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ツーリズムコンテンツ化するプロ野球キャンプ

阿佐智ベースボールジャーナリスト
平日の「練習試合」にもかかわらず、千人規模の観客が訪れたコザしんきんスタジアム

 3月を目前に控え、各球団ともキャンプを打ち上げ、本格的にオープン戦の時期を迎えるようになった。

 今年も私は沖縄のプロ野球キャンプを訪ねたが、各キャンプ地ともその盛況ぶりには驚かされた。

「キャンプ銀座」の地位を宮崎、高知から奪った沖縄

 かつては、シーズン前のキャンプといえば、オープン戦と並んで、多くの球団にとって「コスト」でしかなかった。選手・スタッフを含めた100人近くの人間が、1か月間遠隔地で合宿を行うのだ。相当の費用かかるのは想像がつく。

 だから高度成長の前、1950年代くらいまでは、一部の例外を除いて、ほとんどの球団は、本拠地の近くか、せいぜい本州内でシーズン前のキャンプを行っていた。

 そんな流れを変えたのが、巨人の宮崎キャンプだと言われている。冬場の閑散期になんとか観光客を呼び込めないかと考えた宮崎側が、人気球団のキャンプ招致を決定。その目論見通り、それまで閑古鳥が鳴いていた2月の宮崎に多くの人が訪れるようになった。この後、宮崎は高知と並ぶ「キャンプ銀座」と呼ばれるようになった。

 現在、「キャンプ銀座」地位には、沖縄が君臨しているが、ここで初めてキャンプを行ったのは、日本ハムで1979年に投手陣の一部が、現在と同じ名護で調整を行い、1981年にはチーム全体がここを「春のホーム」にすることとなった。

 続いて1982年に広島が現在と同じ沖縄市でキャンプを実施するようになり、以後、1983年に中日(投手陣のみ石垣)、1987年大洋(現DeNA, 宜野湾)が続いたが、それ以降この流れに続く球団はしばらくなくなった。沖縄の温暖な気候はキャンプにうってつけだったのだが、雨が多いことがネックとなったのだ。しかし、大規模な室内練習場を備えた施設が県内各地に建設されるようになると、沖縄への「キャンプ銀座」としての地位は確固たるものになっていく。

野球場に隣接した沖縄市コザ運動公園の室内運動場
野球場に隣接した沖縄市コザ運動公園の室内運動場

 2000年にはヤクルト(浦添)が、2003年には阪神(宜野座)が沖縄に進出。2005年には、この年発足した楽天が久米島でキャンプ地とし、本島の金武(きん)に移った現在に至るまで、沖縄でキャンプを実施している。2008年にはロッテが石垣島でキャンプを行うようになり、極めつけは、ながらく宮崎をキャンプ地としてきた巨人が、2011年から県内最大の那覇・沖縄セルラースタジアムで練習試合、オープン戦を中心とした2次キャンプを行うようになった。

 その一方で、沖縄から撤退した球団もある。

 オリックスの場合、前身の阪急時代は高知を長らくキャンプ地としていたが、球団を買収した後の最初の年に、現在のロッテのキャンプ地である糸満も併用。翌年には沖縄に完全移転している。1993年には宮古島も使うようになったが、ここはイチローの在籍、ブルーウェーブの連覇時代と重なるので、多くのファンにとってはオリックスのキャンプ地と言えば、宮古島が浮かぶだろう。ただし、このチームは2015年から沖縄から完全撤退。現在は宮崎市清武をキャンプ地としている。

 オリックスと同じく、沖縄をいったんはキャンプ地としながらも、撤退したのはソフトバンクだ。ダイエー時代の1990年に現在中日の二軍がキャンプを張る読谷村進出したが、1年で撤退。翌年から20年以上に亘って、阪急がいなくなった高知に腰を据えた。しかし、現在はオリックス同様宮崎・生目の杜運動公園をキャンプ地としている。

 NPB12球団の内、沖縄でキャンプを実施していないのは西武だけである。

21日の中日対阪神の二軍戦。この日は多くのチームが休養日だったこともあり、二軍戦にも多くの観客が押しかけた。(オキハム読谷平和の森球場)
21日の中日対阪神の二軍戦。この日は多くのチームが休養日だったこともあり、二軍戦にも多くの観客が押しかけた。(オキハム読谷平和の森球場)

今や多くのカネを生み出すツーリズムの装置となったキャンプ

 その沖縄には、いまやキャンプ期間中多くの観光客が訪れるようになった。キャンプ中盤以降ともなると、「練習試合」という名目で各チームとも対外試合を行うようになったこともこの流れに拍車をかけたのかもしれない。なにしろ「練習試合」は無料。おまけに普段見に行く本拠地球場とは違うこじんまりとした球場では、間近にお気に入りの選手の雄姿を拝むことができるのだ。先日は、なんとあの佐々木朗希が練習試合に登板。その姿をタダで拝めるとあって、多くのファンが訪れた。

 キャンプにまでやって来るファンは、基本的に熱狂的な部類に入る。したがって彼らはひいきチームのために多くのカネを落としてくれる。各キャンプ地にはグッズ売り場が出店されるのだが、そこに並ぶ商品の多くに「キャンプ限定」ラベリングがなされていることは、このグッズ売り場がターゲットにしているのが、全国から集まってくる熱心なファンであることを示している。

 グッズ販売は二軍キャンプ地でも行われ、中日の二軍キャンプ地、読谷(よみたん)限定のトートバッグは毎年売り切れで入手困難のレアアイテムになっているという。

 また、多くの球団が旅行会社とタイアップしてキャンプツアーを催している。一般ファンが入れないフィールドに下りることができるこのツアーはファン垂涎の的である。いまやキャンプ地はファンにとっての「聖地」と化しつつあるのだ。

 しかし、このキャンプの熱狂は新たな課題も生んでいる。選手の本球場と周辺の施設の移動が行われるキャンプはシーズン中とは違い、ファンが選手に接しやすい場でもある。見学者が少ない時代は、選手も気軽にファンのサインや写真撮影のリクエストに応えることができたが、人数が増えるとそうもいかない。これには各球団とも頭を悩ませており、年々、選手の動線とファンの動線を分けるようになっている。

 キャンプにおける選手の本分はあくまでシーズン向けた鍛錬であることを考えると、これも致し方ないだろう。

年々、ファンと選手を隔てる傾向が強くなっているが、それもある意味ファンの姿勢次第だ。
年々、ファンと選手を隔てる傾向が強くなっているが、それもある意味ファンの姿勢次第だ。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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