自己実現の場はニューヨークに限られた話なのか?

ニューヨークで開かれたニューヨーク・コミコン2017(写真:ロイター/アフロ)

 10月5日から8日にかけ、アメリカで最大規模のコミックイベントであるニューヨーク・コミコン(NYCC)が開催された。これについて、ある記事がTwitter上で話題になっていたので目を通してみた。著者はニューヨーク在住というので、少々興味を持ったのだが、一読して色々と疑問符が湧いてくるものだった。印象的な部分を引用して紹介しよう。

日本ではコミック・マーケット(通称、コミケ)がコミック関連のイベントとして非常に有名なため、コミケと同じようなものだと想像する人は多いかもしれないが、実は、違う

また、NYCCは、アメリカの他のイベントと比較しても特別な存在となっている。なぜなら、NYCCからは、アニメや漫画、ゲーム業界に関係ない人でも学べるものがたくさんあるのだ。

特に、

・自己実現

・クリエイティビティ

・新規事業や開発

……などなどを考える人には非常に参考になることが数多くある。

出典:コスプレは自己実現? 米国版「コミケ」が日本と大きく異なる点

 この部分が象徴的だが、全体を通して読んでみても「著者はコミケに来たことが無いんだろうか?」と疑問が浮かんだが、Twitter上で確認してみても、多くの人が同様の感想を持っているようだ。確かにコミコンとコミケは違う部分も多い。日本のコミケが自費出版の同人誌を中心としているのに対し、アメリカのコミコンは企業が多く関与しており、自費出版は増えつつはあるが依然として小さいとされている。同人誌を描くために、日本に移り住んだアメリカ人もいるくらいだ。なのに、参加者のクリエイティビティについて、まるでコミケより上だと言わんばかりの姿勢には疑問符がつく。

 さらに記事の著者は、NYCCの人気について、メディア記事を引用して次のように主張している。

NYデイリーニュースは、NYCCの人気の理由について、来場者の生の声を交え、自由に自己表現でき自分らしくなれる「自己実現」の場であることや、その「創造性」の高さなどがあると分析している。

日本には、このNYCCよりもさらに多くの人々が集まるコミケがあって、多くの関連報道が報じられるが、その人気の秘訣としてまっさきに「自己実現」がどうこうという話が出てくることなんて滅多にないだろう。

そもそも、「自己実現」とか、「自分らしくいること」などについて、日本では、あまり注目されたり語られることがないような気もする。

でも、実は、NYCCと日本のコミケの間では、まさにこの部分の意識に大きな違いが存在する。

出典:コスプレは自己実現? 米国版「コミケ」が日本と大きく異なる点

 これによれば、日本のコミケは「自己実現」の文脈で言及されておらず、NYCCとこの部分の意識に大きな差があるという。これは本当だろうか?

 まず、日本におけるコスプレについても、自己実現やアイデンティティがキーになっていることは、様々な研究で指摘されている。なにもアメリカに限ったことではない。また、同人誌や音楽、ゲーム、その他グッズ等を自分たちで制作することは立派にクリエイティビティで、自己実現に繋がることだ。

 更に言うならば、自己実現のためには創造性・クリエイティビティが必要とも限らない。当のコミケを運営するコミックマーケット準備会の里見広報室長が、先日東京新聞に掲載された記事の中で、原則として手弁当のコミケスタッフになぜ人が集まるかを聞かれてこう答えている。

絵を描けない僕みたいな人間に何ができるか自問したとき、コミケの場を皆でつくり上げることが自己実現になるのではないでしょうか。

出典:「こちら特報部 コミケを支えるボランティアの熱(上)」東京新聞,2017年8月11日朝刊

 そう、別にコミケに参加するのに、絵が書ける必要もなければ、コスプレする必要もない。自分なりの自己実現の方法はいくらでもあるのだ。前述したように、NYCCについて「アニメや漫画、ゲーム業界に関係ない人でも学べるものがたくさんある」という主張もあったが、コミケでも別にそれは同じだ。業界に関係しない人が様々な形で参加している。そもそも、日本のオタク研究においては、オタクによる消費行動が重要なキーとなっている。創造性や自己実現といった自明なことを主張するのは、誰もがスマートフォンを持っている時代に、パピルスと石板がいかに優れた情報ツールかを主張するようなものだ。

 そして記事はNYデイリーニュースによる参加者の声として、「自分らしくいられて誰もあなたのことを判断しない。どんな見栄えだとか、何を着ているかとかについて。みんな好きなことを自由にできるのさ。素晴らしいことだ」、「人々が本当の姿を隠さなくていい場所」を伝え、一旦締められる。ところが、ここでの分析も少々首をひねらざるを得ない。

日本人の感覚からするとアメリカ人、特にニューヨークにお住まいの方々は、日頃から、かなり自由に本来の自分の姿をさらけ出し、自分らしく生きているように感じられるが、それよりもNYCCは、さらにもっと自由な場所ということらしい。

出典:コスプレは自己実現? 米国版「コミケ」が日本と大きく異なる点

 これは著者がニューヨークの観光に携わっていることからくるポジショントークの一面もあるのだろうが、あまりに前向きに発言を捉えすぎてはいないか。NYCCが「本当の姿を隠さなくていい場所」ということは、外では本当の姿を隠さなければいけないということだ。日本でもオタク趣味を学校や会社で隠しているといった話は多々あるが、アメリカでは深刻な問題がある。

 1999年のコロンバイン高校銃乱射事件は、完全に無差別な銃撃ではなく、学内ヒエラルキーの頂点に立つ体育会系を標的として銃撃が行われている。一方で犯人らはゲーム好きのコンピュータ・オタクとして、ヒエラルキーの最下層にいた。犯人の高校生2人は椅子を蹴られる、テーブルに押し倒される、食べ物を投げられる、ロッカーに閉じ込められるなど、日常的にいじめを受けていた事が分かっていて、事件はそれに対する復讐が動機とされている。このように、趣味の違いによる差別やいじめで大惨事を招いたアメリカを、この記事はあまりに楽観的に捉えすぎてはいないか。ニューヨークはそうではないのかもしれないが、先月にブロンクス区の公立学校で、いじめが原因とみられる刺殺事件が発生したばかりだ。

 コミケの方が良い、コミコンの方が良いといった、優劣を論じたい訳ではない。しかし、国によって、イベントによって違いがありますよというだけの事を、一方を美化して他方には無いものがある、といった主張をする必要はないだろう。

 問題の記事は3回連載のうちの第1回目だ。この先、一体どうなるか不安を抱きつつチェックはしたい。