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米朝首脳会談シンガポールに中国は――習近平参加の可能性も

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 米朝首脳会談場所がシンガポールになったことに関し、中国は公式には歓迎の意を表しているが、本音では中国外しの一環であると解釈し、習近平がシンガポールに行く可能性もある。大連への電撃訪問は試験飛行だとも。中国政府関係者を取材した。

◆公式にはシンガポールは金正日のゆかりの地

 中国の中央テレビ局CCTVは、昨日(5月10日)の段階で、米朝首脳会談の場所はシンガポールになる可能性が大きいとした上で、シンガポールと北朝鮮との関係に関して「(祖父の)金日成(キム・イルソン)にとっても(父親の)金正日(キム・ジョンイル)にとっても“ゆかりの地”である」として肯定的な見解を述べていた。

 というのは北朝鮮とシンガポールが国交を結んだのは1975年。金日成の時代だ。金正日時代に入ってからもアメリカとの交渉の場として何度もシンガポールを選んだ過去がある。したがって「金正恩(キム・ジョンウン)にとっても縁がある場所なのである」とCCTVの評論委員は解説していた。

◆板門店を選ばなかったのは休戦協定署名国の一つが中国だから

 本来なら、朝鮮戦争の休戦協定違反をしてきたのはアメリカなのだから、その休戦協定違反を解消して、休戦協定に約束されている通り朝鮮半島から第三国の軍隊(アメリカ軍)を撤退させることにつながる米朝首脳会談は、板門店(パンムンジョム)で行なうべきだ。中国政府関係者が筆者に不満を漏らした。その見解は概ね以下のようなものである。

1.もし板門店を会談場所に選ぶと、そこは休戦協定に朝鮮戦争参戦国が署名をした場所になるので、北朝鮮は「中国」を際立たせたくない(署名国は北朝鮮、中国、国連軍代表のアメリカ)。

2.もちろん米朝首脳会談が直接「休戦協定から終戦協定への移行」にはならないが、米朝首脳会談がうまくいけば、やがて終戦協定締結へとつながっていく。金正恩は板門店宣言で、その平和体制構築に当たり「韓朝米3ヵ国または韓朝米中4ヵ国」による協議を経て終戦協定に至るとしている。つまり中国を外した「韓朝米3ヵ国」の可能性を否定していないのである。

3.それでいながら、軍事的には中国を頼り切っているというのは、信義にもとる。

 これに対して筆者は「しかし中国も台湾との平和統一を目指した『一国二制度』提唱を具体化する、いわゆる『92コンセンサス』決議をするときに、やはりシンガポールを選びましたよね」という質問に対して、「それはそうだ。しかし北朝鮮のような多面相を持って行動していない。『一つの中国』で一貫している」と「多面相」に力を入れながら、語気を荒げた。やはり、ここまで中国を頼りながら陰では「中国外し」をしようとする金正恩の「多面相」が最大の不満のようだ。

◆大連電撃訪問は、シンガポールへの試験飛行

 金正恩が7日、大連を電撃訪問したのは、シンガポールへの試験飛行だ。金正恩は飛行機恐怖症。何が起きるか分からないので、危険を感じている。それを克服できるか否かを試すために、わざわざ大連を選んで、米朝首脳会談に出席するだろう全ての関係者を搭乗させてやってきた。中国政府関係者は、突き放すように説明した。

◆完全非核化になったら軍事的には中国を頼るしかないはず

 板門店宣言では朝鮮半島の「完全非核化」を謳っている。事実、「完全非核化」に向かって北朝鮮は動くだろう。それはポンペオ長官と約束しているはずで、そうでなかったらトランプ大統領が米朝首脳会談を承諾するはずがない。

 交換条件として金正恩は「金体制維持を絶対に保証すること」を大前提として交渉しており、それさえ約束されれば、あとはアメリカの要求に、基本、応じるはずだ。

 これも、中国政府関係者の解釈である。そして彼は続けた。

 ――つまり、北朝鮮は核兵器と長距離大陸間弾道ミサイルに関しては完全放棄し、ある意味、「丸裸」になってしまう。韓国が持っている程度の武器を保有するだけだ。となれば、何かあった時には、軍事的にはわれわれ中国を頼りにするしかなくなる。リビアの例を見ても、またイラン核合意破棄の例を見ても分かるように、アメリカは相手に武器を捨てさせておいてから、何かと理由を付けては攻撃する。武力攻撃もあれば強烈な経済制裁もある。金正恩はそれを恐れて、中朝軍事同盟の「有効性」を習近平に確認しているくせに、一方では「中国外し」をしてみたり、米朝接近で中国を焦らせてみたりする。

 そこで筆者は「しかし、米朝首脳会談を長年にわたり要求してきたのは、他ならぬ中国ではないですか?」と疑問を挟んだ。すると次の回答が戻ってきた。

 ――その通りだ。だから問題ないだろうと、金正恩は中国に言うだろう。しかしその一方で、米朝接近を強化して、中国をじらすのだ。やがて日本にも近づくだろう。「日本は1億年経っても朝鮮の神聖な土地を踏めないだろう」と日本を威嚇するのは、ちょうどミサイルや核実験でアメリカを脅しておいて、いきなり対話に入る手段と同じで、「恫喝外交」の変形に過ぎない。必ず日本との対話に、いきなり転換していくだろう。そのときに有利な条件を引き出すために、今は最大限に日本を酷評している。それが彼のやり方だ。

◆習近平がシンガポールに飛ぶ可能性

 そんな勝手なことはさせない、というのが中国の本音だろう。

 その証拠に、シンガポールで米朝首脳会談が行われる時に、習近平国家主席がシンガポールに飛ぶ可能性が取りざたされている。

 「休戦協定署名国の一つである中国を外して、休戦から終戦への移行をさせてなるものか」という、中国の譲れぬ一線を示唆する情報だ。

 取材した中国政府関係者は、これ以上は明らかにしなかったが、彼が漏らした不満が、それを証拠づけているように映った。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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