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ロケット打ち上げで種子島の人流は増えるのか? データを可視化してみた

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
2021年3月に行われたH3極低温点検 Credit:JAXA

2023年2月13日、JAXAと三菱重工業が開発してきた日本の基幹ロケットの新型機、「H3」初号機が打ち上げられる。およそ20年に1度という、新型ロケットの初打ち上げに向けて2022年末から、ある「戦い」が始まっていた。取材メディアやロケット見学者による凄まじい宿泊施設の取り合いである。JAXAが正式な打ち上げ日を発表する前、見込み日が報道された日のうちにホテル・旅館・民宿の予約は全滅。カプセルホテルも、比較的高価なリゾートホテルも全て予約でいっぱいになった。

種子島の宿泊予約は取材者にとって悩みの種である。ロケット打ち上げは不定期で、日程の発表は直前であることが多く、季節も決まっていない。2010年ごろまでは漁業との調整のため盛夏または真冬に限られていたが、現在は通年で打ち上げが可能になった。日本の宇宙開発の発展には喜ばしいことだが、不定期にいつ起きるかわからないイベントに向けて宿泊施設を新設することは、事業者にとっては難しいことだろう。かといって、6日おきにロケットを打ち上げたスペースXのようにハイペースに需要が増えるわけでもない。決して多くないホテルはあっという間に埋まってしまい、キャンプや中古住宅の買い取りを計画した猛者までいる。

中には種子島宇宙センターに近い、関係者がよく利用する宿の予約状況をウォッチして打ち上げ日を予測するという「裏ワザ」もささやかれている。裏ワザの核は、「発表前に打ち上げ日を予測する」というところにある。打ち上げに伴って変化が現れる何らかの活動を測ることができれば、予測できる可能性がある。ここにヤフーが提供するデータを利用できないだろうか? 「打ち上げ日予測」を将来のゴールとして、まずは種子島の人流の増減がロケット打ち上げに関連するのかを調べてみたい。

種子島宇宙センターはどんなところ? 歴史と地理

種子島宇宙センター Credit:JAXA
種子島宇宙センター Credit:JAXA

まずは打ち上げ射場である種子島宇宙センター(TNSC)についておさらいしよう。TNSCは鹿児島の南、種子島東南端の海岸に面した場所にある。1975年に日本の液体ロケット「N-1」1号機で技術試験衛星「きく1号」を打ち上げて以来、最新のH3まで国産大型液体ロケットによる人工衛星打ち上げを担ってきた。一方、日本初の人工衛星「おおすみ」を搭載したラムダ4Sロケットから現在のイプシロンにいたるまで、固体ロケットの打ち上げは鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所(USC)で行っている。

種子島周辺は漁業が盛んな海域でもある。ロケット打ち上げの際は飛行路下の海域への立ち入り制限があることから、漁業との調整のためかつては打ち上げ時期を夏季の7月22日から9月末まで、冬季の1、2月と年間190日に限定していた。2010年にこの制限が撤廃され、通年で打ち上げが可能になった。これにより日本での打ち上げ機会を増やすことが可能になり、海外の商業衛星の打ち上げ受注も期待された。しかし実際には平均で年に2、3回ほどが平常ペースで、その間にスペースXの「ファルコン9」がロケット再使用による高頻度打ち上げを実現し、大型静止衛星の打ち上げなどをさらっていってしまった。スペースXほどとはいかなくても、年に10~12回程度の打ち上げを実施している欧州のアリアンスペースほどの頻度が実現できれば、種子島の宿泊施設もロケット需要を見込んで増やせるのではないかと思えるが、射場整備や機体輸送などの制約からまだそうはいかないようだ。

種子島宇宙センター Credit:JAXA
種子島宇宙センター Credit:JAXA

そもそもなぜ種子島からロケットを打ち上げるのか。それは、南側と東側に海が開けていて、さらに日本の中では低緯度に位置するからだ。通信衛星や気象衛星など大型の静止衛星を打ち上げる場合、低緯度で東側に向かってロケットが飛行すれば赤道に近く、地球の自転を加速に利用できるために推進剤を最大限活かすことができ、より大型の衛星を軌道に投入できる。南北方向の軌道を周回する地球観測衛星の場合でも、南側が海に開けていれば陸地を避けて飛行する必要があまりなく、推進剤を目一杯加速に使える。東側と南側、2方向に海が開けている種子島は、世界のロケット射場の中でも好条件の場所なのだ。

その種子島から初飛行を待つH3初号機には、地球観測衛星「だいち3号」が搭載される。2006年から2011年まで活躍した「だいち」シリーズの3号機で、可視光を中心に観測する光学地球観測衛星だ。解像度は80センチメートルと、日本の光学衛星として初めて1メートル以下の性能を持ち、地図作成から防災、農林水産業に活躍する。続いて2023年内には合成開口レーダ(SAR)で天候に左右されることなく地表を観測できる衛星「だいち4号」も打ち上げ予定だ。

種子島宇宙センターの住所は、島の南側の南種子町。南種子町の中心街から直線距離でおよそ7キロメートルのところにある。外から島に入る場合は、島の中心の中種子町にある種子島空港または、北側の西之表市に発着する高速船などがある。公共交通機関はバスまたはタクシーのためで、レンタカーなどの自動車移動が中心だ。打ち上げ時にロケットを見学できる場所では、射場を見下ろす丘の上の恵美之江展望公園、芝生が整備された長谷公園がある。

H-IIA、H3ロケットの機体は愛知県の三菱重工業飛島工場で生産されて、海路で運搬される。人工衛星も日本や世界の衛星メーカーから船で種子島へやってくる。衛星の種類によっても前後するが、おおむね打ち上げの1カ月前ごろには衛星やロケット機体が島に到着し、このあたりから「ロケット打ち上げ活動」が始まるとみなすことができる。

人流を調べてみた

半世紀近く、日本の射場として人工衛星を打ち上げてきた種子島は、ロケット打ち上げが重要な産業のひとつといえる。衛星や機体と共に島外から訪れる人も多く、打ち上げ期間中はTNSCの駐車場には、フェリーで愛車と共にやってきた関係者の県外ナンバーの自動車がずらりと並ぶ。これだけ活動が活発になれば、人の移動も増えると予想される。

人流のデータ抽出にはヤフーが提供するビッグデータ分析ツール「DS. INSIGHT」の「Place」機能を使用した。Place機能の解説によれば、住民・来訪者別の人流(人口推移)とは

【住民と来訪者の定義】

・住民:検索対象の市区町村内に住居があると推定される人の滞在人口

・来訪者:検索対象の市区町村以外に住居があると推定される人の滞在人口

※上記の定義につきましては、位置情報と滞在時間、滞在頻度、滞在時間帯などいくつかの基準から独自に推定(休日・夜間に長時間滞在しているなど)しています。 また、位置情報の利用許諾が得られているユーザーのみを対象としています。

ということになる。

今回は、おおむね南種子町をカバーするカスタムエリアを設定し 、2022年は種子島での打ち上げがなかったため2021年の1~3月期と2021年10~12月期の人流を抽出した 。

(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)
(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)

(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)
(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)

2021年には、10月26日に国産測位衛星「準天頂衛星初号機後継機(みちびき後継機)」と12月23日の英国の通信衛星「Inmarsat-6」打ち上げがあった。それぞれ、10月25日だった予定が1日延期、12月22日だった予定が23日に延期されているため、元の予定日と実際の打ち上げ日を「打ち上げ日」とみなすことにした。また、3月17日にはH3ロケットの初の射場試験である極低温点検が行われている。開発中のH3ロケットの機体全体を初めて組み立てて行われた試験であり、メディアにも公開された。打ち上げそのものではないがそれに準ずるイベントだ。

2021年10~12月の結果

人流(人口推移の推計値)をグラフ化してみると、打ち上げがあった10月26日、12月23日にはピークは小さいものの山ができている。人流の推移だけでは振れ幅が大きくてわかりにくいが、移動平均線(オレンジ色の破線)を見るとゆったりした山が見えるのがわかる。南種子町の人口はおよそ5400人弱で、ロケット打ち上げ活動以外の時期では4000~5000の間で推移しているところ、打ち上げ日のあたりで5000のラインを超えるといったところだ。調査した3カ月間の中ではもっとも人流が増加した状態になっている。

(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)
(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)

2021年1~3月の結果

人流をグラフでみるとH3ロケットの試験が行われた3月17日にかすかに山があるものの、全体的に1月以降は人が移動する活動が低下しているため、ピークを把握することが難しい。2021年のこの時期は、春の移動期に向けた新型コロナウイルス感染症の感染防止対策徹底期間にあたっていた。5月にはサーフィンの大会が中止されるなど多くの人が活動を自粛していた期間でもある。新型ロケットH3関連とはいえ打ち上げよりも関心の低い試験に対して、活発な人の往来があったわけではないようだ。

(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)
(提供:ヤフー・データソリューション|DS.INSIGHT)

ロケット打ち上げと種子島の人流との関係

2021年に2回行われた種子島でのロケット打ち上げと人流とをグラフ化してみると弱いとはいえ関連があるといえそうだ。ただし、打ち上げに準ずる活動であるH3の試験ではその前の1週間と比べれば増加傾向ではあるものの、ほかの要因のほうが勝っていて変化はほとんどみえない。そこで、打ち上げイベントと人流の変化の要因を考えてみよう。

ひとつは打ち上げの注目度だ。新型ロケットH3の初号機、2014年の小惑星探査機「はやぶさ2」打ち上げといった注目される場合ならば、内外の関係者やメディアの取材、ロケットファンなどが多く来島するだろう。これまでの例では、H3関連とはいえ、試験の場合は実際の打ち上げではないことなどから関心の度合いも異なり、集まる人の数にも差が出たのではないだろうか。今後では、H3初号機はもちろん月面着陸を目指す探査機「SLIM」や国際宇宙ステーション補給機の新型「HTV-X」初号機などであれば注目度が高くなりそうだ。一方で情報収集衛星などは告知もほとんどされないので関心度は下がるだろう。また打ち上げが夜間になる場合、親子連れの公園での見学などは少し減るかもしれない。

もう一つはサーフィンとの関連性だ。種子島は日本有数のサーフィンの名所で、秋以降のオンシーズンには多くのサーファーが訪れる。10~12月期に打ち上げの人流がそれほど目立たなかったのは、サーフィンのシーズンと重なったせいもあるかもしれない。一方で、2021年は行動制限の影響もあって5月のサーフィンの大会が中止になったことから、訪れていたのはコアなサーファーに限られるとみられる。

人流分析という手法を用いて、種子島でのロケット打ち上げに関連する人流の変化を分析し、やや希薄ではあるがロケットに関連して人流が増えているようだという感触を得た。人口約5400人の町で、かすかな変化を捉えられるかどうかと思ったが予想以上に感度は良さそうだ。ただし、打ち上げの注目度やサーフィン、観光など他の島の産業や活動にも影響されているといえそうだ。人流の中ではかなり小さいものの、明らかに打ち上げ関係者と思われる島外からの来訪者をより詳細に分析する、空港のある中種子町や高速船が発着し宿泊施設の多い西之表市も含めるなど、よりロケット活動が見えやすい手法に改善できれば、夢の「発表前に打ち上げ日を予測して確実に宿を押さえる」ことが可能になるかもしれない。

ヤフー・データソリューション | DS.INSIGHT

※この記事は、Yahoo!ニュース 個人編集部、ヤフー・データソリューションと連携して、ヤフーから「DS.INSIGHT」の提供を受けて作成しています。

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サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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