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南海戦士、大阪に帰る。ホークスの「いぶし銀」、湯上谷宏、京セラドームに参上【社会人野球日本選手権】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
湯上谷宏コーチ(KMGホールディングス)

今年の社会人野球のフィナーレを飾る「単独チーム日本一」を争う日本選手権が先週まで日本シリーズが行われていた京セラドーム大阪で開かれている。大会2日目となった昨日9日は、3試合が行われた。この日の第2試合には、10年ぶり、そしてチーム名が九州三菱自動車から変わって初めての出場となったKMGホールディングスが登場。日本製鉄かずさマジックと対戦したが、守備面のミスが目立ち、1対5で敗退した。

2017年に投手コーチに就任。チームを5年ぶりの都市対抗に導き、昨年からチームを率いていた加藤伸一監督は、元ホークスの投手。南海時代は、ドームから数キロの場所にあった大阪球場でプレーし、近鉄時代はこの京セラドームのマウンドにも立っている。あの球界再編騒動のあった2004年限りで引退したが、その直後に近鉄はオリックスに吸収され、今、オリックス・バファローズは京セラドームを本拠としている。

それもあってか、この日の京セラドームでの試合について、「不思議な気持ち」と表現したが、力の落ちた選手時代の最晩年を過ごしたこの球場での苦い思い出を払拭することはできなかったようだ。

ダブルワークのコーチ

その一方で、「とくに感慨はないですね」と、この日の試合前、さらりと言ってのけた元南海戦士がいる。湯上谷宏コーチだ。加藤監督の翌年にドラフト2位で石川の星稜高校から南海に入団。先日ソフトバンクの監督に就任した小久保監督の先代のセカンドとして南海からダイエーへの変革期のチームを支えた。ホークス一筋で、長嶋巨人と対戦した2000年の「ONシリーズ」を最後に現役を引退。当然、京セラドームでもプレーしているはずだが、「プレーしたっけなあ。(ダイエーの)コーチ時代は来たのを覚えていますけど」と淡々と話していた。

現役引退後も、ホークスのために尽くしてきた。引退後はフロント入りし、球場運営会社に出向したこともある。親会社がソフトバンクに変わった後も、現場とフロントを行き来し、寮長を最後に2013年にプロの世界から卒業した。その後はアメリカに語学留学したり、専門学校の教壇に立ったりしたが、6年前からはリラクゼーションセラピストとして働いている。

そんな彼の下に、当時九州三菱自動車のコーチをしていた加藤から連絡があったのは4年前のことだ。コーチ就任の打診に即答することはなかった。

「選手が野球よく知らないから教えてやってくれって言われたんですけど、野球から遠ざかって3年経ってましたからね。もうリラクゼーションの方で生きていくつもりでしたから。野球にもまったく興味はありませんでした。専門学校でも野球部の子に教えていたんですけど、選手間でも意識の差が激しくてね。ああいうところでやりたくないなっていうのがありましたね。だから最初、練習を一度見せてくださいって言ったんですよ」

結局のところ、せっかくの先輩からの誘いを断ることもできず、社会人野球の世界に飛び込むことにした。とは言え、KMGは社業優先。実業団チームの多くが、選手は朝あいそ程度に出社した後、午後からはみっちり練習に打ち込むのに対して、KMGは逆に午前中に練習を行い、午後からは社業にいそしむ。選手の多くは自動車のセールスマンだ。そういうチームだからコーチはパートタイム。湯上谷は、引き続きセラピストとしても働く「二足のわらじ」を履くことになった。

試合前インタビューに答えてくれた。
試合前インタビューに答えてくれた。

いぶし銀コーチの伝えたかったこと

ながらく全国大会から遠ざかっていたチームは確かに「野球を知らなかった」。実業団強豪と比べても戦力が充実しているとは言い難かった。まずは個々の選手の力量を把握し、その力量の届く範囲で、自分の理想に近づけようと努めた。しかし、その考えを選手たちに理解させるのも一苦労だった。

「みんながわかってくれればいいんですが、やはり、どうしてそこまでしなくちゃならないんだって思う選手も出てくるんです。例えば、攻撃のサインひとつとっても、なぜこの場面ではバントで、あの場面ではエンドランなのかって、こちらは説明するんですけど、なかなか理解しない選手もいる。守りでもいろんなケースに反応できるかどうかってことですね。そのあたりは個々の選手がどれだけ野球を勉強してきたかってことなんですけど。やっぱりアマチュア野球ですから、ここでもういいやっていう選手もいれば、より上(プロ)を目指す選手もいますから、難しいですね」

現在57歳。選手たちは無論彼の現役時代は知らない。それでも時代なのか、動画配信でプレーは見ているという。

「もうさすがに選手に見本を見せるっていうわけにはいきませんね。マシン相手のバントくらいは見せながら教えることもできますが」

ノックバットも軽いものに変えたという。

そんな苦労も今大会への出場で報われた。2017年の都市対抗以来6年ぶりの全国大会出場だ。その舞台がプロ入りの時の本拠地、大阪であるのも、なにかの縁かもしれない。

しかし、このひさびさの舞台も苦いものとなった。4失策での敗戦。力を入れて教えてきた守備面でのミスが目立った。

しかし、それも野球。湯上谷宏は、試合後、コーチから退くことをチームに申し出た。

「さすがにもうダブルワークは体に堪えますしね。チームをここまでもってきたところで僕の仕事は終わりです」

プロの世界に飛び込んだ大阪の地で「南海のいぶし銀」はユニフォームを脱ぐ決心をした。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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