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侍ジャパン戦を前にワクワク。東京ドームに帰ってきたいつかの野球少年、中国代表・斉鑫投手【WBC】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
チ・シン投手(北京タイガース)

 WBC開幕までいよいよあと3日となった。侍ジャパンは大阪で阪神、そして昨年の日本シリーズ覇者、オリックスとの最後のテストマッチに臨み、その後決戦の地、東京へ移動。9日に初戦を迎える。

 開幕戦の相手は、中国。中国代表とは、国際試合にオールプロで臨むようになった2003年のアテネ五輪予選を兼ねたアジア選手権以降、5度対戦(アジア選手権、WBC3、北京五輪)しているが、すべて日本が勝利している。今回も、侍ジャパンが快勝でスタートを切るだろうというのが、大方の予想だが、普段対戦のない相手との国際試合は、打線が苦戦することが多い。その意味では、中国側とすれば、投手陣が、強豪日本に対するジャイアントキリングの鍵を握ると言っていい。巷では、日本戦にはエンゼルスと契約した中国系アメリカ人投手、アラン・カーターや韓国リーグで活躍している中国系韓国人投手、朱權(チュ・グォン, KTウィズ)らの登板がささやかれているが、中国生まれの右腕、斉鑫(チ・シン)にも登板の可能性は大いにある。彼は、2019年に発足した中国プロ野球リーグの最初の決勝シリーズで登板。見事完投勝利を飾り、北京タイガースの優勝に貢献した中国を代表する投手である。

2019年の中国シリーズ第4戦で完封勝利を挙げた斉
2019年の中国シリーズ第4戦で完封勝利を挙げた斉

 1997年生まれの彼は現在26歳。

 もともとスポーツ好きだった彼が野球を選んだのは、幼少時の短期間であるが、東京で暮らした経験があるからかもしれない。

「東京ドームで試合を観たのを覚えています」

 彼が6歳の2003年秋、札幌で初めてプロによる日本代表が中国代表と相まみえた。結果は、当然のごとくNPBの精鋭を集めた「長嶋ジャパン」が圧勝し、アテネ五輪出場へ大きな一歩を記したのだが、この時、日本のエース、上原浩治(当時巨人)から放った江暁宇のホームランは鮮明に記憶に残っていると言う。

 中国に帰国後も、彼は野球を続けた。その間、中国野球は自国開催が決まった2008年の北京五輪を目標に国内リーグの整備、WBC、アジアシリーズなどの国際大会出場など、発展を遂げていった。そういう空気の中、斉はピッチャーとしてめきめきと頭角を現してゆき、中国野球の名門、北京タイガースに入団した。

 北京五輪後、目標を失った中国野球は一時期衰退するが、スポーツのプロ化を推進していこうという政府の方針のもと、五輪に向けた代表チームの強化を目指して結成されたトップリーグ、中国野球リーグに代わる新プロリーグ、中国プロ野球リーグが2019年に結成される。北京タイガースももちろんのことこれに参加したが、この記念すべき初シーズンの優勝決定プレーオフ。2勝1敗で王手をかけた第4戦の先発投手としてマウンドに上がったのが当時22歳の斉だった。斉は持ち前のコーナーを突く丁寧なピッチングで江蘇ヒュージホース打線を完封。見事胴上げ投手となった。

2018年アジア大会でも代表入りした(インドネシア・ジャカルタ)
2018年アジア大会でも代表入りした(インドネシア・ジャカルタ)

 また、彼にはアメリカでプレーした経験もある。2018年、秋に行われるアジア大会に備えて代表チーム強化を図った中国棒球協会は、候補選手をアメリカの独立リーグ、アメリカン・アソシエーションに送り込んだ。テキサス・エアホッグスというチームと提携を結び、ロースターをほとんど中国人選手で埋めるという力の入れようで、ここでメンバーたちは本場プロ野球の厳しさを体験したのだが、彼もまたここで武者修行をし、ジャカルタで行われた大会の代表チーム入りを果たした。

 アメリカでは、リリーフとして21試合に登板。勝ち星はつかなかったものの、防御率2.11を残し、21イニング1/3で15三振を奪っている。

「とにかくピッチャーの球が速くてびっくりしました。ご覧の通りの細い体ですから、いくら頑張っても僕にはあんなスピード出せませんね」

 ビルドアップして球速を求めるようなことはしないという。パワーとスピードが重視される現在の世界野球の潮流に反して、あくまで制球力とコンビネーションを重視するピッチングスタイルを変えるつもりはない。

インタビューに応じてくれた斉投手(鹿児島・湯之元球場)
インタビューに応じてくれた斉投手(鹿児島・湯之元球場)

 WBCは「待ち遠しくて仕方がない」と笑う。その繊細なピッチングとは違い、性格は大胆。侍ジャパンにも、中国では目にすることのない大観衆にも臆することはないだろうとハートには自信を見せる。なにしろ舞台はあこがれの東京ドームだ。現在所属しているチームは「タイガース」だが、東京で一時期を過ごした小学生時代から巨人ファンだと言う。幼き頃にスタンドから観たマウンドを心待ちにしている。

 しかし、日本の選手で憧れの選手はいるか尋ねると、自分とは真逆の剛速球投手、それも巨人のライバル、阪神の往年のクローザー、藤川球児の名を挙げてきた。

 史上最強とも言われている侍ジャパンについて尋ねると、

「もちろんオオタニは知っているよ。あとはイートン・ダーハイ(伊藤大海)かな。とにかく勝っても負けても全力を尽くします」

 勝つ自信はあるかと問うと、ためらっているところを通訳スタッフに焚きつけられ、英語で返してきた。

「Maybe(もしかしたらね)」

 幼き頃、スタンドから観た東京ドームのマウンドから見る景色は斉の目にどう映るのだろう。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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