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中国のAI巨大戦略と米中対立――中国政府指名5大企業の怪

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
世界人工知能大会「WAIC」(写真:ロイター/アフロ)

 中国は中国製造2025を補強するAI戦略達成のために中国5大企業を指名し、AI領域における世界の覇者を狙っているが、その中にHuaweiはなく、かつ1社は米企業との関係が深い。米中、どちらが覇者に?

◆「次世代人工知能(AI)発展計画」

 2017年7月、国務院(中国人民政府)は「新一代人工知能発展計画」(次世代AI発展計画)を発布した。これは2015年5月に発布した国家戦略「中国製造2025」を補完するAI戦略に特化した計画である。計画は3段階に分かれている。

 1.完遂時期に関して

  第一段階:2020年までに世界水準に達し、AIが新時代経済成長のエンジンとなる。

  第二段階:2025年までに中国の一部のAI技術が世界をリードする。進歩の度合いを「中国製造2025」に合わせる。

  第三段階:2030年までに中国のAI総合力を世界トップに持って行き、中国を世界の「AIイノベーションセンター」にする。

 2.産業規模

  第一段階:1兆元(16.26兆円)(執筆段階のレート)

  第二段階:5兆元(81.3兆円)

  第三段階:10兆元(約162.6兆円)

 第一段階の行動計画を、2017年12月14日、中国の中央行政の一つである「工業和信息化部(工業と情報化部)」(略称:工信部)は<工信部科[2017]315号>として「新世代AI産業発展3年行動計画」を発表した。

 主たる目的が「サイバー空間における国家安全」であることは、こちらのページを見れば分かる。このページの一番上に書いてある担当部局名をご覧いただきたい。

 一つは「中共中央網絡(インターネット)安全と信息(情報)会委員会弁公室」(Office of the Central Cyberspace Affairs Commission)で、もう一つは「中華人民共和国国家互聯網(インターネット)信息(情報)弁公室」(Cyberspace Administration of China)だ。

 中国政府はさらに「国家AI戦略実現のためのプラットフォーム」を指定した。

 指定されたのは、以下に示す、領域別の中国最先端5大企業である。

 (1) 百度(Baidu):自動運転(スマートカー)

 (2) アリババ(Alibaba):都市ブレーン(スマートシティ)

 (3) テンセント(Tencent):医療画像認識(ヘルスケア)

 (4) アイフライテック(Iflytek)(科大訊飛):音声認識

 (5) センスタイム(Sense Time)(商湯科技):顔認識

 これら国家指定の5大企業を、その英文の頭文字を取って「BATIS」(バーティス)と称することもある。たとえば日経新聞の<アリババ、バイドゥ…「BATIS」の野望>など。 

 ここで注目しなければならないのは、その5大企業の中に、「華為(Huawei)」が入っていないことだ。

◆なぜ5社から華為(Huawei)が除外されたのか

 昨年4月、Compass Intelligence社が、AI半導体チップ企業の世界ランキングに関する調査結果を出している。但し、AI半導体チップはまだ生産が始まったばかりであるため、売上高などでランキングを決めることができないので、企業の履歴分析や特性などにより分析を試みた結果であるという。セミコンポータル(semiconportal)という日本語のサイトに<AI半導体チップの新たなランキングが登場>という記事があり、そこに世界トップ15の企業名が貼り付けてあるので、詳細はこのページをご覧いただきたい。

 ランキングの「12」のところにHuawei(HiSilicon)という企業名がある。HiSilicon(ハイリシコン)は華為の中にある研究部門が独立して2004年に誕生したHuaweiのためのみの半導体メーカーである。

 半導体に関しては中国国内でトップであるだけでなく、中国で唯一、アメリカの大手半導体メーカーであるクァルコムと肩を並べ得る。5Gにおいてもクァルコムと同等に競争している。また、AI半導体チップに関して世界と戦える中国の唯一の半導体メーカーは、Huaweiのハイシリコンだけであることが、このAIチップセットのランキングを見れば歴然としている。

 それなのにAI巨大戦略を動かすために中国政府が指名した5大企業の中にHuaweiが入っていない。

 なぜなのか―ー?

 主たる理由は二つある。

 1.先ず明確に言えるのは、ハイシリコンの半導体は外販しないという絶対的原則があるということだ。Huaweiのためにしか使わず外販しないのだから、当然、中国政府に提供することはない。だから中国政府も政府の事業を担う企業としてHuaweiを指名しないし、Huaweiに支援金を渡すことも全くないわけだ。

 2.国有企業(=中国政府)ZTEとHuaweiは対立しており、「30年戦争」を闘ってきた。1993年、94年には、時の李鵬首相がHuaweiを潰すために国務院指令を発布しているほどだ。

 これらの理由を裏付ける事実に関しては多くのコラムを書いてきた。たとえば、2018年12月30日付のコラム<Huawei総裁はなぜ100人リストから排除されたのか?>や2019年1月19日付けの<Huaweiの任正非とアリババの馬雲の運命:中共一党支配下で生き残る術は?>などで述べた。

 このたびBATISに選ばれなかったという「客観的事実」は、また一つ、「Huaweiが中国政府と結託していない」証拠として挙げられるのではないだろうか。

 アメリカがHuaweiを叩き潰したいのは、まさに1980年代、日米半導体協定によって、世界一だった日本の半導体を沈没させてしまったのと同じ理由だ。2018年12月24日付けコラム<日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?>に書いたように、アメリカは同盟国の日本に対してさえ「アメリカの国家安全を脅かす」として、日本の半導体を叩き潰してしまった。だからHuawei叩きの目的が半導体潰しであることは明白だ。

 もし、本当にHuaweiが「情報を抜き取って中国政府に渡している」ということを疑うが故にHuawei叩きをしているのであれば、先ずその証拠を出さなければならないだけでなく、なぜ諜報活動(スパイ行為)を専門とする部局である「中国人民解放軍戦略支援部隊サイバー空間情報分隊」や「国家安全部」を狙い撃ちしないのか。Huaweiに注目させている間に、中国はスパイ活動をやりたい放題実行しているにちがいない。

 BATISに選ばれないほど、Huaweiは中国政府とは疎遠で、癒着などしていないことになろう。Huaweiが集中砲火を浴びている分だけ、真に中国政府と結託している企業や中国政府の諜報部局には目が向けられないから諜報活動がやりたい放題になるので、習近平政権は「ルンルン」だろう。

 但し、世界170ヵ国にあるHuaweiの支社同士が互いに競争しているため、「産業スパイ」をしているか否かに関しては別問題である。

◆クァルコムと協力関係にあるセンスタイム

 さらに奇妙な現象がある。

 BATISのうち、(1)~(4)の「BATI」までの企業は2017年11月に指名されているが、最後の(5)の「S」、すなわち「Sense Time(センスタイム)」(商湯科技)だけは、2018年9月になって、ようやく決まった。担当するのは「顔認識」。

 日本では適当な噂に乗って、中国の監視体制の顔認識に関しては「中国政府と癒着しているHuaweiが担当している」などと、まことしやかに語っているが、顔認識分野を担当しているのは、このセンスタイムだ。政府文書にも明示されている。

 奇妙なのは、このセンスタイムが香港の企業だということである。2014年に香港中文大学工程学院の湯暁鴎教授が創設した。彼はAI技術の核を成すディープラーニングが専門だ。

 センスタイムは香港発の企業であるだけでなく、実はクァルコムと深い関係を持っている。中国政府が香港企業を選んだのは、マカオや香港などの特別行政区をカバーする必要があるからだと中国政府文書にはあるが、センスタイムは2017年11月15日にクァルコムからの巨大投資を受け、ディープラーニングを中心としてAIとVR(Virtual Reality=仮想現実)やAR(Augmented Reality=拡張現実)を結びつける分野を共同開発している。

 今や,Huaweiかクァルコムかで米中が争っているそのクァルコムと提携しているセンスタイムが、中国政府の指定5大企業の中の一つであるというのは、どう考えても整合性に欠ける。水面下で何が起きているのか、注視しなくてはなるまい。 

◆米中どちらがAI覇権を握るか――中国の量子コンピュータ

 AI覇権を米中どちらが握るかに関しては、AIそのものの技術以外に、二つの決定要因が絡んでくる。

 1つは資金力とイノベーションの問題で、これはGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)(ガーファ)が自由競争というボトムアップの中からイノベーションを生み出してきたのに対して、BATISは一党独裁国家が国家プロジェクトとしてトップダウンで国の予算を配分している。

 資金力という側面から見たら、文句なしに中国が強いことになる。しかし独裁国家からイノベーションが生まれるのかとなると、「生まれにくい」と思うのが常識的だ。

 ところが中国の場合、拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』で詳述したように、欧米に留学した膨大な人材が中国に帰国しているので、必ずしも「独裁政権ではイノベーション的思考が止まってしまう」とも言いきれない現状にある。特に中国は月の裏側への軟着陸とか、人類には解読不能な量子暗号による量子通信に成功したりなどしている。これはアメリカよりも先んじているので、イノベーションの力よりも資金力の方がものを言っているかもしれない。

 二つ目に重要なのはビッグデータの処理に必要な量子コンピュータの存在だ。中国はアメリカにやや先んじて量子コンピュータの試験的制作に成功しているので、必ずしも全てがアメリカの後塵を拝することになるとも限らない。

 なんと言っても中国は一党支配体制を維持するために、何としてもAIによる徹底した監視社会を完遂しなければならない「国運」がかかっているという必死さがある。それも無視できない要因の一つだ。

◆中国の場合はAIを監視するAIが必要

 もっとも中国の場合は、AIを監視するAIが必要となるかもしれない。「深く学習した」AIたちは、ネットユーザーの質問に「正直に答える」という「誠実さ」を持つようになった。

 たとえば「中国共産党は好きですか?」と聞かれると「大嫌いです!」と、多くの中国人の心を素直に代表した回答をする。それはそうだろう。ディープラーニングは、14億の人民の行動や思考をデータ化しているのだから。

 また、習近平政権のスローガンである「中国の夢」とは何かとAIに聞くと、「アメリカに移住することです」と、これもまた正直に答える。

 これではAIによる監視社会どころか、AIが反乱を起こしかねない。こんなAIが育たないように、中国共産党を礼賛するAIによって「一般AI」を監視しなければ、中国共産党の一党支配体制が崩壊するかもしれないという、ブラック・ジョークのような結末も待っていないではない。そちらに期待しようか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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