2017英総選挙:コービン労働党まさかの躍進。その背後には地べたの人々の運動

サムズアップで明るくメディアにリベンジするコービン(写真:ロイター/アフロ)

 

こんな選挙は見たこともなかった

 総選挙の3日前、息子の学校の前でPTAが労働党のチラシを配っていた。「私たちの学校を守るために労働党に投票しましょう」「保守党は私たちの市の公立校の予算を1300万ポンド削減しようとしています」と書かれていた。息子のクラスメートの母親が、「労働党よ。お願いね」とチラシを渡してくれた。

 その翌日、治療で国立病院に行くと、外の舗道で人々が労働党のチラシを配っていた。「私たちの病院を守るために労働党に投票しましょう」「これ以上の予算削減にNHSは耐えられません。緊急病棟の待ち時間は史上最長に達しています」と書かれていた。配偶者が入院したときに良くしてくれた看護師がチラシを配っていた。彼らはみなNHSのスタッフだと言っていた。

 今年で英国に住んで21年目になるが、こんな選挙前の光景は見たこともない。

 一般庶民が、(それも、これまではけっこうノンポリに見えた人々まで)それぞれの持ち場で、自分の職場や病院や子供の学校を守るために立ち上がっていた。

 ほんの7週間前、保守党に24%の差をつけられ、1970年代以来最悪の野党第一党だと言われていた労働党の大躍進を可能にしたのは彼ら地べたの人びとだ。

小学校の前に貼られていた公立学校予算削減反対のバナー
小学校の前に貼られていた公立学校予算削減反対のバナー

 

選挙の焦点はブレグジットから緊縮・反緊縮へ

 メイ首相が解散総選挙を発表したとき、今回の選挙はブレグジット選挙になると言われていた。保守党は「ブレグジットの交渉を行えるのは強いリーダー。それができるのはテリーザ・メイ。ジェレミー・コービンのようなしょぼい指導者には無理」を反復した。

 だが、労働党はブレグジットを選挙戦の焦点にはしなかった。無料の国家医療サービス、NHSへの大規模支出や、大学授業料を再び無料化することなど、いわゆる「ブレッド&バター・イシュー(どうやって飯を食うか問題)」と呼ばれる国内問題を焦点にした。

 保守党は昨年のブレグジットの盛り上がりを鑑みて、「ハード・ブレグジットこそ英国の進む道」「強い英国を再び」みたいなマッチョ路線がウケると思っていた。

 そうではなく、「俺らの生活を何とかしてくれ。緊縮やめろ」「ここで残留に入れたらいまと同じ政治が延々と続く」という、怒った庶民のちゃぶ台返しがブレグジットだったという認識が、保守党には足りなかった。政治家と同じぐらい地べたと乖離している大手メディアの偏った報道を鵜のみにし、「庶民は右傾化した。外交政策をやれば人気が出る」と思い込み、それに合わせた戦略を打ち出したのである。

 ところが、コービン労働党が国内政治に集中した選挙キャンペーンでウケている様子を見て、保守党も路線を切り替えた。だが、彼らの打ち出した国内政策は「認知症税」だの「高齢者の冬の暖房費補助のカット」だの、あまりに暗すぎた。国民はドン引きしているのに、保守党はコービンの積極財政案を「サンタクロース・マニフェスト」と呼んでバカにし、「そんな資金がどこから出てくるのか」と罵倒した。

 保守党が高齢者を冷遇する政策を打ち出したのは、コービン労働党が大学授業料再無料化の政策で若者たちから絶大な支持を集め始めていたせいもあるだろう。高齢者を冷遇する政策を取れば、「自分たちは損をしている世代」と感じている若者たちが満足すると思ったのである。

 だが、誰かがバッシングされている姿を見て気晴らししながら自分も我慢するような、いびつな緊縮マインドの政治にこそ人々は飽き飽きしていた。それではいつまでたっても我慢大会は終わらないからだ。保守党は庶民の知性をバカにしすぎていたのである。

 

労働党が保守党大勝を防いだ8つの理由

 ガーディアン紙のライター、ゾーイ・ウィリアムズが労働党が保守党大勝を防ぐことができた8つの理由をあげている。この人は、けっこうコービン懐疑派だったので批判的記事を書いてきたから、ハングパーラメントになった結果も、「労働党の勝利!」みたいな楽天的な視線ではなく、「面白くなってきた。勝者のいない政治システム。見方によっては、全員がルーザーだ」と書いている。

 彼女は、保守党独裁を労働党が防いだ理由を8つあげている。(以下、要約)

1.ジェレミー・コービンのマニフェストが良かった

  決め手は『大学授業料無料化』だった(※筆者注:選挙報道番組を見ていたら、ブレア政権で教育・雇用相を務めていたデビッド・ブランケットは労働党マニフェストを「反緊縮マニフェスト」と言い切っていた)

2.ジェレミー・コービンの選挙キャンペーンの盛り上がり

  いまこんなに草の根レベルで庶民を動かすことのできる政治家はほかにいない

3.若者たちの票を稼いだ

  大学授業料だけの問題じゃない。ブレグジット、住宅問題など様々の面で政治に無視されてきた若者たちの心を掴んだ。

4.若者たちに有権者登録をさせる戦略

5.投票率が上がった

  学生を含め、ふだん選挙に行かない人びとが投票所に足を運んだ

6.緑の党の協力

 保守党を独り勝ちさせないために緑の党が候補者を立てなかった選挙区がある。若者に人気の緑の党は、大学生の多い地域での票を労働党に譲った。

7.カオス連合(「プログレッシブな連合」と我々は呼びたがっているけど)

 オフィシャルに協力したのは緑の党のみだったが、自由民主党、労働党、女性の平等党、ナショナル・ヘルス・アクション党のアクティヴィストたちが地元では水面下で協力していた。

8 インターネットがついに役立つことをしてくれた

 保守党はFacebookで宣伝するぐらいしかしなかったが、「労働党と仲間たち」は、候補者の選挙資金集め、米国のバーニー・サンダースの選挙活動家たちとのネットワークづくり、戦術的投票ガイドなど、ネットをアクチュアルな選挙戦略に組み込んで効果を上げた。

出典:”Eight reasons why Jeremy Corbyn robbed Theresa May of a landslide” Zoe Williams: The Guardian

 

左派こそ下部構造。の時代

 一方、ポリー・トインビーの分析は4つの理由をあげている(以下、要約)。

1.やっぱり経済なのだ

  「まず、そう、経済なんですよ、バーカ」というキツイ表現で、「OECDによれば、英国の実質賃金の落ち込みは先進諸国の中で(ギリシャを除けば)最悪になっている」と指摘。メイ首相は重力の法則に勝てると思っていたのではないか、と書いている。

2 「脅し」より「希望」が勝つ

  メイ首相の人指し指を振りながら「大変なことになりますよ」という陰気な脅しは、コービン労働党のオプティミズムに負けたと指摘。

  

3 賄賂は機能する

  高齢者への年金や福祉を保証し、大学授業料再無料化を掲げる政党と、高齢者ケアの支出を削減し、借金まみれの大学生を救わないという政党があれば、どちらの政策が人気を博するかは当然と指摘。

4  一般の人びとは何度も投票させられるのは好きではない

 英国は2015年の総選挙、昨年のEU離脱投票、そして今年の総選挙と毎年投票が行われており、「またやるの?」の飽き飽きした声もあがっていた。英国では、歴史的に、大勝できると確信して解散総選挙を行う政権には庶民が反抗する傾向があるとトインビーは書いている。

出典:”Let’s whoop at the failure of May’s miserabilism. Optimism trumped austerity” Polly Toynbee: The Guardian

 4は意外と盲点で、わたしも周囲の人たちが解散総選挙に対するネガティヴなことを言っているのを何度も耳にした。庶民は「ブレッド&バター・イシュー」で忙しいのだから、政治家の都合で何度も投票させるなと怒っていた人もいた。

 

 「ブレッド&バター・イシュー」とは、すなわち下部構造のことである。

 以前、ここで「もはや右と左の時代ではない。上と下の時代だ」と書いたことがあるが、これは「上部構造と下部構造」にもスライドできる。

 しなくてもいい選挙をやって議席が過半数割れしたメイ首相は、人間が生きる土台であるカネの問題、つまり下部構造を軽視したツケを払わされたのだ。

 それを思い知らせたのが「Mrマルキシスト」と呼ばれる党首であることは偶然ではないだろう。