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昭和・平成の赤ヘル黄金時代を駆け抜けた名セカンド、韓国で奮闘中!

阿佐智ベースボールジャーナリスト
起亜タイガースの打撃コーチを務める正田耕三(元広島)

 東京でのメジャー開幕戦も終わり、いよいよ日本のプロ野球開幕も目前となってきた。オープン戦を見る限り、今年もセ・リーグは広島カープを中心にペナントレースが展開されるだろう。今では、人気・実力ともトップクラスのチームとなったカープだが、つい数年前までは長い「暗黒時代」を経験していた。2016~17年の3連覇の前の優勝は、平成のはじめ、1991年までさかのぼらねばならない。さらに前、昭和50年代60年代のカープは、1975年の初優勝以来、1986年までの12年で優勝5回、日本一3回という「常勝軍団」だった。現在の「我が世の春」を考え合わせると、昭和と平成という両年号の終わりはまさに「赤の時代」だったと言えるだろう。

 昭和の終わりから平成の初めの強いカープを支えたのが名セカンド、正田耕三だ。彼は、現在韓国プロ野球、起亜タイガースでコーチをしている。起亜の春季キャンプ地は沖縄。この春のキャンプ時に彼に会いに行った。

うるま市具志川球場でインタビューに答えてくれた正田・起亜タイガース打撃コーチ
うるま市具志川球場でインタビューに答えてくれた正田・起亜タイガース打撃コーチ

 2月16日、うるま市具志川球場。前日まで降った雨は止んでいたが、この日予定されていた斗山ベアーズと起亜タイガースの練習試合は、グラウンドコンディション悪化を理由に中止された。グラウンドを見ると、確かにフィールドの端に泥が寄せられている。それでも、島内の他の球場では試合が行われており、ここでもホームチームの斗山がバッティング練習をしているのを見ると、十分にできたのではないかと思ってしまう。

 メイン球場横の陸上競技場に目をやると、その先にあるブルペンが見えた。どうやら試合中止は直前に決まったらしく、そこには、試合相手の起亜投手陣の姿があった。野手陣は、ブルペンと反対側にある室内練習場だという。足を運ぶと野手の軽い練習を指導していた正田が、切り上げてきたところだった。

「全然できますよ。でもまあ、こっち(韓国)はようこんなんありますよ。練習試合なんで、大丈夫ですけど」

 うらめしそうに空を仰ぎながらも、さばさばした表情で正田は、インタビューに応じてくれた。

韓国野球に身を投じたきっかけ

 1998年シーズン終了後引退した正田は、球団に残りコーチ業を始めた。そして、2000年シーズンからはこの年就任した梨田昌孝監督に請われて近鉄に移籍、翌年には近鉄球団最後の優勝に貢献した。2004年シーズン限りで近鉄球団はオリックスに吸収合併されてしまうと、阪神へ。ここでも2005年の優勝に貢献するが、2007年限りで退団すると、いったん現場から離れ、ネット裏から野球を見ることになった。

 ここで日本生まれの韓国野球界の名将、金星根(キム・ソングン)監督に誘われ、SKワイバーンズの秋季キャンプで臨時コーチを務めると、翌2009年にワイバーンズでコーチ業に復帰した。

 2010年からはオリックスの打撃コーチに就任、T-岡田にノーステップ打法を伝授し、ブレイクさせた。しかし、2011年限りで退団、その後はフィールドから離れていたが、2015年にこの年に韓国リーグに復帰した金監督に再び請われてハンファイーグルスの打撃コーチに就任し、2017年からは起亜に移籍している。

「スパルタ野球」という韓国野球に対する誤解

 彼が長らく仕えた金星根監督は、プロ経験はないものの、韓国リーグ7球団で監督を務め、歴代2位の1234勝を挙げた名監督である。その野球に対する厳しい姿勢に「野神(野球の神様)」の異名をもつ。とにかく選手にハードな練習を課することで有名で、韓国野球=スパルタ式の練習というイメージを日本の野球関係者に植え付けている。正田も、「とにかく練習時間が長い。厳しいというか、練習時間が長いですね」と金監督に仕えた時代を振り返る。

 しかし、正田は、韓国の方が日本より練習量が少ないという。

「星根さんのスパルタ式練習のイメージが強いですが、実際は全然そんなことはないですよ。日本より練習はやらないですよ。練習時間は日本より短いんじゃないですか。合理的ですよ。選手にちょっと余力を持たせて、宿舎に帰っても練習できるような時間をつくってあげようというような感じですね」

時代に合った指導法を模索する「練習の虫」

 正田が現役時代を過ごした広島もまた、厳しい練習で有名だったが、その広島でも1、2を争う練習量を誇った彼の目からは、現在の韓国野球は少々甘くは見えないのだろうか。

 しかし、正田は首を横に振る。

「昔は広島が厳しかったというか、プロ野球全体厳しかったですから。でも、今そんなことをしていたら、選手の体が持たないですよ。選手が弱くなってきているというか、高校でももうそんな練習しないじゃないですか。僕らが高校時代みたいに水を飲むなとかそんなこともうないでしょ。僕らなんか、殴られながらやっていた時代ですからね。でも、今の子はそうではないから。それは日本も韓国も同じです。だから、時代に見合った練習をしていかないと」

そういう意味では、日本と韓国でコーチをする中で、違いはあまり感じないという。

「球団が通訳をつけてくれていますから言葉の問題は大丈夫です。彼は日本で野球をしていましたので、日本語ペラペラで野球もわかっていますから。バッティングは伝えるのが難しいので助かっています」

韓国にいまだ残るハングリー精神

 日韓の野球に違いはないといいながら、選手を見ていると、韓国の選手ほうが一生懸命にプレーすると正田は感じている。

「彼らの方が必死にやりますね。やっぱりお金を稼ぎたいからでしょう。日本とはスタートが違いますから。日本なら、今、最低年俸は440万円ですか。こっちは240万ぐらいからのスタートですから。だから、そういう部分ではやっぱりまだハングリー精神というのはこちらのほうが全然ありますね。やったらやっただけのことが返ってくるのがプロですから。少しでもお金を稼ぐために一生懸命しようというプロ意識が強いですね。日本なら1軍の最低年俸が1400万円ほど、月100万円ももらったら別にもうええかなと思うでしょ」

 しかし、そういうことなら高額の年俸を手にするメジャーリーガーなどはどうなのだろう。正田自身も、カープの主力として高額な報酬を手にしている。そういう選手のモチベーションはなんなのだろう。この質問を正田にぶつけると次のような答えが返ってきた。

「そこはもう、自分のプライドですよ。僕らもそうですよ。タイトル(首位打者2回、盗塁王1回)を取ったことによって、変な成績を残せない。もう打って当たり前、守って当たり前という目で周りも見ますしね。一流選手というのは、やっぱり自分に対してのプレッシャーをかけていきますから」

 そういう意味では、現在の日本球界は、平凡な選手にとっては、中途半端な環境なのかもしれない。

ほとんど差のない日韓の野球レベル

 東京五輪を前にして気になるのは韓国野球のレベルだ。国際大会の度熾烈な争いを繰り広げる日韓だが、前回のプレミア12では侍ジャパンは韓国に屈し、初代チャンピオンの座を奪われている。長年韓国野球を見続けてきた正田の目には、代表レベルではもう韓国は日本に追いついていると映る。

「各チーム、例えば起亜タイガースと巨人でやったら、それは負けるかもしれないですよ。ただ、1つの国を代表して、いいメンバーばかりピックアップしたら負けないですよ」

 しかし、プロチーム個々のレベルではまだまだ韓国野球は日本との差を埋めることができていないという。選手層が薄いのだ。

「やっぱり選手がまだそろってないですね。韓国は野球人口自体も少ないですから。うちのチームもベテランが多いので、若い選手が出てこないと言われているんですけれども、出てこないんじゃないんですよ。ベテランのレベルが高すぎるから、よう追い越さないんですよ。マスコミも、起亜は若い選手が育ってこないチーム、とかいうけれども、ベテランを追い越すほどの選手がまだ出てこないんですね。ベテランにも意地もあるでしょうし、僕も、簡単に追い越されるなよ、と言っていますから」

 この秋からは、プレミア12、2020年の東京五輪、21年にはWBCと主要国際大会が目白押しである。正田は、韓国は日本の強力なライバルになることを予言する。

「この秋のプレミアとか、オリンピックも、あなどったらやられますよ。韓国の選手には、オリンピックでメダルを取ったら兵役免除とか、おそらくついてきますから、そりゃもう必死ですよ。それにやっぱり国を挙げて戦ってきますので。サッカーとか、野球はすごいですよ。オールコリアの試合になったら、すごい熱いですよ」

 勝利の雄たけびと共にマウンドに立てられる太極旗に代表されるように、とにかく韓国野球の熱量は相当なものだ。正田もまた、韓国リーグでその「熱さ」を実感している。

「韓国シリーズに出ましたけれども、あの韓国シリーズの雰囲気というのは、日本シリーズとはまた違いますね。もうみんな、殺気立っていますね。スタンドも、選手も。ベンチにいても感じます。いい経験をさせてもらっているなというのはありますね」

そして、今後

 昭和、平成と選手、コーチとしてフィールドを駆け抜けてきた正田も、新年号を前にして57歳を迎えた。今後も異国でコーチ業を続けるのだろうか。

「僕らはもう1年契約ですから、もう1年教えてくれ、と言われればやりますし。僕らはやっぱり技術を選手に教えるのが仕事ですから、それが評価されないと、次の契約になっていかないですから」

 とは本人は言うが、通算6年目の韓国でのコーチ業は、彼の評価の高さの表れではないか。そう話を向けると、正田は照れ笑いを浮かべながら首を振った。

「そういう感じはあんまりないですね。ただ一生懸命に選手を育てたいとか、選手に自分が持っているバッティングのノウハウを教えてあげたいというのはありますけれども。そもそもコーチは誰を育てたとか、どれだけ成績を残したというべきではないんですね。もうそんなの、勝手に選手なんか育つものだし、育てようと思って育てるんですけれども、それを自分の手柄にしたらあきませんよね。チームで戦っていくわけやから、チームにプラスになるようにしていかないといけない。僕は今打撃コーチなんで、打つほうで貢献したい。だから、この選手が故障したら、次に誰を用意しておかなあかんとか、この選手もだいぶ年をとってきたから、若い選手を育てていかないといけないなというのは、チームの編成というのも考えていかないと。それプラス、やっぱり個人成績を上げていきたいですね」

 近年、日韓関係が悪化する中、日本人が韓国で指導するのは難しいだろうと思ったのだが、正田は、そういう部分でのやりにくさは全くないと言う。

「逆にやりやすいですね。よくしてくれるんですよ。光州という地域柄、起亜というチームは、どっちかというと、阪神タイガースみたいなチームで、すごい人気チームなんです。僕が今、住んでいるところも、すごい野球熱の高いところで、町の人もよくしてくれるんです。スタジアムも2014年に新造されてきれいですし。監督はじめ、コーチの人も球団スタッフも本当によくしてくれるし。でないと、こんな長いこといないですよ」

 韓国リーグは日本より一足早く、先週末23日からペナントレースに突入している。本拠、光州で開幕を迎えた起亜タイガースのチームカラーは赤。正田は現役時代と同じ、「赤ヘル」で海の向こうのフィールドで戦っている。

(文中の写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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