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中田英寿の“日本酒への本気”。「いいものは認められる。それはサッカーと変わらない」

浅野祐介OneNews編集長

六本木ヒルズアリーナで開催中の日本酒イベント「CRAFT SAKE WEEK@六本木ヒルズ屋台村」。開催初日の2月5日から8日までの4日間で、延べ2万人が来場するなど、大きな賑わいを見せている。

このイベントをプロデュースした中田英寿氏に、日本酒に対する思いについて語ってもらった。

――今回の「CRAFT SAKE WEEK」について、まず、このイベントを企画した意図について教えていただけますか?

まず、今回のイベントを企画する前段の話として、僕はこの6年半、ずっと全国47都道府県を回ってきて、その旅が昨年の12月に終わりました。旅の中で出会った日本酒や焼酎、そして工芸、文化などを「世界に伝えていきたい」、「多くの人に知ってもらいたい」という想いを抱き、それをこの先の活動にしようと決めていました。その一環として、昨年、日本酒や焼酎など日本のお酒を扱う会社として「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」という自分の会社を立ち上げました。「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」は“お酒を造る会社”ではなく、お酒の素晴らしさや面白さ、魅力を多くの人々に知ってもらうための活動をする会社で、日本国内に限らず、国外も含めて、様々なイベントやPR活動を行っています。

――「CRAFT SAKE WEEK」もその活動のひとつということですね。

お酒と言えば、やはり冬なんです。お酒造りは一般的に、10月頃から3月、4月ぐらいまでの期間に行われて、夏場、秋前までは休むというサイクルになっています。そのため、冬場は造り手にとって忙しい時期ではありますが、だからこそ“冬”に、日本酒のイベントをやるというのは、面白いのではないかと考えました。

――開催時期を含め、「珍しい」と感じました。

普通に考えれば、造り手にとって今の時期は本当に忙しいので、なかなか協力を得るのは難しいのですが、だけど僕は、だからこそ「今ここでやる」ことに意味があるのではないかと思いました。日本だけではなく、日本に住む外国人の方や日本に来る外国人の方にも来てほしいと僕は思っています。「CRAFT SAKE WEEK」は“お酒を飲ませるイベント”ではなくて、“お酒のことについて理解してもらうイベント”だと考えています。だからこそ、蔵元も「毎日10蔵」と限定をしています。何十蔵が一度に集まって、お酒が何百本も並んで、それぞれが好きに飲んで、というスタイルの日本酒のイベントもありますが、ある程度お酒が強い人でも、たくさん飲むと最後まで覚えていないことも多いと思います。飲み過ぎると、何を飲んだか、どんな味だったかをどうしても忘れてしまいがちですし、最終的にどれが好みだったのかも忘れてしまうことが多いので、もしそのイベントで好みの日本酒、好きな日本酒に出会えたとしても、次につながらないことが多いように感じます。そのときだけで終わってしまうのではなく、自分の好きなものを見つけてもらって次につなげてもらいたいし、一つひとつの蔵の良さをちゃんと知って、お酒を味わってもらいたいと考えています。日本酒には約4000〜5000くらいの銘柄がありますが、多くの人は10銘柄も言えないと思います。

――わかります。自分も言えないかもしれませんし(苦笑)。

実は日本酒にはこれだけの銘柄があるので、少しずつ銘柄を覚えてもらって、食事に行ったときもその銘柄を指定して飲んでもえるようになればいいですね。ワインはそうなのに日本酒がそうじゃないのはすごく残念だなって想いもあるし、日本にはいい日本酒が数多くあるので、それをたくさんの人にわかってもらいたいと思っています。今回のイベントでは、利き酒師にも来てもらうので、そこで学んでもらえたらうれしいです。

――イベントで使用される器にもこだわりがあるようですね。

器もすべて美濃焼で焼いてもらいましたが、自分が「家で使いたい」、「本当にいいな」と思える器を使ってもらいたいという考えからです。また、料理も同様に食べ合わせの良さなどがあるはずなので、そのマリアージュというものもちゃんと楽しめるようにしています。

――今回のイベントでは、和食以外にもフレンチやイタリアンのレストランもグルメを提供していますね。

日本酒は日本食だけじゃなくて、他の国の食事でも十分に合うと思います。そういったことにこのイベントを通じて気づいてほしいと考えています。さらに、イベントには毎日、DJも入ります。日本酒というと、「年配の方々が飲むお酒」というイメージを持つ方も少なくありません。しかし、現在は蔵元、杜氏として若い人たちがどんどん活躍していて、モダンな造りをしている人たちが増えています。これからの20代、30代という層にも受け入れられるお酒ができていると思います。そういう観点から、現代のライフスタイルに合わせていくと、やはり音楽もあったほうが受け入れやすいと考えました。

――次につながる、みんなの普段の生活に日本酒が入っていく、そういう視点ということですね。

そこが一番です。重要なのは、このイベントをスタートにして、どれだけの人がどれだけ銘柄を覚えて、普段の生活の中で日本酒をもっと楽しめる環境をどうやって作れるかだと思います。イベントを通じて楽しんで学べる場になればいいなと思いますし、それが次につながっていくために必要なことだと考えています。この忙しい時期に多くの蔵元が協力してくれているのも、それをわかってくれているからだと思います。

――「CRAFT SAKE WEEK」には100の酒蔵が登場します。交渉も大変だったのではないかと思います。

先ほどもお話ししたように、僕は、個人的にこの6年半ずっと日本を旅していくなかで蔵元との関係値、つながりを作ってきました。実際には250を超える蔵に足を運び、自分の目で見てきました。今回声をかけた蔵元には、当然、すべて訪問していますし、いわゆる関係値があるところが多いので、蔵元のみんなも快く協力をしてくれました。今回は毎日テーマを決めてやっているので、その日程を合わせるのは少し大変なところもありましたが、そうやってテーマを持つことによって、横のつながりがあるところを連れてくることができるとか、もっと、よりわかりやすく、みんなのイメージに落とし込めるようにする部分は工夫したかったので、大変だったと言えば、そこが少し苦労した点ですかね。

――先ほどのお話しにも出ましたが、「日本酒と洋食は合わない」という印象を持つ人も多いかと思います。

たとえば、ビールは何を食べるときにも飲む人は多いですし、ワインやシャンパンもなんにでも合うと思います。僕が今挙げたものは何かというと、「醸造酒」なんです。そして、日本酒も醸造酒です。世界中には蒸留されているお酒もたくさんあります。蒸留酒は食事のときにはあまり飲まないお酒です。食事に合うのは醸造酒がほとんどだと思います。この話からすれば、日本酒が洋食に合わない理屈がないじゃないかと思います(笑)。基本的に醸造酒は食事中に飲めるものが多いので、そう考えると日本酒が合わないわけがありませんよね。ただ、合わせ方を知らなかったり、やったことがないというのが実情だと思います。そもそも昔は、日本食のときにワインはあまり飲みませんでしたが、今ではワインが当たり前に飲まれるようになってきたと思います。しかし、ワインもそこに至るまでには時間がかかったと思いますし、日本酒も同様に少し時間はかかるかもしれませんが、このイベントを通じて少しでも多くの人に知ってもらいたいと思います。

――今回のイベントには、めったに予約の取れない名店やイベントには出店しないようなレストランが参加しています。プレミア出店となる5つの店舗について、本イベントに対する共感や、参加のきっかけについてはどう考えていますか?

一番は僕の個人的なつながりが強いというのもあると思います (笑)。やっぱり僕が大好きなレストランにお願いしていますし、彼らも僕の考えに共感してくれているということがあると思います。僕はものをアピールしたり売ったりしているつもりはなくて、日本酒や焼酎という文化を作ろうと考えています。それが僕の想いです。当然ですが、料理人の方はみんな日本酒や焼酎に興味をお持ちです。彼らだって、食べ合わせや飲み合わせなど、いろんなことを勉強していきたいと考えていると思います。今は世界的に、日本酒も和食屋さんだけじゃなくて、たとえばフレンチのお店でも普通に出てくるようになっているので、そういった意味でも、多くの人が今、日本酒や焼酎に、日本だけじゃなく世界中で興味を持っていると思います。今回出展していただいたお店はとても協力的で、感謝しています。あとはやっぱり、一流の酒には一流のレストランに出てもらわないと(笑)。当然、一流の建築家に頼んで会場を設計してもらいたいし、一流のDJに頼んで音楽を担当してもらいたいし、それは“いいものはいいもの”ということを共有する仕組み、環境を作ることが大事なので、器にもこだわれば、すべてにこだわってやる、そういう考えですね。

――もともとワインに造詣の深いことで知られていた中田さんですが、日本酒にほれ込んだ、あらためて魅力を感じたきっかけについて教えてください。ずばり、「中田英寿が日本酒を愛する」理由とは?

おっしゃるとおり、もともとイタリアにいたので(笑)。イタリアのワイナリーにもよく行っていましたし、いまでもイタリアのワインを一番知っていると思います。しかし、ワインも日本酒も「醸造酒」なんですよ。だから、造り方がすごく似ています。全国を回って蔵元に行き始めたころは、蔵の見学をしていても、最初は当然、わからないこともありましたけど、過程を見て聞いていくと、ワインとすごく似ているなと感じました。逆に言えば、ワインの知識が多少なりともあったからこそ、日本酒を早く理解できて入り込めたのだと思います。食事のときとかに「これが合うんじゃない」、「これがいいんじゃない」ってアドバイスすると、みんながすごく喜んでくれるので、それを見ているのが楽しいですね。また、日本人として、知っていたほうがいい文化のひとつだと思っていますし、“多くの人に喜んでもらえる”ことがハマったきっかけだと思います。

――白ワインのように飲める、軽い口当たりの銘柄や、“スパークリング日本酒”、“フルーティーな香り”とったような、気軽に楽しめるテイストの日本酒が増え、近年は女性の日本酒ファンも増加しています。これから日本酒に触れる女性に、お酒を選ぶポイントやおすすめの日本酒はありますか?

今は、若い造り手がすごく増えてきていて、実際に、いわゆる昔の「重厚な日本酒」だったり、「強い日本酒」だったり、「淡麗辛口の日本酒」だけでなく、もっとなめらかで、甘味も少しあって、フルーティーな感じでキレがいい日本酒もすごく増えてきています。若い造り手は「モダンな造り」をしているのだと思います。だから、逆に、何歳くらいの人が造っているかを調べながら選んでも面白いと思います。また、度数が低いものも増えていますし、発泡酒も多くなっています。お酒のイベントをやると、「年配の方」が多いというというイメージもあるかと思いますけど、実際に日本酒のイベントに行くと、20代、30代の女性がすごく多いですね。

――2015年4月には、ミラノ・サローネで日本酒バー「Sakenomy」を開催されました。日本酒を初めて口にする外国人の方も多かったと思いますが、実際にはどのようなリアクションが多いのでしょうか?

まず日本酒のことを知らないし、どういうものからできているのかを知らない人もたくさんいるので、どういった日本酒を持っていくのかということを意識しました。もともとの醸造のつながりもあるので、受け入れられるのは早かったと思います。ただし、日本酒の知識があまりないので、どうやって選んだらいいのかがわからないでしょうし、当然、ラベルは日本語なので読めません。そういったこともあって僕は「Sakenomy」というアプリを作ったのですが、あのアプリがあれば、写真を撮っていくと、そのまま英語で出てきたりするので、この先、全世界の言葉に対応して、みんながわかって自分の好きな一本を選べるというような状態を作りたいと考えています。

――今回、来場者に配布されるグラス、美濃焼のお猪口も厳選されています。日本酒を楽しむ上で、酒器はどのような役割を果たしているでしょうか。

酒器の存在はとても大きいと思います。食事でもそうですけど、たとえば「日本食」というと、「器の上の食べるもの」が日本食だと思っている場合が多いと思います。しかし文化としては、器もあって、それに合わせる飲み物もあってという、そういったものが全部で一つだと思っています。日本酒も、お猪口だったり、升だったりっていう器はありますが、海外では和食屋さんでしか出ないことが多いように思います。海外でも使いやすいグラスとか、もう少し香りや熟成も楽しめるような形の器とか、それは本当にいままでの焼き物だとしても、漆だとしても、ガラスだとしても、そういった形のものが必要になってくるのかなと感じています。そして先日、僕がやっているプロジェクトの一環として日本酒セラーの開発も発表させていただきました。ワインも、ワインセラーがなかったら世界中でここまで広まっていないと思います。どの温度でどうやって管理していいかわかりませんし、しっかりと正しい管理をすることで長く良い状態が保てるようになると思います。日本酒は「早飲みですぐに飲まないといけない」というイメージがあると思いますが、きちんと管理すれば何年も持つものなんです。当然、商品によって違いはありますが、器だったりセラーだったり、お酒をより楽しめるものを作っていかないといけないと思います。僕はお酒を造ることはできませんが、アプリを含めてお酒を楽しむためのものを作っていきたいと思っています。今回のイベントをもそうですが、どうやってより多くの人に楽しんでもらえるか、どうやって楽しむための知識を得られる場を作れるか、国内も海外も含めて、いま一番足りないのは情報と知識だと考えています。そこにしっかりとアプローチしていけば、まだまだ大きい可能性があると思います。

――造り手の味覚も変わってきていると思いますか?

今という時代に合わせて味覚が変わっていけば、当然、飲み物も変わると思います。昔と今では、少なからず食べるものも変わってきていますし、飲み物も少しずつ変わっていくということが自然なんだと思います。とはいえ、僕たちは昔ながらのものも食べますし、当然、昔ながらのお酒もあっていいと思います。

――わかりやすいですね。ちなみに、ご自身が取り組まれている、日本の伝統文化の発信、日本酒などの食文化を通じて今後の活動の構想について教えてください。

日本酒の価値を国内だけではなく、世界も含めて発信していけるような活動を行っていきたいと思っています。それはイベントもあれば、情報発信の仕方もあるので、そういったことを継続的に国内・海外含めてやっていくことが何より大事だと思います。伝統工芸に関しても同様なのですが、やっぱり、いかに多くの人にその価値をよりわかってもらえるかが大切であると感じています。ただ、文化とは、何かを一回やることで変わるものではありませんし、継続して長年やり続けていくことで、僕が生きている間に何か少しでも変えられればいいなと感じています。すぐに何かが変わるということではなく、継続的にやっていくことで、将来的に、世界中の和食レストランで必ず和食器が使われているとか、世界中でワインのように日本酒が飲まれるような状況になっているとか、そういうことが実現したら、やって良かったなと思うかもしれないですね。

――日本酒の魅力を世界に、日本の良いもの・価値を世界に向けて発信、届けようとするご自身の活動は、サッカー選手としてのキャリアで感じたこと、サッカー選手時代の経験にリンクしている部分はありますか?

サッカーもすごく好きでやっていて、いわゆる「仕事」としてやっていたことっていうのはないんですよ。自分は、サッカーが好きで、その想いがあったからやっていただけですね。今やっているような、お酒とか伝統工芸の魅力を伝えることも、好きだからやっているだけであって、これが仕事だと思ってやっているつもりは全くないんです。仕事でやっていたら、たぶん、こういったイベントはできないと思います。僕にはその想いがあって、逆に言うと、最初に僕がこう、「じゃあイタリアに行きます」と言ったときに、「ああ、無茶やってるな」と思った人も多いと思います。しかし、僕はただ好きでやっているだけだから、当然、「やれる」と思って行っているし、今回のイベントにしても、普通に考えると「すごく無茶だな」と思われるかもしれませんが、やれば絶対にできるし、いいものは認められると考えています。

――なるほど。想い、シンプルな理由なんですね。

今回のイベントにしても、「こういうふうにやるから、こういう原価で、こういうふうにやっていく」というシステムは作ります。ですが、どれくらい儲かったかどうかではなく、自分がいいと思うものをどれだけの人に信じてもらえるか、それがみんなに理解されるのかが大切だと考えています。それは、サッカーでいいプレーをして認められるのと同じだと思います。

――では、最後に、来場者へのメッセージをお願いします。

楽しみ方は千差万別なので、たとえば、お酒が好きで来る方もいれば、料理が好きで来る方もいれば、DJが好きで来る方もいれば……本当になんでもいいと思います。重要なのは、楽しい空間がそこに広がっていて、それが連鎖することだと思います。お酒を少しでも理解してもらいたいと願っています。とはいえ、理解してもらうっていうのは一方通行だけではだめで、訪れた人が「楽しみたい」と思う環境をどう作るかだと思います。楽しみ方は人それぞれ。ただし、食事にしても、日本酒にしても、音楽にしても、会場にしても、僕の中では一流を集めたつもりなので、どこから入ってきてもすべてを楽しめると思います。

「CRAFT SAKE WEEK」は2月14日(日)まで開催中。中田氏が「一流を集めた」という”空間”をぜひ堪能してみてほしい。

OneNews編集長

編集者/KKベストセラーズで『Street JACK』などファッション誌の編集者として活動し、その後、株式会社フロムワンで雑誌『ワールドサッカーキング』、Webメディア『サッカーキング』 編集長を務めた。現在は株式会社KADOKAWAに所属。『ウォーカープラス』編集長を卒業後、動画の領域でウォーカー、レタスクラブ、ザテレビジョン、ダ・ヴィンチを担当。2022年3月に無料のプレスリリース配信サービス「PressWalker」をスタートし、同年9月、「OneNews」創刊編集長に就任。

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