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W杯予選に世界で初めて出場した“トランスジェンダー”の選手、ジャイア・サエルア「ありのままで」

浅野祐介OneNews編集長

彼、いや彼女の初来日のきっかけは、Facebookに届いたメッセージだった。

2002年日韓ワールドカップのオセアニア予選で、オーストラリア代表に0-31で敗れ、10年以上もFIFAランクで最下位に位置していたアメリカ領サモア代表チーム。アマチュアの選手たちとオランダ人の熱血監督で構成される“世界最弱”チームが、昨年開催されたブラジル・ワールドカップ予選で念願の初勝利を目指す。その姿に追った映画『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』に、アメリカ領サモア代表の一人として登場するのが、今回、初来日を果たしたジャイヤ・サエルア選手だ。

ワールドカップ予選に世界で初めて出場した“トランスジェンダー”(第三の性)の選手、ジャイヤ・サエルアに話を聞いた。

――来日のきっかけになったオファーがFacebook経由とうかがいました。来日しようと思った理由を教えてもらえますか?

よくご存じですね(笑)。はい、Facebookがきっかけでした。最初はメッセージがスパムフォルダに入ってしまっていたんですが、時々ファンからのメッセージも紛れてしまうことがあるので、普段からスパムフォルダもチェックするようにしていて、メッセージに気づきました。『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』(以下、ネクスト・ゴール!)の監督から「日本に行きたいか?」と聞かれて「もちろん!」と即答でした。訪れたことのない国でしたし、日本の女子代表チームがとても好きだからです。アメリカ領サモアは小さい国なので、日本の女子代表が、最初は強豪国ではなかったけど、強くなってワールドカップで優勝するのを見て、非常に共感を覚えています。

――好きな選手、知っている日本人選手はいますか?

試合はたくさん見ていますが、外国語の選手の名前はなかなか覚えられなくて……。でも、川澄(奈穂美)選手の名前は憶えています。

――他に好きなサッカー選手はいますか?

女子では、アメリカのアビー・ワンバック選手とブラジルのマルタ選手が好きです。アビー選手の前は、ミア・ハム選手がとても好きで、私は彼女のプレーを見て育ちました。男子なら、“私の夫”である(笑)、クリスティアーノ・ロナウド選手はもちろん、ハメス・ロドリゲス選手。それから、アメリカのティム・ハワード選手、オーストラリア代表のティム・ケーヒル選手も好きです。ケーヒル選手は『ネクスト・ゴール!』をニューヨークのトライベッカ映画祭に家族で見にきてくれて、そのときに話をすることができました。サモアにルーツを持っている点でも好きな選手です。

――ジャイアさんは、いつごろから女性として生活なさっているんですか? サッカーを始める前ですか?

自分の中に、女性的な部分がより多いと気づいたのは8歳か9歳のときです。高校生になるとまつ毛をカールさせたり足の手入れをしたりするようになって、大学に入ってからレディースの服を着るようになりました。ハワイに移住してからはホルモン治療を受け始めました。きっかけという意味では、自分は女兄弟や、女の子と遊んでいるのが楽しいと気づいたことですね。いとこの男の子はよく外に出てアメフトをしていましたが、自分は家の中で人形遊びをしていました。

――男性のチームでサッカーをするにあたって、やりづらいこと、逆にやりやすいことはありますか?

どちらも特にありませんし、あったとしても非常に小さいことしか感じません。唯一、悩みと言えるのは、他の国に遠征に行ったときですね。アメリカ領サモアと他の地域では、トランスジェンダー(第三の性)に対する理解に少し差があるということです。ほとんどの面で、代表レベルの男子チームでプレーするのは、とてもやりやすいと感じています。チームメートも、ピッチ外では妹のように大切に扱ってくれますし、ピッチの中ではチームのために全力でプレーするのが自分の仕事だと思っていますから、トランスジェンダーであることは考えないでいます。ユニフォームを着ているときは、家族やアメリカ領サモアを代表してプレーしています。

――アメリカ領サモア代表として活躍されていますが、ワールドカップ予選など、世界の舞台はいかがでしたか?

サッカーは単なる趣味ではなく、若いときから、とても情熱を持ってプレーしていました。より高いレベルでプレーしたいと思っていましたし、アメリカ領サモアの代表に入ることが夢だったので、その夢に向かってとても努力をしました。自分を支えてくれた家族や地域の人たちのためにプレーしようと考えていましたし、その理由は、トランスジェンダーである自分のことを受け入れてくれる文化があったからです。他の人と同じようなチャンスを与えてもらえたと思いますし、自分自身でそのチャンスをつかんだと思います。自分の力を最大限生かすように努力しましたし、世界の人たちに自分のことをもっと知ってほしいという思いもありました。私のようなトランスジェンダーについて、今は世界の人たちがより深く学んでいるプロセスの途中だと思います。

――映画を通じてサッカーの魅力、アメリカ領サモアの文化や、ジャイヤさんのようなトランスジェンダーの存在が世界に知られていくと思います。

映画については、とても誇りに思っています。これだけ世界で多くの人たちに見てもらうことができて、サッカーファンではなくても、この映画を見てたくさんのことを学べると思います。それは、より良い人間になること、他の人を、そのまま、ありのままで受け入れるということです。人間が保守的であっていいのは、その人の人生を守ることに対してだけだと思います。すべての人生が尊いものだと思いますし、人間はともに成長していくことが大事だと思っています。

――チームメートやアメリカ領サモアの方々など、映画について周囲からはどんな反応がありましたか?

トライベッカ映画祭で上映されるまでは、1500人くらいのお客さんしか入らない会場でしたが、映画祭以降はロサンゼルスでも上映されて、そのときは私も映画を見て泣きましたし、思わず自分にエールを送ってしまいました(笑)。初勝利を収めたトンガ戦とか、サモア独立国に負けた試合とか、そういった出来事をもう一度体験しているようでした。この映画が世界中でたくさんの人の話題になって、アメリカ領サモアが知られるようになって、とても良かったと思っています。

――トーマス・ロンゲン監督との出会いはアメリカ領サモアにとってどのような意味がありましたか?

トーマス監督が就任する前にも白人のコーチが何人も指揮を執りましたが、どのコーチもアメリカ領サモアのチームとしての成長や選手の成長を考えていなかったように思います。ただ自分の仕事をこなして、終わったら去っていく、そういう感じでした。でも、トーマス監督は本当にたくさんのことをもたらしてくれました。選手としての可能性をちゃんと見てくれましたし、スポーツを通じて選手一人ひとりを成長させたいという気持ちを示してくれました。それまでの私たちはいつも試合で負けていて、自分たちは“敗者”だと考えるようになっていましたが、そういったメンタルも彼は見抜いていて、食事のプランを変えることや、フィジカルを向上させることも真剣に考えてくれて、チームとしても私たちをとても大切にしてくれました。彼のおかげで、アメリカ領サモアは大きく成長したと思います。

――今後の選手としての展望と、ジャイヤさんが今後どう生きていきたいかという部分を教えていただけますか?

短期的な目標ですが、今年で代表選手としてプレーするのは最後になると思います。これからワールドカップ予選があって、オリンピック予選やサウスパシフィック予選がありますが、それが終わったら協会に関わる仕事をしたいと考えています。サッカー協会と一緒に、若い選手の育成であったり、アメリカ領サモアでのスポーツへの関心をもっと高める活動をしたいと思います。それから、オセアニア全体でトランスジェンダーのアスリートをもっと受け入れる体制づくりに関わりたいです。そして将来の希望としては、FIFAのアンバサダーになりたいと思っています。

――これから日本でこの映画を見る人に向けて、見どころやメッセージをいただけますか。

まず一番伝えたいことは、ぜひ映画祭にきて映画を見てほしいということです。見れば必ず楽しめる映画だと思いますし、サッカーファンでなくてもたくさん楽しめる作品です。好きなシーンはワールドカップ予選でチームがどんどん真剣味を増していくところ。本当に誰が見ても楽しめると思いますし、それを自分の目で見て確かめてほしいです。DVDも出ていますし、ぜひ見る機会を作ってほしいですね。

――ありがとうございます。では、最後の質問です。初めての日本はいかがですか? そばを食べられていましたが、味はいかがでしたか?

海老のてんぷらそばを食べました。創業100年のお店でしたけど、麺は100年たってないですよね(笑)? 

日本、東京はロンドンとニューヨークが混ざったようで、とても素敵です。

来日直後にもかかわらず、こちらには疲れを感じさせず、インタビューが終わると「Facebookで友達になりましょう!」と気さくな笑顔。人を惹きつける不思議な魅力を持った人物だ。ジャイヤ・サエルア選手の“ありのまま”の姿を、この映画で感じてほしい。

OneNews編集長

編集者/KKベストセラーズで『Street JACK』などファッション誌の編集者として活動し、その後、株式会社フロムワンで雑誌『ワールドサッカーキング』、Webメディア『サッカーキング』 編集長を務めた。現在は株式会社KADOKAWAに所属。『ウォーカープラス』編集長を卒業後、動画の領域でウォーカー、レタスクラブ、ザテレビジョン、ダ・ヴィンチを担当。2022年3月に無料のプレスリリース配信サービス「PressWalker」をスタートし、同年9月、「OneNews」創刊編集長に就任。

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