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「野球界のクロスロード」、オーストラリアウィンターリーグ

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ABL3度目の挑戦にして、MLBとの3度目の契約を成就させたドイツ人ソルバック

 プロ野球のキャンプも目の前に迫ってきたこの時期、世界各地のウィンターリーグはクライマックスを迎えている。オーストラリアのウィンターリーグ、オーストラリアンベースボールリーグ(ABL)も最終節を終え、今週末からはプレーオフに突入する。

 ところでこのリーグには、世界各国から選手が集まる。ABLは、北米や東アジアのプロリーグの若手選手やマイナーリーガーにとっては、修行の場であり、また、オフシーズンの稼ぎ場であるのだが、中南米のウィンターリーグより幾分レベルが低いこともあって、敷居が低く、ヨーロッパなどの野球後進国からも選手が集まってくるのだ。今をときめくヤンキースの正ショート、ディディ・グレゴリウスもリーグ初年度の2010-11年シーズン、キャンベラ・キャバルリーでプレーしており、その時の彼のチームメイトには、映画「ミリオンダラーアーム」のモデルとなったインド人投手、リンク・シンの名もあった。

ABL初年度シーズンをキャンベラで過ごしたオランダ人、ディディ・グレゴリウスはヤンキースでスターダムにのし上がった
ABL初年度シーズンをキャンベラで過ごしたオランダ人、ディディ・グレゴリウスはヤンキースでスターダムにのし上がった

 今季のABLには、地元オーストラリア人、ニュージーランド人、そしてチームごと参戦した韓国人の他、アメリカ、カナダ、ドミニカ、日本、台湾、中国、南アフリカ、ドイツ、オランダ、イタリアからの選手が集まってきた。有名どころでは、アフリカ人最初のメジャーリーガーとなった南アフリカ出身のギフト・ンゴエペ(現在FA)、オリックスに在籍していたイタリア人、アレックス・マエストリ。楽天に在籍していたオランダ人、ルーク・ファンミルに、少しマニアックなところでは、オランダ代表の常連内野手、ドウェイン・ケンプも今季のABLのロースターに名を連ねている。

 また、オーストラリア人選手の多くは、夏(北半球のという意味で)には北半球にプレーの場を求め、また、ときとしてワンランク上の中南米のウィンターリーグに修行に行く場合もある。世界各国をまたにかけたベースボーラーたちが集まるABLはまさに野球界の「文明の十字路」と言えるだろう。今回は、今季のABLでプレーした「球界渡世人」とでも言うべき選手たちを紹介したい。

ドイツから来た不屈の男

 今季のABLで圧巻の防御率0.51でタイトルを取ったDeNAの今永(彼はすでに規定投球回数に達し、すでに帰国しているのでタイトルは確定)に次ぐ1.10の防御率を残したのはドイツ人投手、マーカス・ソルバックだ。アデレード・バイトのエースとしてリーグ最多の65回1/3を投げ、これもまたリーグ2位の5勝を挙げている。ドイツのトップリーグ、ブンデスリーガでプレーしているところをミネソタ・ツインズにスカウトされた彼は、19歳になった2011年にルーキー級ガルフコーストリーグでプロデビュー、この年のオフにはABLに派遣され、メルボルン・エーシズのユニフォームに袖を通している。この頃はまだこのリーグでも通用する力はもっておらず、4試合のリリーフ登板で6.35という防御率しか残せなかった。ツインズでは3シーズンを送ったものの、結局ルーキー級から抜け出せずリリースされてしまう。その後は若手主体の独立リーグ、フロンティアリーグを経て、2014年シーズン途中にアリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約、A級まで昇格したこの年のオフにもABLでプレーし、シドニー・ブルーソックスの先発投手として6勝3敗防御率4.81の成績を残した。

2014-15年シーズンをシドニー・ブルーソックスで送った若き日のソルバック
2014-15年シーズンをシドニー・ブルーソックスで送った若き日のソルバック

 ダイヤモンドバックス傘下のマイナーでは3シーズンプレーしたが、A級から抜け出せず、ここでも2016年シーズン途中にリリースの憂き目にあう。それでも彼はあきらめることなく、今度は2A相当と言われる独立リーグ、カンナムリーグに移籍、そして昨年は母国ドイツに戻り、ボン・キャピタルズで夏のシーズンを過ごした後、捲土重来を期してこの冬のシーズンをアデレード・バイトで送ることに決めた。

 アデレードには、社会人野球・ホンダから2人の投手が派遣されている。年明けのアデレードの取材時に彼らに話を聞いた際、エース、ソルバックの過去について触れると、彼らは「いや、その時とは別人だと思いますよ」とソルバックの変身ぶりを語ってくれた。彼らが言うには、とにかく頭がいいとのこと。その日の調子が悪くても、ピッチングを修正する能力はずば抜けているらしい。なるほど、その試合でも、立ち上がりは自身のまずい守備もあり先制を許したが、その後は点を取られる気配すらなく8回を2失点に抑えていた。大量点差に彼がリリーフにマウンドを譲ると、ピッチャー交代とともに、彼がロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだことがアナウンスされた。彼にとっては3度目のメジャー球団との契約、「3度目の正直」で頂点に上り詰めてほしい。

見た目には軽く投げているように見えるのだが球速は150キロ代半ばを超える
見た目には軽く投げているように見えるのだが球速は150キロ代半ばを超える

メジャーが発掘した中国の有望株

 ソルバックのいるアデレードには中国人選手もいる。ブルース・ワンは、MLBが中国に設立したアカデミー出身の捕手だ。すでにフィラデルフィア・フィリーズと契約して、今回ABLに武者修行に送られてきた。彼にとってはここがプロデビューの地となる。まだ見習い的な立場で、アデレードではブルペン捕手が主な役割だが、ここまで7試合与えられたチャンスでは、10打数4安打と打撃センスの良さを見せている。元来頭がいいのか、アカデミーでコーチと話しただけで英語を習得し、オーストラリアでもコミュニケーションには困っていないようだった。この春からはいよいよアメリカに渡ることになると思うが、堂々とした体躯は「中国人初のメジャーリーガー」を予感させる。

MLB中国アカデミーで発掘されたワン
MLB中国アカデミーで発掘されたワン

オーストラリアで野球をエンジョイする台湾人ベテラン選手 

 これから上位リーグを目指そうというワンのようなアジア人選手がいる一方で、ABLで現役生活最後を楽しもうという選手もいる。

 今季ABLに新規参入した韓国人球団、ジーロング・コリアの監督を務めるク・デソンなどはその典型だろう。2010年シーズン限りで韓国プロ野球を「引退」するものの、その舌の根が乾かぬうちに家族ごと移住したシドニーに誕生したABL球団ブルーソックスと契約し、46歳になった2015-16年シーズンまで現役としてマウンドに立ち続けた。ABLでの彼は、のんびりとしたもので、地元クラブチームとのかけもちで、職業として野球をプレーするというより、最後のプロの舞台でのプレーを心から楽しんでいるようだった。世界でも有数のパワーハウスであるアメリカ、日本、韓国のトップリーグでプレーしていた彼にとって、野球の世界では中堅国と言っていいオーストラリアでのプレーは、それまでの「貯金」で十分プレー可能なものだったのだろう。そういう意味では、世界中のトップリーグの選手にとっては、ABLは「余生」を過ごすのにいい場所なのかもしれない。

チェンのシャープな打撃には若い選手も一目置く
チェンのシャープな打撃には若い選手も一目置く

 

 そんなク・デソン同様の「余生」をアデレードで送っているのが、チェン・クァンジェン(陳冠任)だ。台湾のプロリーグ、CPBLで10年プレーした彼は、バリバリのレギュラーだったのは、名門・兄弟エレファンツでの3シーズンほどだったものの、通算774試合の打率が.331と、その打棒でファンを沸かせた。2015年に移籍先のラミゴ・モンキーズで出場が46試合に終わり、リリースされるも、台湾最後のシーズンでも.339を残した打撃にピリオドを打つことを潔しとしなかった。翌シーズンは、アメリカ独立リーグ最高峰のアトランティックリーグに移籍、ここで.248に終わると、ここでようやくプロでの現役はあきらめ、台湾に帰って社会人リーグでプレーしながらの指導者生活を始めた。

 そんな生活を送っていたチェンに大きな転機が訪れたのは一昨年のことだった。旧知の台湾球界のレジェンド、チャン・タイシャン(張泰山, 台湾プロ野球初の2000安打打者)が現役最後の場所としてABLを選んだのだが、その彼の仲介で、アデレードのクラブチームに加入。その打力が張を受け入れたプロ球団の目に留まり、彼もまた「現役復帰」することになったのだ。

 彼をオーストラリアにいざなった張は、ABLでのシーズンに満足したのか、昨冬のシーズン終了後に本当に引退、この冬は台湾人選手の受け入れに積極的なブリスベン・バンディッツでコーチをしている。

 一方の、陳はABLがよほど気に入ったらしく、オーストラリアでの現役続行を決め、36歳という年齢もあり、さすがに常時出場とはいかないものの、この冬も指名打者として主軸を打ち、3割をマークしている。

 「俺はここの野球を楽しんでいるよ。台湾の野球は、窮屈で仕方なかった。練習もやたら長かったしな。日本もそうだろ?」 

 オーストラリアで「別の野球」に出会った陳は野球小僧のように目を輝かせてプレーしていた。

メジャーを目指しながら世界を渡り歩く遅咲き投手

 メルボルンでは懐かしい顔を目にした。ジョシュ・トルス。2017年のWBCで来日、そのシーズンを独立リーグのルートインBCリーグで送った左腕だ。小兵ながらキレのいいストレートと縦に大きく曲がるカーブでノーヒットノーランを達成し、プロのスカウトからも注目された。

 ABLでデビューを果たすものの、なかなか芽が出ず、日米の独立リーグで修行を積んだ後、その素質が開花した。日本のプロ球団との契約はならなかったが、フィリーズと契約し、昨年の夏はメジャーへの登竜門と言われている2Aにまで昇格した。

 この冬はABLのロースターに彼の名がなかったので、球場で見かけて驚いたのだが、声をかけてみると、ベネズエラでプレーしていたのだという。メジャー球団は、その選手の身の丈に合ったレベルでしかウィンターリーグでのプレーを許さない。メジャーリーガーも多数在籍するベネズエラでのプレーは、彼がメジャーへの階段を着実に上がっていることを示している。クリスマスと年明けを母国で迎えるべく帰国した彼は、しばしの休養を取った後、メルボルン・エーシズに加入。チームに合流した試合で早速セーブを挙げていた。

2017年WBCで来日、大阪・京セラドームでのテストマッチに登板した
2017年WBCで来日、大阪・京セラドームでのテストマッチに登板した

 かつての「白豪主義」から「多文化共生国家」への転換を図っているオーストラリア。この国のプロ野球には、国籍、経歴問わず世界中から様々な選手が集まってくる。そして長くはないシーズンが終われば、選手たちは、プレー先を探して再び世界中へ散ってゆく。

 「野球界のクロスロード」。ABLにはそんなあだ名がよく似合う。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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