏切っていないかのように見せるのは「虚偽のポーズ」としか言いようがない。

 おまけに外務省報道では、「第三市場」というキーワードにさえ触れていない。

三、香港・ウイグルなどの人権問題:外務省報道「7 国際社会の関心事項」

 外務省報道の「7」をご覧いただければわかるように、このような「美辞麗句」に等しいような言葉を発しても、習近平は「痛くも痒くもない」。現に安倍首相の言葉に対して習近平は「内政干渉だ」と一蹴している。

 したがって、もし本当に安倍首相が一部の日本メディアで報道されているような毅然とした主張をしたのなら、このような国のリーダーである習近平を「国賓として招かない」という行動で、その気概を表現しなければならない。

 ところが実際は、「どうか国賓として来日してください」と懇願しているではないか。虚言も「極まれり」と言いたい。

四、「拉致」に等しい「邦人拘束」問題:外務省報告「6 邦人拘束事案」

 ここには「安倍総理から,邦人拘束事案について,中国側の速やかな対応を引き続き強く求めた」とのみ書いてあるが、習近平側の反応は一切触れていない。双方がどのような共通認識に至ったかに関して書いてないのである。なぜ書けないかというと、習近平が無視したからだ。その証拠は中国大陸以外の中文報道に数多くあるが、文字数が多すぎるため割愛する。

 邦人拘束は、「拉致」に等しい。中国の「司法」という手段を用いた「邦人拉致」だ。

 北朝鮮には「拉致問題を解決しろ」と呼びかけ、「中国の協力も得ている」としながら、まさに、その中国によって「日本人が不当に拉致されている」ことに関して、「社交辞令的」に「強く求めた」としただけである。

 日本国民はそれでいいのか?

 これで納得するのか?

 たしかに北海道大学の教授が中国社会科学院に招聘されながら北京で拘束され、そして「交渉の結果」解放されて帰国している。

 しかしこれが、いかに「茶番」であり「芝居」であったかは、かつてその中国社会科学院社会学研究所の客員教授を務めていた筆者にとっては、いやというほど分かる。中国社会科学院は研究者を招聘しながら拘束するようなことをできる機関ではないし、その権限も持っていない。権限を持っているのは中国政府だ。中国政府からの「招聘せよ」という命令を受けたら絶対に逆らえないのが中国政府のシンクタンクである中国社会科学院である。したがって、わざと招聘して拘束し、「国賓招聘のための努力をした」という証拠を作り上げるために、意図的に行ったものであることは明らかなのである。

 他の拘束逮捕された日本人14人の中には、理由も言われないまま懲役刑まで下された者がいる。本来なら拘束逮捕理由および判決文を明らかにさせ、それが出来ないなら国賓招聘は取り消すと言わなければならない。しかし現実は「中国であるなら邦人拉致も止む無し」と習近平に媚びへつらっている。

 このような人権無視の国家のリーダーを、このまま国賓として招聘することが、民主主義国家として許されるのか。国賓として来日すれば天皇陛下に拝謁することを意味する。そして必ず中国は又もや天皇陛下の訪中を要求してくる。

 となれば日本国は「国家」として中国の人権侵害と言論弾圧を肯定することを全世界に宣言するだけでなく、日本国の象徴である天皇陛下を、その危険な陰謀の中に巻き込むことを「是」としていることを世界に発信することになる。これはアメリカを凌駕して世界を制覇しようとしている中国に手を差し伸べていることを意味する。

 まるで、第二次世界大戦前夜のような「暗黒の選択」に手を付け始めていることに、安倍首相は気が付かないのだろうか?

 一党独裁の全体主義国家・中国が地球上最大の民主主義国家・アメリカの軍事力を凌駕すれば、どういう明日が待っているか想像がつくだろう。それはヒットラーのドイツと手を結んだかつての日本を彷彿とさせる。いま安倍首相が中国を持ち上げることは即ち、中国の軍事力の基盤をなす経済の衰退を未然に防ぎ、中国の軍事力を高めてあげることにつながる。

 安倍首相はいま自分が何をしようとしているのか、分かっているのだろうか?

◆中国では「安倍・習近平」会談をどのように報じたか

 中国共産党新聞網や、新華網あるいは中央テレビ局CCTVなど数多くあるが、そのどれを取っても、習近平が言ったことと安倍首相が答えたことは、日本の報道とはまるで違う。

 大きな相違点だけでも以下に示す。

 【1】習近平はまず、安倍首相に「四つの政治文書」を絶対に守れ、それが前提だとしている。「四つの政治文書」の根幹にあるのは1972年9月29日に発表された中日共同声明や1978年8月12日に署名された中日平和友好条約などにある「一つの中国」原則だ。すなわち絶対に台湾を国家(中華民国)とみなしてはならず、台湾はあくまでも中国(中華人民共和国)の一部であるという「大原則」だ。これを誓わされたということは、「私は絶対に台湾の独立を認めません」という誓いを立てたことを意味する。現在の蔡英文政権を「絶対に支持しない」ことを誓ったに等しいのである。外務省報道にも、また他の日本の報道にも、そのようなことは一言も書いてない。しかし、中国にとっては、これは最重要事項なのである。

 【2】習近平は「双方は実務的な協力を切り拓かなければならず、共にハイレベルの“一帯一路”を推進し、中日による第三市場を推進していかなければならない」と明確に言っているが、日本では、こういうことは削除されている。安倍首相が習近平の要求に対して「日本は喜んで中国と共に第三市場における協力を積極的に推進していく」と答えたと中国側は報道している。

 なお、日本の報道の中で最も正確に報道しているのは産経新聞で、そこには先述の香港・ウイグル問題に関して習近平が「内政干渉だ」と一蹴したことも書いてあるし、また北朝鮮問題に関して、以下のように書いてある。

【北朝鮮問題】

 両首脳:朝鮮半島の非核化に向け国連安全保障理事会決議の履行が重要との認識で一致。

 習氏:中国とロシアが提案した対北朝鮮制裁緩和に関する国連安保理決議案への支持を要請。

 

 ここで習近平が具体的に指しているのは、12月16日に中国とロシアが「北朝鮮に対する制裁の一部解除を求める決議案を国連安全保障理事会に提出した事実」である。これは「段階的非核化」という「中露朝3ヵ国」の同調路線であって、「日米」とは対立する主張だ。それを安倍首相は「北朝鮮問題においても習近平国家主席とは意見の一致を見た」という趣旨の話をしているのは誠実ではない。日中両首脳は「一致していない」。

◆国賓招聘の必要性を安倍首相は説明すべき

 習近平を「国賓」として招聘したいと言い出したのは日本側だ。

 4月26日のコラム<中国に懐柔された二階幹事長――「一帯一路」に呑みこまれる日本>にも、その一部を書いたが、安倍首相は先ず、「この私を国賓として中国に招いてください」と習近平に懇願した。習近平は最初、「考えてみる」と言っただけで安倍首相をじらし、「国賓として中国に来たいのなら、まず一帯一路に協力することだ」と交換条件を突き付けた。そこで二階幹事長が安倍首相の親書を携えて「一帯一路フォーラム」などに参加して習近平に会い、「一帯一路」に協力することに賛同する姿勢を示した。それにより中国は「遂に勝利した」と確信して、アメリカによる対中制裁が強まる中、安倍首相をコントロールし始めたのだ。

 安倍首相はただの一度も「なぜ習近平を国賓として招聘しなければならないか」に関して説明したことはない。いかなるメリットを日本国民にもたらすかを説明する義務が安倍首相にはある。

 習近平の国賓招聘は、日本を大きく誤導する。

 百歩譲って、国賓ではないレベルでの公式訪問であれば、まだ受け入れてもいい。

 野党も実に情けない。日本国民の税金の使い道、天皇陛下の政治利用、そして「なぜ国賓でなければならないのか」に関して安倍首相に説明を求めるべきではないのか。

 野党に声を上げる力がない中、むしろ自民党議員の中に反対の意見が出始めた。非常に頼もしい限りだ。

 読者の皆様にも、是非とも声を上げて頂きたいと心から切望する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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