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世界的ブームの韓国エンタメ 釜山国際映画祭に見つけた発展の「土台」

渥美志保映画ライター
今年で27回を迎えた釜山国際映画祭。コロナ禍を経て3年ぶの通常開催となった。

昨今の韓国映画、ドラマは世界的なブームになっているが、その作品としてのレベルの高さもまた多くの日本人も認めるところだろう。火が付いたきっかけはポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』のオスカー受賞や、Netflix配信の『愛の不時着』の世界的大ヒットだが、それは単に顕在化したタイミングというだけだ。韓国コンテンツはこの20年でどんどん底上げされ、この10年ほどは「あとは世界に発見されるのを待つだけ」というレベルに達していたと思う。そうなれた理由を考えたときに、今年で27回を数える「釜山国際映画祭(BIFF)」の存在は大きい。というのも「韓国映画が面白くなっていった時代」と「BIFFが大きくなっていった時代」がまるかぶりなのである。

欧米の映画祭とはテーマが異なる、釜山国際映画祭(BIFF)

BIFFは90年代半ばに始まった、韓国第二の都市・釜山で行われる映画祭だ。メイン会場が美しい海辺のリゾート地であることから「アジアのカンヌ」とも呼ばれ、その注目度の高さからアジア最大の映画祭と言っていい。だが立ち位置は欧米とはかなり異なる。もちろん開会式やレッドカーペット、世界的なブランドの協賛イベントなどは欧米のそれと同じくらい華やかなのだが、「上映作品の選び方」と「意図するもの」ーーつまり映画祭のテーマは全く違う。釜山のテーマは「アジア」と「新人発掘」である。

シャネルの支援をえてリニューアルした「アジア映画アカデミー」は、コロナ禍での休止を経て3年ぶりの開催となった。
シャネルの支援をえてリニューアルした「アジア映画アカデミー」は、コロナ禍での休止を経て3年ぶりの開催となった。

中でも特筆すべき企画が「アジア映画アカデミー(BAFA)」だ。2005年(第10回)から2018年まで行われてきた同プログラム(旧称AFA)は、アジア全域で短編映画の脚本を公募、2本の短編と20人余りの参加者を選び、映画祭期間中に完成させるというもの。今年は新たにフランスのブランド「CHANEL」の支援を受け、「CHANEL×BIFF アジア映画アカデミー(BAFA)」として生まれ変わり、14か国20人の新人クリエイターが参加した。この企画の担当者パク・ソニョンさんはいう。

プログラマーのパク・ソニョンさん。教育プログラム立ち上げ当初から企画にかかわり、現在は責任者としてBAFAにかかわる。
プログラマーのパク・ソニョンさん。教育プログラム立ち上げ当初から企画にかかわり、現在は責任者としてBAFAにかかわる。

「企画発足当時、アジアでは多くの国々で、映画教育や独立映画制作のインフラが整っていませんでした。そういう中で次世代のアジアの映画人を育成したい、さらにはBIFFにフレンドリーな存在となってもらえたらと。BIFFの成長は、例えばタイのアピチャッポン・ウィーラーセクタン監督(2010年カンヌ映画祭最高賞)や、中国のジャジャン・クー監督(2006年ヴェネチア映画祭最高賞)など、アジアの監督が世界的な存在になっていくのと同じタイミングでした。映画祭として大きくなることができたのは、そうした彼らの支持と協力があったから。今後も持続可能な成長を遂げていくためには、そうした映画人を育てることーーつまり「教育」は欠かせない要素だと私たちは考えているんです」

教育プログラム「アジア映画アカデミー(BAFA)」の独自性とは?

このプログラムが参考にしたのは、ベルリン国際映画祭で行われている教育プログラム「ベルリナーレ・タレンツ(旧ベルリナーレ・タレント・キャンパス)」。ちなみに東京フィルメックスで2010年より運営している「タレンツ・トーキョー」は、この提携イベントだ。一方の「アジア映画アカデミー」が異なるプログラムとなったのは、独自の視点があったからだ。

「『ベルリナーレ・タレンツ』は全世界で200人が選ばれ、内容は講義と討論が中心です。一方のBAFAは少人数で、アジアの現役の映画人を“メンター”に、実際に短編映画を制作します。プログラム自体をコンパクトにし、制作に参加・協力する映画人やBAFA卒業生たちとの距離を近く保つことで、参加者たちはその後に役立つネットワークを構築することができます。映画人の育成に携わる方々が中心となって立ち上げた企画なので、彼らの経験も踏まえてそうした狙いも盛り込まれています」

選ばれた脚本の作者は、映画祭が始まる前にプロの脚本家の助言を得ながら、脚本を完成させる。プログラムは映画祭とほぼ同じ日程(今年は9月27日~10月14日の18日間)で釜山に集まり、メンターのもとでワークショップをしながら、ロケハン、撮影、編集などを経て作品を完成させ、映画祭の最終日にはこれを上映して修了する。そしてその後に役立つ国際的なコネクションも手に入れることができる、プログラムはきわめて実践的だ。

BAFA2022の参加者の映画制作の模様。エンタメ作品っぽい。
BAFA2022の参加者の映画制作の模様。エンタメ作品っぽい。

教育に「国」「個人」「ジェンダー」による格差があってはならない

「ベルリナーレ・タレンツ」との最大の違いは、国内外を問わず滞在費用や制作費など参加者の費用をすべて映画祭側が負担していることだろう。パクさんは続ける。

「私たちが目指す“アジア映画人とともに成長するための、教育チャンスの提供”という目的を成し遂げるには、国の違いや個人の境遇の違いによる格差があってはいけません。どの国のどんな人であれ韓国に来て参加できるようにするために、全てをカバーしようということになりました」

アジアの映画的インフラが整いつつある今の時代、「このプログラムの運営に意味があるのか?」というのは内部的にも議論のあるところだ。政治からの独立性に強いこだわりを持つBIFFだが、それでも予算の半分近くは国と自治体の助成でまかなわれている。実際、コロナ禍で小規模開催となった(そして外国人の参加が制限された)昨年と一昨年は、この企画は開催されなかった。

だが今年は「何か未来につながる企画を支援したい」という「シャネル」からの申し出により復活。アジア14か国20人が参加した。最多はインドの4名、フィリピン3名、台湾2人と続く。韓国人は1名のみ。「映画業界のジェンダーバランス」という新たな視点においても意気投合し、女性参加者は67%となった。

ストラップをつけているのが今年の参加者。出身国の多様さと女性の多さは一目瞭然。
ストラップをつけているのが今年の参加者。出身国の多様さと女性の多さは一目瞭然。

もうひとつの取り組み=独立映画への支援

欧米の映画祭で最も華やかに取り上げられるのは、メインのコンペティション部門だ。だがBIFFではそれも事情が少し異なる。コンペ部門「ニューカレンツ」の対象は、長編デビュー作もしくは2本目の監督作品のみ。そしてその部門とともに初回からあるのが「ワイド・アングル」「コリアン・シネマ・トゥデイ(ビジョン)」という、独立映画のみを対象とした2部門だ。

日本の韓国ドラマファンには『冬のソナタ』から知られ、近年では世界的大ヒット作『新 感染半島 ファイナル・ステージ』(監督はBIFF出身のヨン・サンホ)や、ヨーロッパで評価の高いホン・サンス作品で知られる名優クォン・ヘヒョさんはこう語る。

韓国ドラマファンには『冬のソナタ』の「キム課長」として、近作では大ヒット作『王になった男』の悪役として、おなじみの名優。近年はホン・サンス監督のペルソナとして、9作品に出演。Minsoo So (STUDIO DAUN)
韓国ドラマファンには『冬のソナタ』の「キム課長」として、近作では大ヒット作『王になった男』の悪役として、おなじみの名優。近年はホン・サンス監督のペルソナとして、9作品に出演。Minsoo So (STUDIO DAUN)

「BIFFで最も肝心なのは、会期後半を中心に上映される独立映画の2部門だと思います。映画祭の大事な役割は、優れた独立映画を紹介し、賞金を与えるなどの支援を27年間やり続けていること。それが今の韓国映画において実を結んでいるのだと思います。「アジア」をワールドワイドに紹介するポジションも大事にしていますが、そうした作品が韓国の映画人のクリエイションに対する大きな刺激にもなっていると思います。長い歴史の中で、そうしたいい循環を作り上げていくことができたのだと思いますね」

クォン・ヘヒョさんが言うように、BIFFは賞と賞金も充実している。映画祭とスポンサーなどが設けた賞が22(授賞本数は28本)もあり、そのほとんどで500万~2000万KRW(約50万~200万円)の賞金が出る。重複授賞も可能で、今回最多4部門で授賞した作品『A Wild Roomer』は、総額で約750万円の賞金を獲得している。各賞の賞金の意図が「次回作の資金として」であるのは言うまでもない。この点でも極めて実利的、実際的なのだ。

『A Wild Roomer』
『A Wild Roomer』

第一世代が作った文化の土台が、映画を愛する次世代を育てる

リベラルで世界に開けたイメージのあるBIFFだが、「韓国の映画文化はむしろ閉鎖的」とソニョンさんは語る。韓国の市場でヒットするのは韓国映画だし、海外の作品で関心を集めるのは欧米が中心で、アジア映画が一般公開されることもそう多くはない。むしろアジアの市場は、韓国映画が制覇しているような状況だ。だがそんな中で「アジアにおける国際的な共同制作は増加している」と、前出のパクさんは言う。

「今年のBIFFの上映作品にも、是枝監督が韓国で制作した『ベイビーブローカー』など、そうした作品が多くありました。CJやロッテといった大手映画会社が東南アジアで自社のシネコンを展開するために、現地で共同制作を進めているというビジネス的な側面もあります。そういう時代にさらなる成長をするためには、アジアとの交流をさらに活発にしていく必要があります。BIFFは「アジアの映画人たちが直接会い、映画を議論するプラットフォーム」にもなっているのかなと思います」

日本の是枝裕和監督が、韓国のスタッフ、俳優とともに制作した『ベイビー・ブローカー』。今回の映画祭でも注目度は抜群に高かった。
日本の是枝裕和監督が、韓国のスタッフ、俳優とともに制作した『ベイビー・ブローカー』。今回の映画祭でも注目度は抜群に高かった。

いい映画祭を作り上げるのに、一番大事なものは?と聞くと、最初に帰ってきたのは「何よりもお金(笑)」と答えるソニョンさん。もちろん映画祭の予算の約半分を担うスポンサーも遊びでは支援しないが、同時に「金だけではない」という映画祭の在り方そのものが魅力であることは、BAFAに対する今回のシャネルの姿勢からも見て取れる。そこには何があるのだろうか。

「映画祭の立ち上げは、韓国の映画知識人による文化運動だったと思います。それに関わった第一世代は、韓国映画を研究、評論しながら、海外映画祭を飛び回り、無数の人に会い、無数の作品を選び……何もない状況のなかで映画祭という文化を「イチ」から作り上げた、本当の意味でのパイオニアでした。私たちの第二世代は、すでに大きな映画祭だったBIFFが、さらにアジアの中心的な存在になっていく状況を見ながら育った世代。だから彼らとは少し異なり、スクリーンで映画を見る経験を分かち合い、それを楽しむことを求めながら作っています。映画祭に傾ける情熱が何なのか。答えになっているかどうかわかりませんが、私も含め関わっている人はみんな、とにかく映画そのものが好き。そうとしか答えられないんですけどね」(パクさん)

(C)Busan International Film Festival

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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