Yahoo!ニュース

中南米ウィンターリーグの祭典、カリビアンシリーズで史上2回目のノーヒットノーラン達成

阿佐智ベースボールジャーナリスト
カリビアンシリーズ・ニカラグア戦で無安打無得点試合を達成したアンヘル・パドロン

 昨年のWBC決勝トーナメントの地、米国・マイアミで行われている中南米のプロ野球、ウィンターリーグの各国チャンピオンが覇を競うカリビアン・シリーズ(セリエ・デル・カリベ)は、現地時間7日、参加7カ国による総当たり戦であるラウンドロビンを終えた。

 主催団体であるカリブプロ野球連盟を構成する「四強」であるドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラ、メキシコのうち、WBCでも侍ジャパンのライバルとして立ちはだかるメキシコ、プエルトリコが上位4カ国までが残るトーナメントに進めないという大波乱が起こった今大会において、ラウンドロビンを5勝1敗で堂々の首位通過を果たしたのが、日本球界にも多くの人材を送り出しているベネズエラだった。

 かつては、ドミニカと並ぶラテンアメリカの強豪のひとつに数えられたこの国だが、21世紀に入り、左派政権の台頭などにより経済が破綻。それにともない治安も悪化し、試合帰りの選手が強盗に殺害されるなど、国一番の人気スポーツである野球をとりまく状況も悪くなった。ウィンターリーグの覇者を決めるこの大会でも、2009年のティグレス・デ・アラグア以来優勝を逃しており、また、2019年には、自国での開催を返上する事態に陥った。

 しかし、近年、経済状況の好転につれて、野球をとりまく状況も改善。昨年は、首都カラカスとその近郊のラグアイラの新球場で9年ぶりにカリビアンシリーズを開催し、野球大国復活を内外に印象付けていた。

ラテン系移民の多いマイアミとあって、多くのベネズエラ人がスタジアムに応援にやってきていた。
ラテン系移民の多いマイアミとあって、多くのベネズエラ人がスタジアムに応援にやってきていた。

 今年のシリーズにコマを進めたのは、そのラグアイラを本拠とするティブロネス。首都カラカス近郊の港町を「本拠」としながらも、長らく首都の名門球団、レオーネスの本拠地球場を間借りする「じゃないほう」のチームだったが、2020年に「おらが町」にようやく球場が完成。その効果もあってか、今シーズン、ホワイトソックスなどで名遊撃手として活躍したオジー・ギーエン監督の下、球団創設8度目となるリーグ制覇を成し遂げた。

パドロン投手ともに試合後の会見に臨んだギーエン監督
パドロン投手ともに試合後の会見に臨んだギーエン監督

 ベネズエラ代表としてマイアミに乗り込んだティブロネスは、初戦で最大のライバルと目されるドミニカ(ティグレス・デル・リセイ)を下し、2戦目では、昨年のWBC代表チームを思わせるメンバーを揃えた初出場のキュラソー(サンズ)に4対2で辛勝し、波に乗ったかに思われた。しかし、3戦目のプエルトリコ(クリオージョス・デ・カグアス)相手に序盤に大量失点し、この試合を落としてしまう。このとき、パドロンは、2回途中から2番手として登板。2イニング3分の2回を投げ2失点を喫している。

 7日の試合は、すでに翌8日からの決勝トーナメントを決め、ここまで全敗の初出場国・ニカラグア(ヒガンテ・デ・リバス)相手のいわば「消化試合」。ギーエン監督にすれば、主力投手温存のため、とにかくイニングを投げてくれれば御の字という判断での先発起用だったのだろう。

 実際、17歳でレッドソックスと契約し、最高でもA級というマイナー経験しかなく、コロナ・パンデミック以降はベネズエラのウィンターリーグを主戦場してきたパドロンに決勝トーナメントの戦力として期待をかけるのは難しかった。実際、この冬のシーズンも、主にリリーフとして1勝1敗の星しかあげていなかった。

 しかし、昨年の夏のシーズンをメキシカンリーグで先発投手として過ごした26歳の彼は、その経験を活かして、とにかく1勝だけでもと打ち気にはやるニカラグア打線を手玉に取った。序盤は、ヒット性のあたりを味方が好捕する幸運に恵まれ、決してナイスピッチングには見えなかったが、7回までようやく3点という点差も程よい緊張感をチーム全体に行き渡らせたのかもしれない。8回表の先頭打者を四球で出してしまったのも、妙な緊張感から彼を開放したことだろう。パドロンは、この初めて出したランナーをセカンドゴロゲッツーで片付けると、24人目の打者もサードゴロに打ち取った。

 8回裏に味方打線が爆発し、大量6点を取ってくれた後は、もうすることは一つしかなかった。9回の先頭打者を見逃し三振に仕留めると、次の打者はセカンドへのハーフライナー。8割方ベネズエラファンで占められる1万3488人の観衆は「ポンチェロ!(三振を取って)」の大合唱を始めるが、彼は自分のピッチングに徹し、27人目の打者をショートゴロに打ち取ってカリビアンシリーズ史上2人目となるノーヒットノーランを達成した。

大記録達成の後はチームメイトにもみくちゃにされた。
大記録達成の後はチームメイトにもみくちゃにされた。

 奪った三振は見逃しのひとつを含む4つ。その他のアウトの内訳は、内野ゴロ10、フライは12だった。フライのうち、外野に飛んだのが9というのは、決して「快刀乱麻」というわけでなかったことを示している。

 前回、このシリーズでノーヒットノーランが達成されたのは、シリーズ創設間もない1952年というから70年以上前の話だ。このときは、すでにメジャーでの数少ない役割を終えた36歳のアメリカ人投手トミー・ファインがレオーネス・デル・ハバナの一員として成し遂げている。このピッチングが後押しとなって、キューバ代表のチームは優勝したが、このとき史上始めて「ノーノー」を食らったのは、奇しくもベネズエラ代表のセルベッセリア・カラカスだった。

 カリビアンシリーズは、8日からノックアウト方式の決勝トーナメントに入る。彼の大記録は、母国・ベネズエラに15年ぶりの優勝旗をもたらすのであろうか。

試合後の会見に臨んだパドロン投手
試合後の会見に臨んだパドロン投手

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

阿佐智の最近の記事