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OSIRIS-REx、小惑星ベンヌの物質を携えて帰還 その成果と「はやぶさ2」との関係は?

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
着陸したサンプルカプセルに近づく回収チーム。出典:NASA TV

2023年9月24日、NASAとアリゾナ大学が運用する小惑星探査機「OSIRIS-REx(オサイリス・レックスまたはオシリス・レックス)」が地球に帰還、2020年10月に小惑星「Bennu(ベンヌまたはベヌー)」から採取した小惑星表面の物質が入ったカプセルを放出した。米国初の小惑星サンプルリターンミッションが持ち帰ったカプセルは9月24日午前10時52分(米国東部夏時間)ユタ州の砂漠地帯に着陸し、探査機チームが回収にあたっている。

OSIRIS-RExは小惑星から表面の物質を採取して持ち帰るというサンプルリターンミッションであること、対象が「炭素質コンドライト」という水や有機物を始原的な小惑星であることなど、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」と共通点が多い。はやぶさ2チームとは相互に協力する関係にあり、お互いの小惑星サンプルを交換して研究することになっている。関係の深い2つの小惑星探査機だが、小惑星リュウグウとベンヌには、見た目の相似だけではない大きな違いと謎がある。

OSIRIS-RExのミッションイメージ。(C)NASA/Goddard/University of Arizona
OSIRIS-RExのミッションイメージ。(C)NASA/Goddard/University of Arizona

OSIRIS-RExミッションのこれまで

OSIRIS-REx(The Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security-Regolith Explorer)」は、冥王星を探査した「ニュー・ホライズンズ」、木星探査機「ジュノー」に次ぐNASAのニュー・フロンティア計画の3番目の計画として、2016年9月に打ち上げられた小惑星探査機。日本のはやぶさ2が小惑星リュウグウに到着したのと同じ2018年12月に小惑星ベンヌに到着し、2020年10月にベンヌから表面物質のサンプル採取に成功した。2021年まで小惑星の観測を続けて地球への帰還を開始した。2023年の地球帰還の際ははやぶさ2と同様にサンプルの入ったカプセルだけを地球に向けて放出し、小惑星探査機本体は「OSIRIS-APEX」と名前を変えて2029年に地球近傍小惑星「アポフィス」の探査を行うため地球を離れる。

打ち上げ前のOSIRIS-REx。Image Credit: NASA/Glenn Benson
打ち上げ前のOSIRIS-REx。Image Credit: NASA/Glenn Benson

探査の対象となる小惑星ベンヌは、リュウグウと同様に地球近傍小惑星と呼ばれる地球に接近する可能性のある天体。直径はおよそ500メートルで、約4.3時間で自転している。OSIRIS-RExミッションの開始にあたって名前が募集され、エジプト神話に登場する自分自身を再生する鳥の姿の神にちなんでベンヌと名付けられた。表面で反射する光の分析結果から、リュウグウの「C型」に近く、より青みがかかった「B型」という分類となっている。B型小惑星には、小惑星帯最大の小惑星「パラス」がある。

2018年にはやぶさ2、OSIRIS-RExが相次いで目標の小惑星に接近したとき、「間違えて同じ小惑星に行ってしまったのでは?」という冗談が日米のチームから聞かれたというほど、リュウグウとベンヌは形状がよく似ている。どちらもコマ型と言われる、そろばん玉やダイヤモンドのような赤道付近が膨らんだ形状で、炭素を含む物質を反映して暗い色をしている。表面は「ボルダー」と呼ばれる岩塊で覆われ、「ラブルパイル天体」と呼ばれるがれきが集まった天体と考えられている。ベンヌのほうが表面の岩塊の明るさがリュウグウよりも多様であることが観測でわかっている。

2018年12月2日にOSIRIS-RExが撮影した小惑星ベンヌ。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona
2018年12月2日にOSIRIS-RExが撮影した小惑星ベンヌ。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona

2018年8月31日に「はやぶさ2」が撮影した小惑星リュウグウ。クレジット:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研
2018年8月31日に「はやぶさ2」が撮影した小惑星リュウグウ。クレジット:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研

画像では区別がつきにくいほど似ている2つの小惑星だが、ベンヌにはリュウグウにはない大きな違いがあった。「活動的小惑星」と呼ばれ、表面から宇宙空間へ粒子を放出している現象が見られるのだ。まるで彗星のような粒子の放出は1996年に発見された彗星と小惑星の両方の特徴を持つ天体「エルスト・ピサロ」などに見られる活動だ。もしも過去にベンヌが放出した物質が宇宙に残っていれば、毎年9月23日ごろに流星群が見られる可能性さえある量だという。

2019年1月19日にOSIRIS-RExが観測したベンヌからの粒子放出。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona/Lockheed Martin
2019年1月19日にOSIRIS-RExが観測したベンヌからの粒子放出。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona/Lockheed Martin

ベンヌを特徴づける放出活動だが、その原因として表面への天体衝突、氷の昇華、岩石に含まれた水の脱水、温度変化の繰り返しによる表面の破壊などが挙げられているがまだ不明な点も多い。

2019年1月6日と1月19日、2月11日にOSIRIS-RExはベンヌからの粒子の放出現象を観測、撮影することに成功した。それぞれ100個ほど観測された粒子は1個あたりの直径が1~8センチメートルほどと考えられており、太陽の高度をもとにした現地時間で15時から18時ごろの「午後遅く」に発生していた。

ベンヌから放出されたセンチメートルサイズの砂や岩石は、またベンヌの表面に落下し、隕石衝突などのきっかけでまた放出され……ということを繰り返していると考えられている。OSIRIS-RExはこうしたセンチメートルサイズの岩石を採取する目標で設計されている。2018年末、直径2センチメートル未満の岩石を採取するための目標地点選定が始まった。4カ所の候補地は鳥にちなんで「ナイチンゲール(サヨナキドリ)」「オスプレイ(ミサゴ)」「サンドパイパー(イソシギ)」「キングフィッシャー(カワセミ)」と命名され、探査機の安全とターゲットとなる岩石の多さを考慮して2019年12月に「ナイチンゲール」地点がターゲットとなった。

OSIRIS-RExのチームは、ボルダーが多く探査機にとって危険なベンヌの地形に苦しめられた。着陸可能なエリアは想定の10分の1程度の広さしかなく、直径わずか16メートル程度の安全な場所に降りるしかなかった。はやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャによれば、2019年11月に米国で開催された日米共同のワークショップでは、小惑星リュウグウへ2回のピンポイント着陸を達成していたはやぶさ2チームに対して質問が相次ぎ、はやぶさ2の持つ着陸用の目印となった「ターゲットマーカが欲しい」という声も上がったという。

2020年10月20日、OSIRIS-RExは「タッチ・アンド・ゴー・サンプル採取装置(TAGSAM)」による1度きりのサンプル採取を行った。TAGSAMはアームの先端に円形の採取装置が取り付けられた形状をしている。掃除機のような外観だが、物質を吸い込むのではなく、窒素ガスを噴射して舞い上げられた物質をキャッチする方式となっている。サンプル採取時の映像では、TAGSAMの先端がベンヌの表面に触れたとたんにさまざまなサイズの粒子が大量に舞い散る様子が捉えられており、はやぶさ2がリュウグウ表面にプロジェクタイルを打ち込んだ際の「花吹雪」にも似ている。

OSIRIS-RExの着陸地点には採取時に岩石が巻き上げられクレーターができた。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona
OSIRIS-RExの着陸地点には採取時に岩石が巻き上げられクレーターができた。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona

着陸精度は目標地点から73センチメートル以内。ナイチンゲール地点には、『指輪物語』に登場する「滅びの山」にちなんで名付けられた探査機にとって危険な岩塊もある中で、十分な精度でサンプル採取ミッションを成功させた。採取量は目標の60グラムに対して250グラム以上と、大量すぎて一時はサンプル格納コンテナの蓋が閉まらないことも懸念されたほどの量を獲得することができた。

地球帰還に向けたサンプル収納の様子。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona/Lockheed Martin
地球帰還に向けたサンプル収納の様子。Credit: NASA/Goddard/University of Arizona/Lockheed Martin

さらに約半年の観測を続けた後、OSIRIS-RExは2021年5月10日に小惑星ベンヌを出発し、2年4カ月かけて地球へと帰還した。ベンヌのサンプルを収めたカプセルは探査機本体から分離され、ユタ州西部の砂漠地帯へと着陸。OSIRIS-REx本体は、2029年に地球から約3万2000キロメートルと静止軌道よりも内側に接近する可能性がある小惑星アポフィスを探査する後期ミッションのため、地球を離れて新たな旅に出ている。

小惑星ベンヌとリュウグウを分けるもの

小惑星ベンヌは、小惑星リュウグウと同様に45億年前の太陽系初期に太陽系の外縁部で水を大量に持つ微惑星から生まれたと考えられている。微惑星はいったん破壊されて直径約100キロメートルの母天体となり、さらにその破片が集積して現在のベンヌになったというシナリオだ。ここまではリュウグウとも共通の歴史で、水の作用で形成された岩石ははやぶさ2から持ち帰ったリュウグウの物質にも含まれている。

一方で、ベンヌはリュウグウよりも水が多く存在する可能性がある。リュウグウのサンプルからはすでに液体の水が見つかっており、リュウグウにも確かに水が存在する。しかしリュウグウのほうが水の量は少ないと考えられ、この違いが2つの小惑星の大きな差、表面からの粒子の放出という活動の有無の違いにつながっている可能性がある。

ベンヌの粒子放出のメカニズムに関する複数の仮説の中で、「温度変化による岩石表面の破壊」「層状ケイ酸塩(フィロシリケート)からの脱水による揮発性物質の放出」「天体の衝突」の3つが最も可能性が高いと考えられている。粘土質の鉱物で水を多く含む層状ケイ酸塩は、ナイチンゲールサイトで採取されたサンプルに豊富に含まれているとみられ、はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウのサンプルに含まれる層状ケイ酸塩と、OSIRIS-RExのベンヌのサンプルを比較することで、活動的小惑星とそうではない小惑星を分ける鍵が見つかるという期待がある。また、宇宙への水の放出という現象は地球の水の由来と関わっている可能性もあり、地球の水や有機物の解明にも役立つ。

ベンヌとリュウグウの比較だけでなく、2024年度に打ち上げが計画されている日本の小惑星探査計画「DESTINY+(デスティニー・プラス)」との関連も注目される。DESTINY+の目標で、毎年12月に見られるふたご座流星群の母天体となっている小惑星「フェートン」は、ベンヌと同様に宇宙空間へダストを放出している活動的小惑星だ。ベンヌのサンプルから得られた知見は、謎の多いフェートンの解明に役立つとも期待される。

OSIRIS-RExとはやぶさ2が持ち帰った小惑星のサンプルは、お互いに交換し世界の科学者とも共有、分析されるだけではなく、将来のより高度な分析技術の実現まで真空環境で保存されるという点でも共通している。ベンヌとリュウグウの新たな知見がさらに積み重なっていくことになる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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