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ジャーナリストは、巨大な悪にひるまない、戦うヒーローであってほしい。

渥美志保映画ライター

今回は今月の「絶対面白い映画」から『スポットライト 世紀のスクープ』をご紹介します。

レオの受賞で大盛り上がりだった今年のアカデミー賞ですが、大きなスタジオが作った作品ではない、どちらかといえば地味めな社会派の本作が作品賞を獲得したことも大きなニュースでした。

とはいえ、このトム・マッカーシー監督、移民問題を絡めたデビュー2作目の『扉をたたく人』が大評判だった実力派。本作は、2002年のボストン・グローブ誌の大スクープ、カトリック教会の神父による子供への性的虐待と、その組織ぐるみの隠ぺいをテーマにした作品です。というわけで、いってみましょう。

映画は、ネットの台頭で部数の伸び悩みにあえぐ新聞「ボストン・グローブ」に、新たな編集局長マーティ・バロンがやってくるところから始まります。地元に全く縁のないユダヤ人の編集局長は、記者たちは「何もわかっちゃいないビジネスマンを送り込みやがって」と初っ端から反感ばりばり。

でもこの人はなかなかの人で、記者たちに読み応えのある記事の必要性を説き、形骸化したやっつけの編集会議の中からネタを掘り起こします。そのネタとは、あるカトリック神父による30年間で80人もの子供に対する性的虐待疑惑「ゲーガン事件」。ボストンではカトリック教会は地域社会の中心で、新聞の読者も半数以上がカトリック信者なので、教会が強硬に否定するこの事件に新聞社は及び腰だったわけですが、よそ者でしがらみがないバロンはそこを突く方針を打ち出したんですね。

スポットライトチームの面々。
スポットライトチームの面々。

命じられたウォルター・ロビンソン率いる調査報道チーム「スポットライト」は、早速調査に取り掛かりますが、教会を敵に回すような証言してくれる人が、簡単に見つかるはずがありません。困難を極める取材の中で、チームはわずかな糸口からある結論を手繰り寄せてゆきます。それは「虐待神父は無数にいて、教会はそれを組織ぐるみで隠ぺいしている」という事実だったのです……。

この映画の何がシビれるって、なんといってもジャーナリストのカッコよさです。彼らの正義は、隠された「事実」を見つけ出し、それを白日の下にさらすこと。それはもうとんでもなく地道で、苦労だらけのいばらの道です。

例えば被害者証言から特定した13人の虐待神父の経歴を調べ、全員が「休職中」「病気療養」などの理由で短期間の教区転属を繰り返しているのを発見したチームは、ボストンに赴任した神父全員の経歴を調べ始めます。パソコンのデータベースじゃなくて、分厚い本で何冊にもなる教会の年鑑ですから、細かい文字で目は潰れそうになるわ、とんでもなく時間がかかるわですが、悠長にやってはいられません。その結果、当初は13人と思われた虐待神父が、なんと90人近くいることがわかります……。

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被害者から証言をとるのも本当に大変な仕事です。「結局は誰も助けてくれない」という失望の中で生きる彼らの、信用を勝ち取るには優しさは必須ですが、記事にするには虐待の具体的詳細を聞き出さなければならず、その苦しみに寄り添ってばかりもいられません。

私もインタビューをすることがあるのでわかりますが、「押さない、でも引かない」「相手を気遣い、同時にこちらの事情を飲み込んでもらう」という、これは本当に難しいさじ加減です。そういう記者の優しさと強さ、熱さと冷静さを、特にマーク・ラファロとレイチェル・マクアダムス(ともにオスカー助演賞候補)が、すごい説得力。決して感情に流されず、彼らの正義を安っぽいヒロイズムで飾り立てない演出も誠実さを感じるし、たからこそ、一度だけブチ切れるマーク・ラファロに見る彼らの無念もものすごく胸に響きます。

チームの紅一点。
チームの紅一点。

この映画の背景は、ある意味では最近の社会に似ています。コミュニティを支配する大きな権力、そこに物を言えば何かとやりづらい、だから言わないし、言わせない。その空気が作る同調圧力は、特に日本の様な「空気を読む保守的な“村社会”」では、できあがった途端に加速度的に強まってゆきます。だからこそ、そんなもんに負けずに切り込むジャーナリストにいてほしい。マーク・ラファロ演じるマイクがある重要な公文書を請求をすると、取材をよく思わない受付の男に言われます。「これを記事にした場合、責任は誰がとる?」。マイクは答えます。「じゃあ記事にしない場合の責任は?」。こう言えるジャーナリスト、今の日本にいるのかなあ。

さて最後に1本、別の映画をご紹介して終わりにしましょう。タイトルは『フロム・イーブル バチカンを震撼させた悪魔の神父』。70年代から虐待をし続けていた神父とその被害者、さらに虐待の事実を隠ぺいしていた教会に取材した、まさに「スポットライト」のリアル版。教会の悪びれなさにほんとビックリ、という映画です。

ボストン・グローブ紙が虐待神父と教会による組織的隠ぺいをすっぱ抜いたのが2002年ですが、この映画が撮られたのは2006年。教会に限らず、大きな組織って本当にしたたかで、一度や二度追及されてもたいして変わりません。辛いことや悲しいこと嫌なことは、誰だって忘れたい。でもこちらが忘れること諦めることをしぶとく待って、いけしゃあしゃあと同じことを繰り返す、そんな相手もいるものです。だから忘れないこと、語り継ぐことが大事だし、弱者の味方となって権力を監視するジャーナリズムの力って必要なんだなあ。そんなことも考えさせる作品です。

『スポットライト 世紀のスクープ』

4月15日(金)公開

http://spotlight-scoop.com/

Photo by Kerry Hayes (C) 2015 SPOTLIGHT FILM, LLC

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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