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中国、建軍節テレビ局乗っ取りは内部の者か?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

中国、建軍節テレビ局乗っ取りは内部の者か?

8月1日は中国人民解放軍の建軍節87周年記念日だった。その日の夜8時頃、中国浙江省温州市のケーブルテレビ視聴者(600万人)たちの一部が、一斉に中国版ツイッター「微博」(ウェイボー)に書き込み始めた。そこにはテレビの画面に現れた「反共黒客(ヘイクァ)」(反共ハッカー)の文字が、くっきりと映し出されている。しかも禁断の画面である天安門事件や法輪功(の拷問の場面)あるいは天安門前で自殺する人々の画面が次から次へと現れている。

視聴者はテレビ画面を見た瞬間に携帯で撮影したのだろう。画面には中国大陸のネットの百度空間にある「騰訊微博」や「天涯社区」などのロゴマークがある。

温州市でケーブルテレビを通して放映されている中央テレビ局CCTV1(総合)やCCTV6(体育)あるいはドラマなど、全ての番組が8分間近くに渡って独占され、画像と同時に、次のような文字が流れ続けた。

「土共非法偽政府」(田舎者の共産党による非合法偽政府)

「共匪才是罪犯」(共産党匪賊こそが犯罪者だ)

「向追求自由的人們致敬」(自由を求める人々に敬意を表する)

「勿忘六四」(天安門事件を忘れるな)

「釈放王炳章」(王炳章を釈放せよ)

ほかにも劉霞や劉暁波ら、民主活動家の写真が並び、釈放を呼び掛けている。

ほどなくして、どの局の画面も真っ黒になり、異常が生じたことを視聴者に知らせる文字だけが現れたという。

◆どうも、奇妙だ!

筆者は微博に貼り付けられた画面と文字を見て、何とも奇妙な違和感を覚えた。

特に「土共」、「非法偽政府」および「共匪」という文字である。

これは筆者が経験した1946年から49年の間に戦われた革命戦争中に、国民党側が共産党側を軽蔑して付けた名前だ。つまり、国民党の蒋介石が共産党の毛沢東を軽蔑して、国民党占領下にある地域の庶民たちを洗脳し、徹底して「共産党は悪である」という思想を植え付けるために使った言葉である。

特に国共内戦(国民党と共産党の内戦)とも呼ばれている革命戦争で国民党が敗退し、共産党側が各地で共産党による地方政府を設立すると、それを「偽政府」と呼び、「中華民国」の「国民政府」を正統とした。そして今もなお「中華人民共和国=中国」を「非合法偽政府」と罵っている一派がいる。

これらは、現在中国大陸に潜んで活動している民主活動家たちが使う言葉とは違うのである。

おまけに8月1日という中国人民解放軍の建軍節を選んだという背景には、軍に対する恨み、つまりは共産党軍に負けた国民党軍の恨みが混在しているものを感じてならない。温州は台商の多いところ。「温州市台湾同胞投資企業協会」もある。

何かがあると感じた。

◆敵は内部に――「内鬼」だ!

案の定、「中国茉莉花革命」というウェブサイトに載っている温州市地元の時事評論員の言葉によれば「内鬼がいる!」とのこと。「敵は内部にいる」という意味だ。温州市では市レベル以下の地域におけるテレビ放映は、必ず地上にあるケーブル放送を経由しているので、その経由会社の中で操作しない限り、外からは侵入できないというのである。

また他のネットユーザーによれば、最近温州市では至るところでキリスト教の教会に対する強制撤収があり、政府に不満を持つ者の仕業だろうとも書いている。

◆微博情報完全削除でネット空間監督は強化されたが……

8月1日午後8時過ぎ、中国大陸のネット空間に集中的に現れた禁断の画像に関する情報は、その後すぐに削除された。しかし、検索したページには1,500項目ほどタイトルだけがヒットする。そのタイトルをクリックすると「申し訳ありません。このページは存在しません」という文言が出てくる。一つとして残っていない。

中共中央の周りには40ほどの「領導小組」という指導グループがあり、シンクタンクの役割を果たしている。その中の一つに「中央網絡(ネットワーク)安全和(と)信息化(情報化)領導小組」というのがあり、その組長は習近平だ。

一方、習近平は「中央対台領導小組」(対台湾中央指導グループ)の組長でもある。

台湾に対して税金の優遇などをして台商投資区を福建や浙江省など台湾に近い地域に設け、台湾を大陸側に抱き込もうとしている。

しかし台湾も一筋縄ではいかない。

台商として大陸の深くに潜り込みながら、「闘魂」だけは貫いている者もいるだろう。

ハッカーなので「中央網絡安全和信息化領導小組」が動き、ネット空間の監督強化へと反応するだろうと考えてしまうが、それだけでは防ぎきれない反政府行動の隙間があることを、今回の「ハッカー事件」は教えてくれた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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