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「かまくら」の町にプロ野球がやって来た:楽天野球団、一・二軍合わせての東北全県フランチャイズ化作戦

阿佐智ベースボールジャーナリスト
秋田県内の主催二軍戦の観客動員新記録・4141人を記録した横手での試合

 年号が変わった5月1日、楽天イーグルス二軍は千葉ロッテマリーンズと秋田県横手市で3年ぶりとなるイースタン・リーグ公式戦を開催した。

グリーンスタジアムよこて
グリーンスタジアムよこて

かつては山形に本拠を置いていた楽天イーグルス二軍

 楽天イーグルスは今年、プロ野球(NPB)に参入して15年目のシーズンを迎えている。当時幼稚園児だった人が成人を迎えようということだから、若者にとっては楽天イーグルスはもはや存在して当たり前の空気のような存在なのかもしれない。しかし、古くからの野球ファンはこのチームが球界を揺るがせた再編騒動の結果生まれたことを忘れてはいない。

 楽天イーグルスのNPB参入が決まったのは2004年オフ。フランチャイズは宮城県仙台市とした。ここにはかつてロッテが本拠を置いたことがあったが、旧本拠・東京球場からの撤退を余儀なくされ、代替球場が首都圏で見つからなかったための「暫定本拠」。チームは主催試合の半数前後を開催し、選手たちは東京住まいのままという中途半端なものだった。しかし、観客動員は上々で、現在も仙台にはロッテファンも多いことなどから、この町がプロ野球のフランチャイズとして可能性を秘めていることは明らかで、楽天イーグルスが、ここを本拠としたことは、プロ野球界にも「地域密着」のうねりが起こりつつあった当時の情勢を考えると先見の明があったと言えよう。さらに言えば、楽天イーグルスの先見の明は保護地域の宮城県だけでなく、東北地方全体を商圏とすべく、チーム名に「東北」を冠したことにも表れている。

 東北全域を「フランチャイズ」とする目論見の一環として、球団発足当初は、二軍本拠は山形に置かれた。しかし、現在では一、二軍のフレキシブルな運用という観点から、ファーム施設も仙台とその周辺に集約されている。

 今回取材に協力してくれた楽天野球団ボールパークオペレーション部部長の大野憲一氏は言う。

「山形ですとどうしても移動の問題が出てきてしまいます。日本の二軍の場合、育成、つまり若い選手に実戦を経験させる場という意味あいと、リハビリ、調子を落とした選手の再調整の場という意味合いもありますので、山形と仙台だとどうしても移動距離が長くなってしまいます。一軍と二軍の選手の入れ替えが結構激しい時があるものですから。結局、入れ替えが柔軟にできるようにと、ファーム施設も宮城に集約することになりました」

楽天野球団・ボールパークオペレーション部部長の大野憲一氏
楽天野球団・ボールパークオペレーション部部長の大野憲一氏

 

 楽天イーグルス二軍は、2009年から事実上、仙台郊外の利府町に本拠を移し、さらに現在では2009年に一軍練習場として建設、敷地内に選手寮も備えたウェルファムフーズ森林どりスタジアム泉をメインにイースタン・リーグの主催ゲームを行っている。

楽天イーグルスの「東北全県フランチャイズ化」戦略

 先述のように楽天イーグルスは、仙台を中心とする宮城県だけでなく、東北全域を商圏とすべく球団発足以来、マーケティングを積み重ねてきた。ナイター放送全盛時までは、巨人が圧倒的な人気を占め、毎年恒例の「東北シリーズ」遠征では連日、長蛇の列が球場を取り囲んでいたのも今は昔。現在では、楽天イーグルスは東北全域のシンボル的な存在になっている。

 球団発足以来、楽天イーグルスは東北全県で主催試合を行うようにしている。この方針について、大野氏はこう言う。

「そうですね、一、二軍トータルで東北全域で試合を開催するようにはしていました。一番の目的は東北のファン拡大です。東北全域に楽天イーグルスファンをつくる、野球ファンをつくる、スポーツ文化を起こしていくというのを目指し実施している活動の一環です。ただ、日程上の都合などもあり、一軍だけでは難しい部分があります。こちらが行きたい日程で球場が押さえられない時もありますから。例えば、夏の高校野球予選と日程が重なることも多いです。前後の移動の問題もあったり、相手球団の都合も考慮せねばなりません。一軍の場合、前の連戦が福岡なら秋田への移動は難しいですからね。そこで、一軍戦が難しいなら、せめて二軍でということは意識しています。一、二軍トータルでは、当方全県で公式戦を開催しようということは、できる限りしようと思っています。ただそれも、収益的な部分も考えねばならなかったりします。実際のところ、二軍の地方遠征試合はなかなか黒字にはなりません。そういう意味では、二軍の遠征はあくまでもファン拡大の一つの手段という意味合いが強いです。一軍は行けない空白地域に行く。また東日本大震災からの復興を続ける地域への支援的な意味合いで太平洋沿岸地域で試合を開催するというのがあります」

 近年、二軍をファン獲得のツールとして利用すべく、本拠地球場以外の「地方ゲーム」を開催する球団は多い。しかし、多くの球団の二軍地方ゲームの開催地は、一軍フランチャイズもしくはその周辺である。楽天イーグルスの場合、東北全域という広いエリアで地方試合を行うため、その負担は他球団より大きいだろう。しかし、その努力が現在、東北地方のアイコンとしての楽天イーグルスとして結実している。

 今シーズンの楽天イーグルス二軍は、「本拠地」である森林どり泉で39試合、利府で19試合、かつてのホームである荘銀日新スタジアム、天童、そして一軍本拠の楽天生命パーク宮城で各1試合のほか、「地方ゲーム」として、宮城県の南三陸町、石巻市、岩手県の宮古市、岩泉町、福島県福島市、そして秋田県横手市での試合をスケジュールに組んでいる。

大盛況の横手開催

グリーンスタジアムよこては満員となった
グリーンスタジアムよこては満員となった

 楽天イーグルスは秋田県内ではここ2年一軍公式戦を行っていない。今年も試合が組まれていない分を補うかたちでの今回の横手でのイースタンリーグ開催となったが、事前の雨の予報で開催も危ぶまれたが、ファンの願いも通じてか、曇天ながら試合は無事挙行された。

 3年ぶりの開催とあって、前売り段階からチケットの売れ行きは上々だった。会場のグリーンスタジアムよこての収容人員は公称1万人だが、この数字は外野の芝生席に観客をすしづめしたと仮定したときのもので、球団では実質の収容人員は約6500人と想定し、外野席には観客を入れることは考えず、内野スタンドに最大4000人ほどを迎え入れることを見込んでいた。しかし、いざふたを開けてみると、球団スタッフも予想しなかった「大入り」となった。

 球団は自治体と調整の上、東北各地でフィールドサポートプログラムと称した野球教室などの取り組みを行っている。この日も、メイン球場であるグリーンスタジアムよこてに隣接するサブグラウンドで、選手たちが地元の少年少女たちに野球の手ほどきをしていた。このプログラムの参加者は、野球教室の後、試合にも招待され、プロのプレーを間近で見ることができる。このプログラムの招待客を含め、前売り段階で2200席ほどの来場見込みがあった。

 これに当日は、ファンクラブの特典である招待券を使った遠方からの入場者が800人ほどが来場、最終的には内野スタンドは満員となった。内野スタンドのキャパシティを超える動員に、球団は急遽、外野ライト側芝生席を開放した。

地元秋田出身の高卒ルーキー・山口航輝の「プロ初ホームラン」に観客は大喜びだった
地元秋田出身の高卒ルーキー・山口航輝の「プロ初ホームラン」に観客は大喜びだった

 楽天イーグルスと言えば、スタジアムを取り囲むように並び立つ屋台が魅力のひとつである。一軍の本拠、楽天生命パーク宮城での一軍公式戦の際、スタンドを取り囲むように様々な屋台が建ち並ぶ様はさながらお祭りの雰囲気で、これは一軍の地方主催ゲームでも規模は小さいながら行われる。この日の横手の二軍戦でも、さすがに一軍規模とまではいかないものの、内野メインスタンド前にできた屋台街は歩くのが難しいくらい混みあっていた。

大盛況の球場前の屋台。さながらお祭りの様相だった
大盛況の球場前の屋台。さながらお祭りの様相だった

 屋台の出店については、二軍戦の場合、基本的には試合開催地の商工会、あるいは観光協会に全て任せているという。それでも、この日は、球団オリジナルの「イーグルスからあげ」と「イーグルスビール」も出店していた。これもまた、楽天イーグルスというチームとイーグルスブランドの商品を秋田のファンに知ってもらうための戦略上にあることだと大野氏は言う。

「今回はたまたま一軍戦が仙台でなかったこともあって、楽天野球団のプライベートブランドであるイーグルスからあげとイーグルスビールを販売するお店が出張販売しました。やはり楽天イーグルスの名前をできるだけいろんな形で目に触れる、食べてみるという経験をしていただきたいという思いもあるので、スケジュールが許す限りは地方球場でも出店するようにしています」

秋田名物「ババヘラアイス」も出店していた
秋田名物「ババヘラアイス」も出店していた

選手への教育と現場の協力

 ただ、地方球場での試合開催は、ファンは喜んでくれるだろうが、選手にとっては、長距離移動がかなりの負担になることは間違いない。ただでさえ、プロ野球選手はシーズン中、スケジュールの半分はビジターゲームの旅から旅への生活である。地元でゆっくりできるせっかくのホームゲームでの遠征は精神的にも体力的にもきついだろう。それに、とくに二軍が使うような小規模な球場では施設面でホーム球場と比べ劣ることが多い。

 そのあたりについては、楽天イーグルスでは、ファン開拓のための地方試合と言えども、グラウンドがしっかりしているということを大前提として興行を行うという方針を貫いている。

 今回の遠征の場合、選手たちは前日のうちに横手入りし、宿泊、試合が終わるとそのまま仙台へ帰るというスケジュールを組んでいた。選手の負担は決して軽くはないと大野氏も認める。

「もちろん選手はできるだけ練習時間を多く取って、試合にたくさん出て、いい結果を残したいと考えています。だから、仙台から外に出ると、移動負担、宿泊負担が伴うので楽じゃないです。移動する時間を考えたら、練習したい、あるいは、体を休めたいと思うのは当然です。でも、そのあたりは現場にも理解してもらってという方針でやっています。シーズン前に試合日程を組む際に、我々運営側から、こういう目的があるから、この時期にどこそこで試合をやりたいという希望を出して、それを擦り合わせて話を進めます。当然、相手チームを含めて移動に無理はないか、大人数が宿泊できる施設があるのかなどを確認をしながら決めていきます。現場の皆さんにはおおむねご理解いただいていると思います」

遠征の疲れも見せず選手たちは懸命にプレーしていた
遠征の疲れも見せず選手たちは懸命にプレーしていた

 この現場の理解を得るため、楽天イーグルスでは選手への教育も行っている。

「選手たちには、入団時に新人教育をしています。我々楽天イーグルスは東北唯一のプロ野球チームという立ち位置で、だからこそ東北をしっかり盛り上げたいということを伝えています」

その甲斐あって東北全域を意識した「地域密着」という球団の意志は現場に浸透しているという。東北のファン拡大を意識してくれている選手も多い。

 現在のプロ野球には、各球団に多くの外国人選手が所属している。「助っ人」が外国人枠の関係や調整のため二軍にいることは今や珍しくもない。この遠征でも、楽天イーグルスにはドミニカ共和国出身のルイス・ヒメネス選手が帯同し、スタメンに名を連ねていた。彼の母国でも、彼がプロ生活を長らく送ってきたアメリカでも、基本的にフランチャイズ球場以外でホームゲームを消化することはない。彼ら「助っ人外国人」にとって、ホームゲームの地方遠征はどう映るのだろうか。これについても大野氏はこう説明してくれた。

「細かいことまでは理解していないですし、こちらも説明する機会もないんですが、日本だと、ホームゲームでもいろんなところに行くんだということぐらいはわかっています」

 楽天野球団では、地域密着というコンセプトを外国人選手に対しても入団時にしっかり説明しているのだという。

「彼らにも、入団時に『東北楽天ゴールデンイーグルス』の『東北』というのはどこなのかを説明しています。本拠地である仙台はここだけれども、われわれは東北全体をファンにしていくことを目指しているということを理解してもらっています」

野球の草の根拡大の重要ツールとしての地方ゲーム

 野球人気の凋落が叫ばれて久しい。スペクテイタースポーツとしてのライバルであるサッカーはJ3にまで拡大し、今やほとんどの都道府県にクラブを置いている。それに対して、プロ野球はというと、12球団しかない。現在、ほとんどの球団はファームを一軍と一体化して運営しているので、プロ野球のフランチャイズがある都道府県は少数にとどまる。独立リーグを含めて考えても、「プロ野球空白地帯」の方がむしろ多い。

 今回楽天イーグルス二軍が遠征した秋田県には、J3ブラウリッツに加え、プロバスケットリーグ・Bリーグのノーザンハピネッツも本拠を置いている。Bリーグも年々人気を高めている。プロ野球もこれまでの人気にあぐらをかいていると、マイナースポーツに転落しかねない。球団数が限られている以上、地方に出向いていかないとファンの草の根も広がっていかないだろう。この点についても、大野氏は球団としての姿勢について、こう述べてくれた。

「バスケもサッカーもみんなライバルです。ただ、ハピネッツを直接的なライバルとは表現するのは難しいですが、ライバルとして切磋琢磨していける部分と、協業できる部分があると思っています。実際、過去に秋田のこまちスタジアムで開催した一軍公式戦ではハピネッツとのタイアップ企画をしましたし、試合のない日に街中でのイベントを他のスポーツチームと一緒にしたりというのは仙台ではよくやっています。競争を意識する一方で、一緒にスポーツ文化を盛り上げていくということも、もっとやりたいなとは思っています」

 そういう球団創立以来の球団挙げての取り組みは確実に実を結んでいる。この日、グリーンスタジアムよこてに集まったファンがそのことを示している。そう話を向けると、大野氏は首を振り表情を引き締めた。

「いやいや、正直まだまだだと思います。試合日程や対戦カードが決まってもチケットが売れるわけではまだまだありませんから。今回も、横手市や体育会協会、地元の皆さんのご協力を得て、試合開催をさせていただいています」

新年号・令和を迎えたこの日、グリーンスタジアムよこてに集まったファンは4141人。秋田県内における二軍観客動員の新記録をたたき出した。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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