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「野球は二番目の趣味。「グローブトロッター(世界漫遊者)」・久保康友、アメリカへ行く」

阿佐智ベースボールジャーナリスト
久保康友(現・兵庫ブレイバーズ)

 「引退」から早5年。久保康友は、しかし、まだ野球を続けている。現在独立リーグでプレーしている彼だが、「野球は趣味」と言い切る。

「正確に言うと、たくさんある趣味の中の一つに過ぎません。ランク的にはあんまり高くないですね」

ならば何が好きなんだと問うと、おおよそ野球選手らしからぬ答えが返ってきた。

「世界遺産巡りとかをするのが一番好きなんです。野球やっているよりもだんぜん一番なんですよ。そっちのほうにずっと興味がありました」

 学生時代からの隠れた趣味だったと言う。

「好きだったんですけれども、野球をやっていたじゃないですか。それで、(社会人野球の)松下(電気、現パナソニック)に入っても、まだ高卒だったんで、世界遺産のDVD買って、ずっと見てました。そう、画面を眺めているだけ、そういうもんやと思っていたんで」

 世界遺産だけにとどまらず、名所旧跡の類が好きなのだという。プロ入り後も、遠征の際には、ひとり城巡りなどをしていたという。

「まあ、プロにいる時は、めちゃくちゃ(出歩きたいという欲望を)抑えていましたけど(笑)。例えば、四国遠征の時なんかには、チンチン電車に乗って道後温泉とかひとりでフラフラしましたね。お城にも歩いて登りました。でも、やっぱりどこかで、なにか、明日の試合に響かへんかなって思いながらでしょ。そう思う自分が嫌でしたね。ようするに全力で楽しめないんですよ。かたちだけ観光しているだけで、結局、次の日の仕事で投げる試合のことを考えている時点で楽しめてないんですよ。そこがやっぱり全然違うんです」

でも、日本の遺跡は、別にいつでも回れるかなという感じです。やっぱり今は世界ですね。自然遺産とかは特に好きなんで、ベネズエラのエンゼル・フォール、知ってます?そういうところに本当は行きたいんですよ。

 NPBを「引退」後、久保が選んだのは野球の技能を携えて世界を巡る「世界漫遊」という生き方だった。

アメリカ独立リーグへ

 本人は「引退」と言うが、久保は2018年シーズンも引き続きプロとしてプレーした。野球の本場、アメリカの独立リーグのマウンドに登ったのだ。

国外でのプレーを後押ししたのは、ロッテ時代の先輩の存在だった。久保の口からは、2000年代以降のロッテの2度の日本一に貢献。WBCの舞台にも立ったサブマリン投手、渡辺俊介の名が出てきた。彼もまた、日本球界を去った後、アメリカに渡っている。

「渡辺さん、性格がすごくちゃんとしている人なんですよ。あの人もロッテ辞めて、アメリカに行ったんですが、ちゃんと英語を自分で勉強して、準備万全で行ったんです。でも、そんな人でも日本に帰ってきたら、『なんとでもなるよ』って言うんです。あんな用意周到な人が、そんなアバウトな発言するなんてありえないですよ。それ聞いて、何があったんやろうと思ったんです。海外って、人間の性格まで変えてしまうようなところなんかって、興味が湧いたんです。それで、独立リーグでも何でもええから、取りあえず向こうに行ってみよう、遊んでみようと思って、それがきっかけです。だから、アメリカの野球を体験したいとか全然そんな気持ちはなかったです。別にアメリカでなくても良かったんです。海の向こうの文化が面白いと思ったから行くことにしました」

 ひとづてに紹介してもらったエージェントとは、「メジャーに上がれば代理人料を支払う」ということで話を進めた。「メジャー挑戦」などとは露も考えていなかった久保相手には割の合わないビジネスだったが、それでもエージェントは、久保の希望を叶えてくれた。

「この時も最初はメキシコのチームと契約できたんですよ。でもいい加減でしょ、向こうは。送ってくれるって言ってた航空券がいつまで経っても送られてこないんです。結局、(3月末の)開幕どころか、いつの間にか夏やんって(笑)。それで、代理人が『他をあたりましょうか』ってもってきてくれたのが、ゲーリーだったんです」

 アメリカ独立リーグは、メジャーとその傘下のマイナーリーグが開幕してひと月ほど後、5月以降レベルの高いリーグから順次開幕していく。メジャー球団との契約が上手くいかなかった選手と、ドラフトにかからなかった若い選手が捲土重来を期して集まってくる。久保のもとに舞い込んできたのは、強豪リーグのひとつ、アメリカン・アソシエーションのゲーリー=サウスショア・レイルキャッツというチームからのオファーだった。独立リーグとは言え、このリーグは、本場アメリカのそれはマイナーの2Aにも匹敵すると言われているほどのレベルを誇っていた。このリーグから日本のNPBに助っ人としてやってきた選手も少なからずいる。

そんなリーグが、「引退」を決めてからほとんど体を動かしていなかった久保に提示したのは、「練習生」からのスタートだった。

「まあ、もう辞めた気でいましたから、(メキシコからの連絡を待っていた) 2カ月ほどは練習もしていなかったんで。航空券代やら向こうでの滞在費は球団が出してくれるというんで、とりあえず行ったんです。ひと月くらいは給料もなしで試合にも出られませんでした。そのうちロースターに入って投げるようになったら10数万円くらいかなあ、月給も出るようになりました」

 しかし、久保にとっては、もはやマウンドに登ることや報酬が出ることは大したことではなかった。彼にとっては、アメリカ独立リーグも、現在まで続く長い旅のひとつの行き先でしかなかったのだ。

「まあ、そうですね。遊びというか、アメリカへ行ってみたいだけでしたから。ただ、あそこは治安が悪かったんで、あまり出歩けなかったんです。外を歩くなって言われてました。チームの人もみんなゲーリーには住んでないんです、住めないって(笑)。僕もルームメイトと隣町に住んで、その相方に車に乗せてもらって球場まで行ってました。ゲーリーの町は見どころ何もなかったです。でも、町を見るのが面白いと言ったら面白かったですね。こんなこと言うと駄目なんですけど、ボロボロなんですよ。遠征からバスで帰って来ると、窓から町の店、コンビニが見えるんですけど、全部鉄格子していて、それも壊されていたりするんですよ。町中全部そう。もう映画の世界です。映画よりひどかったかもしれないですね。これがアメリカかと思いました。すごいなって。日本ではありえないじゃないですか。これが、アメリカの日常の中の一部なんやなと思って、すごい面白いっていったら表現が悪いですけど、勉強になったというか…」

とは言え、ゲーリーからメジャーリーグシティ、シカゴまでは線路でつながっている。郊外電車に乗れば、1時間程でたどり着ける。しかし、この町へ久保が足を延ばすことはなかった。

「言葉が全然駄目やったんで、行けなかったです。行きたいなと思っていたんですけれども。ほら、独立リーグなんで通訳もいなかったでしょう」

 しかし、シカゴまで行ったとしても、それはあくまで名所旧跡見物のため。そこでメジャーリーグを目にしようとは思わなかった。

「そもそもメジャーなんかに興味がないんです。僕がいたチームにも元メジャーのやつ結構おったらしいです。知り合いの記者に『久保さんのチーム、すごい選手がいるじゃないですか』って言われたんですけど、僕からしたら『誰、それ。知らんわ』って感じで。そもそも、メジャーリーガーなんか誰も知らないですし。大谷くらいは知っていますけど(笑)」

独立リーグで感じたアメリカ人気質

 ゲーリーでの生活は長くはなかった。3試合に登板した後、トレードされたのだ。勝ち星なしの防御率4.05という成績だったが、NPBでの実績を買われてか、独立リーグ最強の呼び声が高いアトランティックリーグから引きがあったのだ。

「なんていうチームだったかな。僕がいた数年前にはロジャー・クレメンスもおったんですよ。シュガーランド(スキーターズ)?そうそう、あのリーグはニューヨークあたりでやっているんですけど、あのチームだけテキサスなんです。そこのチームはアトランティックで一番強くて、元メジャーの選手が多かったんですけど、オールスター休みの時に根こそぎ引き抜かれたんですよ。全選手の半分ぐらい引き抜かれたんかなあ。選手がいなくなったんです。それでピッチャーが足りなくなって、多分、僕の経歴を見て引き抜いたんです」

 シーズン後半に移籍した久保は、先発の柱として、後半戦だけで10試合に先発。シーズン途中にメジャー球団に引き抜かれたエースピッチャーに次ぐ5勝を挙げてチームの優勝に貢献した。

 世界第2のパワーハウス、NPBでの実績を存分に見せたかたちとなった久保だったが、メジャー球団との契約を目指している選手間のライバル意識がチーム内でも火花を散らす独立リーグ。入団当初、チームメイトの視線は決して暖かいものではなかった。

「アメリカ人は、自分と相手でどちらが格上っていう目で見てきますよね。僕なんか、最初は下等生物を見る目で見られましたもん(笑)。数字を残した瞬間、初めて横(の関係)で話ができました。面白かったですよ。海外ならではですよね。アメリカ人はやっぱり自分が一番優秀やというふうに洗脳…、洗脳というか、自分自身思わされている。お国柄ですよね。自信を持たせて能力を発揮させて、自分らが一番だよ、アメリカ国民がナンバーワンですよ、世界で一番優秀ってみんなが本当にそういうふうに思っていますから」

 アメリカでの2018年のシーズンは、優勝というかたちで終わった。久保自身も、先発投手として合格点を与えていい成績を残したが、そんなことはどうでもよかった。彼が太平洋を渡った理由は野球ではなかったのだから。

 世界漫遊者・久保は次の行き先を探すことになった。

(続く)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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