「二足のわらじ」を履く男―江草仁貴氏(阪神~西武~広島)【後編―社長業】

「株式会社キアン」代表取締役社長・江草仁貴氏(写真提供:江草仁貴氏)

■広島で介護事業をスタート

外観(写真提供:江草氏)
外観(写真提供:江草氏)

 プロ野球・阪神タイガース埼玉西武ライオンズ広島東洋カープの3球団にわたって活躍し、2017年に引退した江草仁貴氏。現在、「二足のわらじ」を履いて奮闘している。

 前編大阪電気通信大学・野球部コーチとしての顔に続き、この後編では「社長・江草仁貴氏」を紹介する。

壁にはプロ野球選手のサインがズラリ(写真提供:江草氏)
壁にはプロ野球選手のサインがズラリ(写真提供:江草氏)

 江草氏が経営する「株式会社キアン」は、リハビリ型デイサービス「レコードブック」のフランチャイズとして介護事業を運営している。広島で生まれ育ち、カープにも在籍経験のある江草氏は、「お世話になった広島に少しでも恩返ししたい」と、まずは広島市中区で事業をスタートさせた。

 社名の「キアン」は、「江草」の「江」の文字をネットで調べていくうちにたどり着いたある文献からヒントを得て、名づけた。

カープの選手から提供されたユニフォーム(写真提供:江草氏)
カープの選手から提供されたユニフォーム(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 そもそもなぜ「介護」という分野を選んだのか。

 「もともとじいちゃん、ばあちゃんと一緒に暮らしてて、デイサービスも利用しているのを見ていたし、現役時代のオフ、施設を訪問することがあった」。

 高齢者施設に行くと、「野球選手が来てくれた」と拍手で歓迎してくれる。「それがすごく嬉しかった」と振り返り、「あぁ、役に立てることあるんだなぁ」と実感したという。

 自然と介護に興味を持ち、現役を引退する5年ほど前から勉強を開始した。「山梨、岡山、東京…いろんな介護施設に行った。見学して、(経営などの)数字も見せられるものは見せてもらったりした」。

カープ時代の江草氏(撮影:筆者)
カープ時代の江草氏(撮影:筆者)

 誰にでも訪れる「現役引退」、そしてそのあとに続く「セカンドキャリア」。しかし現役中にそのことを考えられる選手がどれほどいるのか。

 江草氏は「やはり2回トレードされてるっていうのが大きいかな。ずっと一緒のところにいると、なかなか危機感というのは持てない。僕の場合は西武で結果が出なくてヤバイなぁと思っているところ、広島が拾ってくれたけど。でも結果が出ないと『要らん』となる。常に危機感を持っていた」と語る。

■ラスト登板は古巣・甲子園球場で

カープの選手による胴上げ(撮影:筆者)
カープの選手による胴上げ(撮影:筆者)
タイガースの選手による胴上げ(撮影:筆者)
タイガースの選手による胴上げ(撮影:筆者)

 2002年、自由獲得枠でタイガースに入団、2005年の優勝に大きく貢献した。2011年にライオンズへ、2012年にカープへそれぞれトレード移籍した。2017年限りでユニフォームを脱いだが、実はその1年前に一度、辞める決意を固めていた。「もう身体がしんどいと思って。それと…」。

 ちょうどその年、奥さんの竹下佳江さん(バレーボール・元全日本代表選手)が兵庫県姫路市を拠点に発足したヴィクトリーナ姫路の監督に就任していた。江草氏も引退したら関西に移ろうと考えていたのだ。

 しかしカープが優勝し、胴上げシーンを見たらたまらなかった。「もう一回、あの胴上げの輪に入りてぇ…って思った」。

 そこで奥さんに「もう1年やりたい」と伝え、別居生活が始まった。けれど「やってみて、結局ムリだと思った。今の自分の力じゃ通用しないとわかった」と、今度こそ引退を決意した。夏が目の前に迫ったころだった。華々しい活躍をしてきたスポーツ選手が、自身の力の衰えを認めるのはつらい作業だ。

かつてのチームメイト・久保田智之氏も駆けつけてくれた(撮影:筆者)
かつてのチームメイト・久保田智之氏も駆けつけてくれた(撮影:筆者)

 それでも嬉しかったのは、カープが引退の花道を用意してくれたことだ。ウエスタン・リーグではあるが甲子園球場で、古巣であるタイガース相手に登板することができた。それは江草氏の強い願望でもあった。

 そして奇しくもその試合はタイガース・狩野恵輔選手の引退試合でもあり、現役ラスト登板はかつての女房役との対決となった。

 二塁打を打たれたが、プロ野球選手としての第一歩を踏み出したマウンドで、15年間の現役生活に幕を下ろすことができたことは満足だった。試合後、チームメイトのみならずタイガースナインにも胴上げされ、涙した。振り返って「いい思い出になった」と笑顔を見せる。

■デイサービスのイメージを変えたい

(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 1ヶ月はゆっくり休養し、いよいよ自身も始動した。事業はその数ヶ月前の7月に立ち上げていた。

 事業内容は高齢者のリハビリで、自宅に迎えにいき、運動をしたあと送り届けるというデイサービスだ。社長としての江草氏のおもな仕事は営業だが、ときには送迎車の運転をすることもあるという。

 生まれ故郷の広島、しかもカープに所属していたということもあり、オープン時には広島で話題になり、現在も注目されている。認知されているという意味ではやりやすい反面、既存の施設や企業からの「何も知らないくせに…」という反発の声が耳に入ることもある。

 しかしそんなことは取るに足らないことだ。江草氏には明確な意思がある。

(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 「一人でも多くの人に『運動して楽しかった』と思ってもらえたら。イメージを変えたい。高齢者はどうしてもデイサービスに通ってるのを知られたくないって思っている人が多い。そうじゃなくて、胸張って楽しんでるって言ってもらえるように。『キアンに行ってるんだ』『へぇ、すごいね。いいね』っていう、そんな環境を作っていきたい」。

スライリーも運動?(写真提供:江草氏)
スライリーも運動?(写真提供:江草氏)

 キアンでは特別なマシンは使わない。家に帰ってもその運動が継続できるよう、たとえばペットボトルをダンベル代わりに使うなど、家庭にある物で代用できる工夫をしたり、チューブの貸し出しを行うなどしている。

 「ウチに来て運動を始めてから、『夜、しっかり眠れるようになった』という声をいただく。高齢者って意外に不眠の方が多い。よく眠れることで規則正しい生活ができる。また、運動するだけじゃなく、来てしゃべることが楽しいと喜んでいただいている」。

 利用者のそんな喜ぶ顔がたまらなく嬉しい。現役時代からそうだった。人を喜ばせることが大好きで、オフのイベントではファンサービスに勤しんだ。江草氏の出演するイベントはいつも笑いが絶えなかった。

 今は利用者の笑顔をたくさん見たい。そして、ゆくゆくは多店舗展開をしたいと力を込める。

■現役中からセカンドキャリアについて熟考

(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 先述したように、江草氏が将来を睨んで介護の勉強を始めたのが引退の5年ほど前。引退1年前に会社の登記だけは済ませていた。

 スポーツ選手のセカンドキャリア問題が叫ばれて久しい。しかし実際、現役中にそのことを考えている選手はどれほどいるだろうか。

 江草氏の場合、2度のトレードによる危機感からだったというが、こんなふうに将来設計を立てられている選手はほぼいないのではないか。

(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 もちろんプロ野球選手の本分は野球である。現役中は野球に打ち込むのが当然だ。しかし「プロ野球選手」というのはひとつの職業であり、ひとりの社会人であることに変わりはない。

 江草氏も言う。「24時間、野球をやっているわけじゃない。飲みに行く時間だってあるわけだから…」。野球以外のことに目を向けることが野球をおろそかにしているということでは、まったくないのだ。

 そういったことにいち早く気づいた。野球に100パーセント打ち込みながら将来を考えて勉強もし、そして今、順調にセカンドキャリアを踏み出している江草氏の生き方は、現役選手にとっても大きなお手本になるに違いない。

■大切にしたい家族との時間

(写真提供:江草氏)
(写真提供:江草氏)

 そんな「二足のわらじ」を履いて奮闘する江草氏の1週間のスケジュールはこうだ。

 ・月曜の朝、広島の会社に出社。社業を行いそのまま一泊する。

 ・火曜の午前中まで働いて午後からは大阪にある大学のグラウンドで野球部の練習。

 ・翌水曜も練習。その後、家族の待つ姫路に移動して一家団欒。

 ・木曜から金曜の午前中は再び広島で仕事。

 ・金曜の午後から日曜は練習および試合で、日曜の夜は姫路で家族と過ごす。

 なんともハードな1週間だが、「移動は慣れてるんで」と白い歯をこぼす。確かに現役時代も移動は多かった。とはいえ、プロ野球選手でもここまでハードではない。しかし江草氏は「休みがあるより、仕事してるほうがいいタイプなんで(笑)」と涼しい顔だ。

大阪電気通信大学・野球部グラウンドにて(撮影:筆者)
大阪電気通信大学・野球部グラウンドにて(撮影:筆者)

 ただ、ひとつだけ気に病んでいることがある。「家族との時間はもっと増やしたいとは思っている。嫁には苦労かけているから。そのバランスだけは大切にしないといけないなって思ってるんだけど…」。

 3歳と7ヶ月の2人の男の子もいる。奥さんに育児の負担をかけ過ぎていることを申し訳なく思っているのだ。

 加えて姫路を発つとき、長男から「パパ、行かないでぇ~」と言われると、「『行きたくねぇ』って思っちゃう(笑)」と後ろ髪を引かれる。また、広島にいるときにテレビ電話で「パパに会いたい」と言われると、涙がこみ上げそうになる。

 かわいい盛りだ。野球場を見ると「パパのお仕事のとこ?」と言ったり、「パパ、きょう野球?」と訊いてきたりする。それには江草氏も「僕がプロでやってた記憶があるみたい」と、ほんとうに嬉しそうだ。

 「嫁(の監督業)もこれまでは育休で週に数日だったのが、9月からは本格復帰する。なんとか嫁に自分の時間も作ってあげないとかわいそう」。多忙な中でも、家族のことはもっとも大切に考えている。

 社長業とコーチ業の「2足のわらじ」、そしてバレーボールチームの監督の夫として、さらに2人の子どもの父親として、江草仁貴氏のセカンドキャリアは超多忙だが、とても充実している。

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