パリ同時多発テロ:レトリックと復讐。その反復の泥沼

(写真:ロイター/アフロ)

パリ同時テロで、そろそろ落ち着いた記事が出て来る時期だろうと思っていると、意外なところから出て来た。右翼煽り記事とゴシップ記事に強いデイリー・メール紙である。書いたのはコテコテの右派ピーター・ヒッチェンズ(と言ってもこの人は若い時はコテコテの左翼だった。最近は左派を代表する若手ライター、オーウェン・ジョーンズにインタビューされてそのキャラクターで彼を魅了し、「左翼は年齢を重ねると常に右翼になるのか?」という記事を書かせた人物。2010年に外交問題記事でオーウェル賞を受賞している)

「欧州はもう事件の前には戻れない」「難民問題はどうなる」「さらに右傾化する」「第三次世界大戦だ」みたいなメディアの煽りに対し、ヒッチェンズはこう書いている。以下、抄訳。

もう空虚な大騒ぎはやめてくれないか。これは追悼の時であり、見せ掛けだけのポーズや印象操作はいらない。(中略)過去40年ぐらい、僕たちの大半は、政治家やその他の人々が、断固としてテロと戦い、犯人を探し出し、2度とこのようなことが発生することは許さないと誓う姿をうんざりするほど見て来た。次には大仰な名称の委員会の緊急会議が開かれ、取り締まり、監視の強化、数十億ポンドをスパイ活動と諜報に投入し、その上で対テロ戦争などを行って自らの兵士たちを大勢殺しながら、それでも我々は安全を感じることができない。相手の言語を理解できる人間はこちら側にはほとんどいないのに、向こうはこちらの言語を喋ることができ、自由に我々の世界を移動でき、しかも、先に我々を殺すことができれば自分は喜んで殺されたい(または自殺したい)という敵を目の前にして、自己を防衛するのは至難の業なのだ。

      (中略)

フランスと共に喪に服すべきこの時期に、いったいどれほどの愚かなことがフランスについて語られているだろう?胸を膨らませたマッチョな姿勢でフランスを馬鹿にしたり、フランス軍は勝てないなどとネットに書き込まれているのはなぜだ?(中略) こういうテーブルを叩いて叫び、威嚇し、威張るようなことが人命が失われた残虐行為の後に必ず起こる。(中略)我々が数千年かけて築いてきた、何ものにも代えがたい「自由と公正」は、この早急で感情的な手段によって粉砕される。グアンタナモでの無裁判の違法拘禁と拷問を見てほしい。そして秘密の刑務所に秘密の輸送機が飛んでダークなことが行われている「囚人特例引き渡し」も。こんなことをしている我々が「自由と公正」を基盤にしていると言えるのか?そして今度は、あの疑わしくも危険なドローン使用などという方法で、手っ取り早く敵を処刑し始めた。モハメド・エムワジ(ジハーディ・ジョン)の死を可哀そうなどと思う人はほとんどいないだろうが、我々はなんという前例を作っているんだ?敵はまだそれを持っていないが、そのうち使い始めるだろう。

出典:The Mail On Sunday: "Really want to beat terror? Then calm down and THINK" by Peter Hitchens

興味深いのは、コテコテの保守の彼の主張が、ここでは「Mr マルキシスト」こと労働党党首ジェレミー・コービンのそれに重なっている。コービンは、ジハーディ・ジョンがドローンで殺された時、「捕捉されて裁判で責任を追及されたほうがはるかに良かった」と発言して「お話にならない左翼」「空気の読めない指導者」と袋叩きにされた。しかし、実際にISの人質となってジハーディ・ジョンから命を奪われた犠牲者の遺族も、「彼を殺さないでほしかった」と発言しており、ヒッチェンズもそうした家族の一例をあげて書いている。

この問題では多くの人々が裁判を受けずに処刑されている。そしてそれは我々の法と公正の原則に反するのではないかと小声で提議する者は、両拳で胸を叩いているスーパー愛国主義者たちから脇に退けられる。だが、エムワジの犠牲者の1人、ジェームズ・フォーリーの母親の言葉を聞いてみるといい。彼女の言葉は、我々の市民文明とそれを破壊しようとする者たちの違いを具現している。

「ここアメリカでは、この精神を病んだ、哀れな若い男性の死を祝福していますが、私はそれに悲しみを感じます。ジェームズなら、彼の友人になり、助けようとしていたでしょうから」

彼女は、我々市民を守り、弱者を救うためではなく、復讐のためにリソースが集中投入されていることを無念に思っているのだ。

「息子がいたらこの状況全体に失望しているでしょう。彼はピースメーカーでした。こういうことが起きている理由をどうすれば私たちが理解することができるのか、息子はそれが知りたかったのです」

出典:The Mail On Sunday:"Really want to beat terror? Then calm down and THINK" by Peter Hitchens

「サッカー選手になるのが夢の、無口ないい子だった」「口が臭いとからかわれたことがトラウマになり、女の子としゃべる時は無意識に口を押えていた」というジハーディ・ジョンの十代の頃の様子を英国メディアが取材して伝えると、「だから何だ」「モンスターについて書くな」と世間は激怒したが、きっと米国で犠牲者の母親は読んでいただろう。

結局のところ、我々が覚えておかねばならないのは、我々がムスリムの世界に「善意ある」介入を始めて以来、イスラム系テロリストたちは勢力を大幅に拡大し、衰えを見せていないということだ。イラク、アフガン、「アラブの春」、リビア、そしてシリア。我々はテロを防げなかっただけでなく、ムスリムの世界を暴力的カオスに陥れ、狂信的な恐怖と死のカルトを台頭させてしまった。加え、その一方では必死の思いで莫大な数の若者たちがアフリカやシリア、イラク、アフガニスタンから移動してきている。彼らの多くはムスリムだ。彼らは狂信カルトにとって格好の新しい人材の候補になる。

我々は、すべては「アルカイダ」の策略だとか、今度は「ISIS」というより大きな新たな脅威の一部であるとか言って、これらのテロを理解したようなふりをする。だが、真実は、洞穴に座って命令を発している黒幕など存在しないということだ(もちろん、常にあの攻撃の背後には自分がいたと主張したがる人々はいる。だが、それが真実だと保証できる者がどこにいる?)

それはジェームズ・ボンドのような幻想だ。我々が、監視やIDカードや延々と続く無実の人間の捜査といった全体主義国家になってもテロを防ぐことができない理由はそれである。

彼らは我々のルールでは動いていない。彼らは我々が放つ網から外れ、身を伏せている。死んでもいいと思っているのだ。彼らは網の目を潜り抜ける。(中略)我々は、叫ぶのではなく、考えなければならない。レトリックと武力では過去にたいしたことはできなかった。どうして今回は違うと思うのだ?

出典:The Mail On Sunday:"Really want to beat terror? Then calm down and THINK" by Peter Hitchens

「欧州は完全に変わった」といくらメディアが騒いでも、地べた民には既視感が高まるばかりだ。

今回も、たぶん違わない。