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アメリカからマイナーリーグを考える カリフォルニア州ストックトンから【マイナーリーグレポート】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
カリフォルニア州ストックトンのバナーアイランド・ボールパーク

 サンフランシスコを中心としたベイエリアから列車で約2時間。カリフォルニア州ストックトンは、人口25万人を擁する州内陸部の中心的な都市だ。サンフランシスコへ通じるサンホアキン川の河港として栄えたこの町は、歴史的に多くの移民を集め、現在も人口の5分の1がアジア系が占めている。この町にある、オークランド・アスレチックスの五軍にあたるマイナーチームには町の歴史にちなんで「ポーツ」というニックネームが与えられている。

 この町の北方にある州都サクラメントからこの町を通りロサンゼルスへ伸びる鉄道の線路沿いには、かつて日系人が住み着いていた。そこで彼らは母国でも人気だったアメリカのナショナルパスタイムである野球を愛好し、この地域はアメリカにおける日系人野球の中心地になった。現在は、MLB傘下のA級マイナーリーグ、カリフォルニアリーグが展開されているが、サンフランシスコ、ロサンゼルスの中間に位置するフレズノ以北には、モデスト、ローダイなどのフランチャイズ都市が点在する。ローダイには現在チームはないが、かつてここには日本のプロ野球球団が選手の野球留学先として設置した球団、「オリオンズ」や「ライオンズ」があった。

 しかしそのフランチャイズの多くは現在姿を消している。先進国の多くが抱える地方都市の過疎化の前にプロスポーツの運営がままならなくなって来ているのだ。

 10年前、サンフランシスコ・ジャイアンツ3Aチームはこの地域最大の街であつては日系人の拠点でもあったフレズノに本拠を置いていた。しかし、その当時でも、駅と球場との間にあるダウンタウンはさびれ、「観光名所」だというチャイナタウンで営業していたレストランはたった1軒という有様だった。インドネシアから移住してきたという華僑の店主によれば、事業で成功した者は、ダウンタウンから去り、郊外の住宅地に引っ越すのだそうだ。フレズノは3A球団を維持できなくなり、現在はA級のカリフォルニアリーグに所属を移している。

 その中にあって、ストックトンはかろうじてフランチャイズを維持していると言っていいだろう。昨シーズンの1試合あたりの平均観客動員数は1735人。このクラスにあっては「合格点」をクリアしている。取材した日も平日で995人というからこれが日常の風景だろう。しかし、町外れ、新興住宅地の端にあるウォーターフロントに位置する球場と鉄道駅との間にあるダウンタウンの現場を見ると、このフランチャイズもいつまで維持できるのかと感じる。

平日の夕方というのにひっそりとしているストックトンのダウンタウン。市は11年前に財政破綻を起こしている。
平日の夕方というのにひっそりとしているストックトンのダウンタウン。市は11年前に財政破綻を起こしている。

 この町のダウンタウンは、2つある鉄道駅から伸びた直角に交わる線路とかつての河港というかつての物流拠点に囲まれるかたちで位置している。現在市の中心部は、球場や住宅街へ連なるウォータフロント以外はゴーストタウンと化している。駅から球場まで歩いて30分ほど。その間、この日の宿を求めてあらかじめ地図検索で調べてあったダウンタウンの6軒のホテルをあたったが、すべて営業を停止していた。駅を出て、少々風体の良くない男にホテルについて尋ねると、もう一つの駅近くの中華系の宿以外はもう閉鎖しているとのことだたが、そのとおりだった。そしてそのチャイナタウンにある宿を訪ねても、そこはすでにアパートと化しており、旅行客に貸す部屋は用意していないようだった。アメリカの寂れた田舎町によくある風景だ。入り口を入った途端鼻をつく小便臭さが、そこがどのような場所であるかを示していた。となりにある中華会館は酒屋となっていたが、そこにはボロをまとった男女がまだ日も高いというのにたむろして酒をあおっていた。

ロサンゼルスへ通じる路線の駅通りにあるホテル。周囲はゴーストタウンのようで、ホテルは一般客をもはや受け入れてはいなかった。
ロサンゼルスへ通じる路線の駅通りにあるホテル。周囲はゴーストタウンのようで、ホテルは一般客をもはや受け入れてはいなかった。

 ダウンタウンはシャッター街になっていた。時折営業している店をみつけると驚くくらいだ。町の中心にある歴史を感じさせる映画館がこの町のかつての反映を忍ばせる。ここだけは今なお営業していた。

 結局のところ、ダウンタウンは旅人が留まるところではないようで、球場の手前、ウォータフロントにあるモーテルに宿をとった。旅装を解いて球場に向かったが、10分ほどのその道程の途中にもテントが目についた。ここ近年進む物価の急騰の中、取り残された人々は路上生活を強いられている。線路沿いにテントやバラックが並ぶというまるで途上国のような風景は、いまやアメリカでは珍しくはない。ウォータフロント沿いの公園のベンチでバーベキューをしている一団もレジャーを楽しんでいるわけではなく、それが生活の一部であることは、その風体が示していた。少なくとも、ダウンタウンから球場へ野球を楽しみに行くものはいないだろう。実際、試合後ダウンタウン方向へ足を向ける者は私以外に

なかった。あとは数名がダウンタウンとは逆にある住宅街へ消えていき、残りの大多数は車で帰路についていた。「地域に密着したマイナーリーグ」というフレーズはもはや幻想のようらしい。

 それでも、平均して2000人近く集めているこのチームはまだいいほうだ。しかし、その一方で1試合平均で1000人を切っているチームも存在する。

オークランド・アスレチックスのファームとして、ポーツはそれなりの観客を集めている。
オークランド・アスレチックスのファームとして、ポーツはそれなりの観客を集めている。

 1990年代以降、MLBがエンタテインメント化と国際化を進め、観客動員数を増やす一方、メジャーリーガーの報酬も高騰した。その結果、チケット代や場内の飲食代など観戦費もうなぎ登りとなった。その一方で、マイナーリーグも気軽に行ける安上がりな娯楽として人気が高まり、観客動員を増やしていった。人気3Aチームともなると、年間100万人近い動員力をおこなう球団も出現した。しかし、インフレが進む中、かつては5ドルほどだったマイナーリーグの観戦料も10ドルでは足りなくなっている。球場内の飲食はメジャーと変わらず、ロング缶のビールを注文すれば、チケット代と同等の日本円で2000円ほどを支払わねばならない。マイナーリーグはいまや気軽なレジャーではなくなりつつある。

 ここストックトンの立地を考えれば、どうせ車で行くなら、もう少し足を延ばしてベイエリアへメジャー観戦という考えをもつファンは少ないないだろう。そこでは「五軍」に位置づけられるカリフォルニアリーグではない「一軍」を目にすることができるのだから。

 年前、MLBはマイナーリーグの再編を決行した。それまで3段階あったA級を「ハイ」、「ロー」の2段階に再編。シーズン途中のドラフト以後に入団してくる選手のためにあった「ショートシーズン・A」と「アドバンス・ルーキー」の2段階を廃し、ルーキー級はアリゾナ、フロリダのキャンプ施設での非興行試合のみを行うこととした。この背景には、地方都市での独立採算制というマイナーリーグの原則が崩れてきたことも背景にあると思われる。実際少なくない低位マイナーチームは引受手がなく、メジャー球団が直営で運営していた。

 過疎化の進行の中、マイナーリーグの運営はますます困難になってくるだろう。野球の草の根を支えてきたマイナーリーグの行き先はどこにあるのだろう。そんな思いを抱いたストックトンだった。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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