日本は中国に25回も「戦争謝罪」をした――それでも対日批判を強める理由は?

人民日報元評論員・馬立誠氏は「日本は中国に25回も謝罪した。もう謝罪する必要はない」と書いている。日本は極東国際軍事裁判により裁かれ、以降、平和憲法を守っている。中国の終わりなき対日非難を考察する。

◆日本は世界で最も多く謝罪し続けている国

中国共産党の機関紙「人民日報」の元高級評論員(解説委員)だった馬立誠氏は、2002年12月に中国のオピニオン誌『戦略と管理』(2002年6号)の中で、「対日関係の新思考――中日民間の憂い」という論考を発表した。それ以来、馬立誠は、「日本はもう十分に謝罪した。中国はこれ以上日本に戦争謝罪を求めるべきでない」と書き続けている。2013年9月、香港にある「鳳凰網」(網:ウェブサイト)の取材に対して、「日本は中国に対してすでに25回も戦後謝罪をしている」と、具体的回数まで挙げている。

筆者自身は、回数は数えていないが、少なくとも1972年9月29日の日中国交正常化調印式において当時の田中元首相が謝罪して以来、日本の多くの首相が中国の国家主席あるいは国務院総理(首相)と会談するたびに、「お詫び」の言葉を述べているのは確かだ。

天皇陛下さえ、「お詫び」の言葉を述べている。

そもそも日中国交正常化は、中国(中華人民共和国)と日本が戦後初めて国家同士として公的に発表した共同声明で、それを受けて78年に締結された日中平和友好条約は、ある意味、「終戦4年後に誕生した国家」との「終戦協定」に相当する。

それまで「中国」を代表する国として国連に加盟していたのは蒋介石・国民党の「中華民国」だったので、国家間としての対話は「中華民国」とするしかなかった。

この共同声明あるいは日中平和友好条約における中国側の最大の要求は「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法的な政府であることを承認する」ということだった。だから「中華民国」との国交を断絶せよと日本に迫った。日本国内には反対論もあったが、日本は中国の要求を重んじて「中華民国」と国交を断絶し、以後、「台湾」と呼ぶようになっている。

◆日中国交正常化において中国は自ら戦後賠償を放棄した

この共同声明において注目すべきもう一つの点は、中国側が自ら戦後賠償を放棄したということである。

日本側は準備していたのに、中国側は、終戦直後、「中華民国」総統だった蒋介石が日本に対する戦後賠償を放棄したことにならい、自ら放棄したのである。

その理由は、「一つの中国」を主張しているスタンスから、蒋介石・国民党政府と同じ主張を表明したことと、もう一つは長年にわたる毛沢東(共産党軍)と蒋介石(国民党軍)との対立から、毛沢東には、それなりの意地と体面があったものと考える。

しかし日本は戦後賠償の代わりに1979年から巨額の対中ODA(政府開発援助)による支援を開始し、北京空港や地下鉄など、150項目以上の巨大な大型プロジェクトの経費を負担してきた。2008年になってようやく「新たな」円借款支援は停止したが、2007年までに約束した円借款支援は今もなお続いており、それが終了するのは2017年である。

さらに、対中ODAのうちの無償資金協力や技術協力は今もなお撤廃されておらず、これまで通り中国に捧げ続けている。

中国は2010年にGDPが世界第二位になり、日本を凌駕したというのに、それでも日本国民の血税を中国に注ぎ続けているのである。中国人の富裕層が日本で爆買いしている一方、日本国民の中には貧困で命を落としていく人が後を絶たない。東日本大震災の復興事業もままならない。

その日本国民の、限りなく増税されていく血税を、日本政府は中国に今もなお注ぎ続けているのだ。

それでいて、中国の教科書には日本の侵略行為に関する記述は膨大にあり、抗日記念館の授業見学は義務付けられているが、日本の総額3.6兆円にのぼるODA支援に関しては、ただの一文字たりとも触れていない。

それに比べて、たとえばシンガポールの教科書などでは日本の侵略行為を明記すると同時に、戦後の日本が対シンガポールODA支援をしてきたことをも明記している。

今もなお続いている対中ODAが、中国の軍事力強化に貢献していないとは言い難い。中国は少なくとも、その分だけ多く、軍事費に予算を注ぐゆとりが生じるからだ。その強化された中国の軍事力に対抗するために日本の防衛力強化をしなければならないとしたら、日本は何という矛盾を抱えていることだろう。

◆日本の戦後謝罪は国際法的には決着している

日本は終戦直後に設けられた極東国際軍事裁判において戦争責任を裁かれ、戦争責任者を犯罪人として処刑あるいは懲役刑という形で罰せられ、それを受け入れた。それによって戦争への罪を認め、反省を表明したのである。

1951年9月には、連合国諸国との間で締結されたサンフランシスコ平和条約によって戦争犯罪を認め謝罪し、占領軍アメリカの「指導」によって制定された平和憲法を順守して、それ以降、二度と戦争を起こしていない。

サンフランシスコ平和条約には、「中華民国」(国民党)と「中華人民共和国」(共産党)の両方が「自分こそが『中国の代表だ』」と主張したので、連合国側は「中国」を「連合国諸国」から外した。

そのため同年「中華民国」とは日華平和条約によって戦後処理を行い、日米同盟の中でアメリカの制約を受けていた日本は、「中華人民共和国」が国連に加盟したあとで、アメリカにならい、日中国交正常化共同声明および日中平和友好条約によって、「中華人民共和国」との戦後処理も法的に終わらせたのである。

この時点で国際法上、日本の戦後処理は終わっている。

しかもトウ小平は、「国家賠償を放棄することを人民に相談しなかった」とする、被害を受けた中国人民の民間賠償要求を退けた。

国家に決定権があり、国家間では解決済みとしたのだ。

その民間賠償要求が中国でも認められるようになったのは、2013年のことである。

◆なぜ今になって対日批判を強めるのか――台頭するナショナリズム

1991年12月のソ連崩壊によって、米ソ冷戦構造は消滅した。それに伴い、全世界的にナショナリズムが台頭し始めたのは事実だ。だから中国のナショナリズム台頭だけを責めることはできない。

しかし中国ほど愛国主義教育の名の下に「日本の侵略戦争」の被害のみを強調して、日本がどれだけ絶えることのない援助を中国にしてきたかを公表しない国も少ないだろう。

軍事情報を主として伝えるウェブサイト鉄血網のソーシャルサイト「鉄血社区」が2012年12月28日に、日本のODA援助に関して書いたところ、売国奴と罵られるほどのバッシングを受けたことがある。

このような心情に関して冒頭の馬立誠氏は「中国が愛国主義教育を実施したため、ナショナリズムが高揚して若者が非常に好戦的になっている。その若者たちに『中国政府がいかに日本に対して強硬的な姿勢を取っているか』を見せないと、中国政府自体が『売国政府』と罵られるのだ」という趣旨のことを書いている。

この言葉は筆者がかつて多くの書籍の中で書いて来たことと、ほぼ完全に一致している。

馬立誠氏はさらに、このスパイラルは中国を国際社会で孤立させていき、中国自身にとって良くないと警告している。

いま中国のメディアでは、安倍政権の右傾化を激しく批判し、日本が軍事大国になろうとしていると報道しているが、日本の「不戦の誓い」は、そうたやすく破られるものではないし、日本国民の多くは、二度と戦争を起こしてほしくないと思っている。戦争を起こすような選択を日本国民は絶対に選ばないと信じている。

そのためにも、中国が終わりなき対日批判を、これ以上激化させていかないことを祈る。なぜなら、それは日本国民の心に反中感情を巻き起こし、それゆえに「軍事力で中国をやっつけろ」といった言論を生みかねないからである。

反省している人間を責め続ければ(いや、批判がますます激しくなれば)、それは逆効果であることを、人間関係においても人類は知っているはずである。

戦後70周年に当たり、客観的事実を冷静に見ていかなければならない。

追記:

サンフランシスコ平和条約締結時においては、日本がまだ十分には戦後復興しておらず戦後賠償請求をしても支払い能力なしとして、多くの関係国(主として大国)が請求を放棄している。その直後に「中華民国」と結ばれた日華平和条約においても、蒋介石はそれにならった。

しかし、1972年の日中共同声明公布時点では、日本のGDP成長率は9%という高度成長期にあり、文化大革命中の中国から見れば比較にならない復興を遂げている。したがって日本に支払い能力がなかったとは思えない。筆者は日中国交正常化交渉に関係した人物から、当時の田中角栄が本当は何を考え覚悟していたかを直接聞いている。この人物の考え方は栗山尚一氏の見解と全く異なっていた。

一方、中国側は表面的には「A級戦犯に全ての罪を負わせて、さらに日本人から賠償を取るのは忍びない」という趣旨のことを述べて賠償を放棄したとされている。しかし交渉場面に直接関係していた老幹部でかつて筆者の友人だった者から、毛沢東が何を考えていたかを直接聞いている。このコラムに書いた中国側の本音に関する根拠は、この老幹部の証言に基づく。

以上、筆者の論考を「根拠がない下衆(げす)の勘ぐり」と批判したコメントに回答する。目的は、多くの良心的な読者に事実を伝えなければならないと思うからだ。