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中国野球はどこに行ったのか2:プロスポーツとして定着したサッカーを観て思う

阿佐智ベースボールジャーナリスト
中国野球リーグ・広東レオパーズの本拠、黄村棒球場
中国サッカーの聖地、工人体育場もオリンピック・レガシーだ。
中国サッカーの聖地、工人体育場もオリンピック・レガシーだ。

 

 北京五輪のメインスタジアムだった国家体育場。「鳥の巣」という愛称の方がわかりやすいかもしれない。市北部にある収容8万のこの巨大スタジアムは、現在も各種競技やコンサートなどに使われ、2022年の冬季五輪でも開閉会式の会場になる予定だ。普段は、北京の目玉観光施設として、国内外からのゲストを迎えている。

 北京五輪では全37会場のうち22会場が新設、残りは既存の施設を活用した。市内中心部にある収容6万6000人の工人体育場もそのひとつだ。ここは、現在、もっぱらプロサッカー、中国スーパーリーグの北京国安のホームとして使用されている。利用できる既存の施設はできるだけ活用、新造のもののうち、将来的に不要になるだろう野球場などは取り壊しのしやすい簡素な造りにし、必要となるものについては、観光資源にもなりうる水準で建造したという点では、北京はレガシーづくりに成功したようにも思える。

ビジネスモデルを確立できなかった中国野球、ビジネスモデル確率途上のサッカー

 スーパーリーグに足を運んでみた。対戦相手が同じ北京に本拠を置く人和とあって、このダービーマッチのスタンドはほぼ満員だった。チケットの価格は50元(850円)から200元(3400円)ほど。敷地の北にある入場ゲート周辺にはダフ屋がたむろし、原価の2,3倍で札止めとなったチケットを売りさばいている。

北京ダービーに集まったファンでごった返す工人体育場
北京ダービーに集まったファンでごった返す工人体育場

 もう10年ほど前になるだろうか、中国野球リーグを運営していた会社の元スタッフに話を聞いたことがある。北京五輪を目標に作られた「官製プロ野球」と言っていいこのリーグでは、他のスポーツと同じく、トップチームの選手には国家から給与が支給され、リーグの運営だけ外注されるという運営方式を採っていた。運営会社は、スポンサーを募り、その資金でリーグ戦を開催していたのだ。リーグ発足当初は、中国市場進出を目論んでいた日系企業がスポンサーをしていることが多かったこともあり、日系の運営会社がリーグのマネジメントに当たっていた。日系の運営会社は2代続いたものの、北京五輪が行われた2008年をもって撤退。その後、在米華僑の資本が入ってきたが、これもほどなく撤退してしまった。そして、中国野球リーグはいつの間にか「プロ」の看板も下ろしてしまった。

 このリーグでは原則試合観戦に入場料を課していない。人件費は社会主義国らしく国家が負担、運営費については、各球団からの拠出金と前述のようにスポンサーからの収入で賄っていたのだ。したがって、リーグ戦の試合数は、その収入の多寡によって毎年のように変わった。

 私が話を聞いたのは、初代の日系運営会社の元スタッフだった。彼には「なぜ中国では野球観戦に入場料を徴収しなかったのか」という問いを投げかけた。

 厳密にいうと、開幕戦やオールスター、優勝決定シリーズなどのビッグゲームでは、チケット販売をしたらしい。しかし、歴史的に「プロスポーツ」が存在しなかったこの国では、そもそも、スポーツ観戦に費用をかけるという習慣がなかったため、チケット販売などできなかったのだとそのスタッフは答えていた。しかし、これが的を射た回答ではないことは、満員札止めのサッカースタジアムを見れば一目瞭然である。「爆買い」が代名詞ともなったこの国の中間層以上のものは娯楽にも惜しまず金をつぎ込む。

 むろん、ワールドワイドなスポーツで、中国国内でも元々人気のあったサッカーと、普及のなかなか進まない野球を直接比べるわけにはいかない。しかし、チケット販売ができないことを、「習慣」で片づけてしまっていたことに、野球の「プロ化」の失敗の要因はあるのではないだろうか。

 見た限りにおいては、サッカーのスーパーリーグの方も、まだまだスペクテイタースポーツとしては未熟である。場内を湧かせる演出はほとんどなく、1面しかない大型ビジョンはもっぱら時間を示しているだけで、ホームチーム、国安のゴール時だけ、それを決めた選手の名前と写真が映し出される。場内は飲食物持ち込み禁止が厳格に適用されているが、アウェイチームの応援席周辺を見る限りは(この競技場では、自分の席のエリアのスタンド内しか動くことはできない)、場内販売はソフトドリンクだけであった。場内のサポーターのほとんどは国安のチームカラーである緑か、人和の橙のジャージ、もしくはジャンパーを着ていたが、公式にチームグッズを販売しているのはメインスタンド内のチームショップのみだ。場外ゲート付近にはチームグッズを商う露店が出ていたが、中国という国柄を考えると、ここで販売されていた商品が正式なライセンスを受けて売られていたとは考えにくい。1試合数万を動員する人気スポーツとは言え、サッカーもまだまだビジネス的には発展の余地は大きい。

中国野球はどうなってゆくのか

五輪に続き、2009年WBCで台湾を破って以降、中国は国際舞台で目立った活躍をしていない。写真は2009年WBC代表にもなったプウ・タオ投手(2011年アジアシリーズ釜山大会にて)
五輪に続き、2009年WBCで台湾を破って以降、中国は国際舞台で目立った活躍をしていない。写真は2009年WBC代表にもなったプウ・タオ投手(2011年アジアシリーズ釜山大会にて)

 中国野球リーグは、北京五輪後、試合数を大幅に縮小し、チーム当たり10試合前後という規模にまで落ち込んだ。そして、2012年にはついにリーグが中断したが、2014年に復活、昨年は6球団が各々30試合をこなす規模まで回復を遂げた。しかし、いまだチケット販売をし、来場者から収入を得るというプロリーグとしての基本点にすら立っていない。

 来年以降、プレミア12、東京五輪、WBCと大きな世界大会が野球界では続く。しかし、現在中国のWBSC(世界野球ソフトボール連盟)のランキングは22位。ランキング上位12か国が出場のプレミア12、大陸別の出場枠のある東京五輪とも射程には入っていないだろう。WBCも次回は予選からの参加となるが、招待制のこの大会に中国が参加するのかも不透明だ。中国野球がかろうじて命脈を保っているのは、アメリカのメジャーリーグ(MLB)がその将来性に期待して、アカデミーを設置しているゆえのことであろうが、エリートアスリートがサッカーや五輪競技に流れている現状で、野球版「姚明(ヤオ・ミン。NBAで活躍した中国人選手)」の出現にはあまり期待もできない。MLBが見切りをつけてしまうようなことになれば、中国のWBC参加もなくなってしまうかもしれない。

 中国というビッグマーケットをどうしていくのか、野球の世界的発展のカギはこの国だと思われるのだが、そのマーケットをいかにして開拓していくのかという処方箋を野球界はいまだ持ち合わせていない。

 今年の中国野球リーグはいまだ開幕日さえ発表していない。

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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