Yahoo!ニュース

衛星通信「スターリンク」接続レポート アクセス試験不要でセットアップは30分

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
スターリンク衛星アンテナキット 撮影:小林伸

2022年10月、米SpaceXが展開する低軌道通信衛星サービス「Starlink(スターリンク)」が日本でも通信サービスを開始した。スターリンク衛星は現在は3000機以上が地球を周回し、南北アメリカ、欧州を中心に世界43カ国で運用されている。日本は43番目のサービス開始国で、正式サービスではアジア初となる。10月から注文ユーザー向けに、可搬型アンテナとWiFiルータを含む家庭向けキットが順次届きはじめた。キット一式を試用して、個人で衛星通信が可能になるまでをレポートする。

スペースXから、スターリンクを日本の予約者向けに提供開始するとの連絡が届いたのは10月6日。その後10月11日には東日本から北海道の一部までの地域でサービス開始の発表があり、注文したユーザーにはアンテナキットが順次届きはじめた。

筆者宅にアンテナキットが届いたのは、予定配送日の3日前だった。予定の急変もありうるため、日中不在のユーザーは配送日を確認して時間帯を指定したほうがよさそうだ。

届いたキットは円形アンテナと電源、Wi-Fiルーター、約23メートルのケーブル。現在は標準キットが角型のアンテナになっているはずだが、日本のユーザーに届いたのは初期型の円形アンテナのようだ。どちらもフェイズドアレイ(平面の形状に小さな多数のアンテナを配置し、機械的に動かさずに電波の方向を変えることができるアンテナ)式のため使用感は変わらないが、アンテナサイズは円形の方が大きい。

スターリンクのアンテナキットを開封した状態。直径約60cmのフェイズドアレイアンテナ、Wi-Fiルータ、電源、約23mのケーブルが入っている。撮影:小林伸
スターリンクのアンテナキットを開封した状態。直径約60cmのフェイズドアレイアンテナ、Wi-Fiルータ、電源、約23mのケーブルが入っている。撮影:小林伸

開梱すると、「アプリをインストールして、アンテナを立てて、電源を入れればOK」という趣旨の非常に簡素な図が添付されている。組み立て手順からWi-Fi接続までほとんどの手順をアプリで案内する方式のため、インストール前に「Starlink」アプリ(iOS版またはAndroid版)を準備しておいたほうがよい。

アプリをダウンロードして、アンテナを立てて、電源を入れるだけ。ガイダンスの表示はそっけないほどだ。撮影:小林伸
アプリをダウンロードして、アンテナを立てて、電源を入れるだけ。ガイダンスの表示はそっけないほどだ。撮影:小林伸

アプリを起動すると、「FIND A LOCATION」という最初の手順で上空の可視性チェックがある。「CHECK FOR OBSTRUCTIONS(障害物の確認)」をタップして、カメラの使用を許可し、アンテナ設置場所でスマートフォンを持ったまま一周して360をスキャンする。可視範囲に十分な衛星数が得られることを確認する。

「VISIBILITY(可視性)」はアンテナの通信状態。スマートフォンのカメラで360度スキャンすると、視界内の障害物を検出し可視性を評価する。障害物が多い場合は設置場所の変更が必要だ。
「VISIBILITY(可視性)」はアンテナの通信状態。スマートフォンのカメラで360度スキャンすると、視界内の障害物を検出し可視性を評価する。障害物が多い場合は設置場所の変更が必要だ。

設定時はアプリが必須。画面の指示通りにアンテナをセットし、電源を入れてWi-Fiを設定する。
設定時はアプリが必須。画面の指示通りにアンテナをセットし、電源を入れてWi-Fiを設定する。

アンテナ設置の条件が整ったら「PLUG IN YOUR STARLINK」と表示される。アンテナをスタンドに立て、ケーブルを伸ばして電源をつなぐ。電源プラグは3極タイプなので、コンセントが対応していない場合は変換プラグを用意しておこう。キットの状態でWi-Fiルーターはケーブルが接続された状態になっているが、念のためすべての同梱物が接続されているかチェックしておこう。電源を入れるとアンテナが平面を上に向ける姿勢に動く。

「JOIN NETWORK」の状態になったらWi-Fiルータをセットする。家庭用のWi-Fiルータと同じで、ネットワーク名(SSID)をつけてパスワードを設定。慣れた人ならば5分もかからない作業だが、市販のWi-Fiルータと異なり、あらかじめセットされたSSIDなどがないため、設定した名称とパスワードを記録しておいたほうがよいだろう。SSIDがわからないなどのトラブルがあった場合は、ルータ底部のスイッチで工場出荷設定にリセットすることができる。

あとは「SETUP COMPLETE」が表示されるまで待つだけだ。アプリでは「30秒ほど」と案内されるが、アンテナ設置箇所の条件で多少は前後する。スターリンクアプリの画面に「ONLINE」が表示されれば接続は完了だ。開梱から接続まで30分もあれば完了する。

「ONLINE」が表示されれば接続完了。「SPEED」ボタンから接続テストができる。
「ONLINE」が表示されれば接続完了。「SPEED」ボタンから接続テストができる。

接続確認を兼ねて、スピードテストを実行してみる。スターリンクアプリにもスピードテストが用意されており、「SPEED」をタップすると開始する。セットして数回実施してみた結果では、下り速度は99~181Mbps、上り速度は7.3~23Mbps、レイテンシは25~34ミリ秒といったところで、家庭用の光回線にWi-Fi接続している状態よりは遅いが、4G接続のスマートフォンよりスピードが上回ることもあるという状態だ。

スターリンクの設定時には、アンテナ設置箇所のチェックがあるためカメラを備えたスマートフォンが欠かせない。その後は、スターリンクアプリをインストールしていないスマートフォンやPCなど他の機器も接続できる。「利用できるネットワーク」から設定したスターリンクのSSIDを探し、パスワードを入力して接続するだけだ。

アンテナのポールの内側に「技適マーク」。撮影:小林伸
アンテナのポールの内側に「技適マーク」。撮影:小林伸

これまで、衛星回線を利用する際には、複雑な手続きと利用前の準備が必要だった。可搬型の地球局(VSAT)を使用して衛星回線につなぐ場合は、衛星事業者へ事前に設置場所や周波数設定などの予約手続きが必要で、接続試験も行わなくてはならない。それが、スターリンクでは、まったくの素人であってもアンテナを立てて電源をつなぐだけで接続できる。訓練も試験も不要の衛星通信が(サービス地域であれば)入手できるのは破壊的と呼んでもよいサービスだろう。この記事のアップロードもスターリンク回線経由だ。

ただし、設置場所によって可視性の問題は常に存在する。スターリンクのアンテナはときどき角度を変えて受信状態を調整している。アンテナ面はやや北東方向を向いていることが多く、通信に好条件と思われる。その点を考慮すると、南向きのベランダや、北側が斜面になっているような場所にアンテナを設置すると、視界がさえぎられて不利な条件になる可能性が考えられる。設置を検討する前に、まずはスターリンクアプリで可視性を確認したほうがよいだろう。

スターリンクを巡る現状

サービス提供の国と地域、今後の予定

スターリンクの日本でのサービスは、今回試用した家庭向けプラン「レジデンシャル」が初期費用7万3000円、月額1万2300円で利用できる。レジデンシャルサービスは契約時の住所のみで利用するタイプで、契約住所以外に持ち出す場合は使用する場所を新たに登録し、「ポータビリティ」オプション料金2800円(月額)がかかる。また移動して利用できる「RV」や、海上で利用できる「マリタイム」などのプランがある。

日本の半分の地域でスターリンクはまだサービス提供されていない状態だが、提供状況マップによれば「提供開始予定:Q4 2022」となっており年内にはサービスが開始される見込みだ。衛星通信のニーズが高い島嶼部も同様の予定となっている。

2019年にスターリンク衛星網の構築が始まった当時の初期の衛星は軌道傾斜角(赤道に対する軌道の角度)が53度だったため、高緯度帯では利用できなかった。現在では軌道傾斜角70度、97度といった高緯度帯対応の衛星が増え、北欧の国でも2023年から利用可能になりつつある。米国の沿岸警備隊は北極海海洋観測などを行う砕氷船ヒーリー号にスターリンクを搭載して高緯度帯での接続性評価を行っている。一方で低緯度の地域でも、フィリピンでは2022年内、インドネシア、マレーシアは2023年、インドとタイは認可待ちなどサービス開始が近づいている国が増えている。

スターリンクと政治

スターリンクのサービスは、各国の電波利用に関する法律の規制を受けることはもちろんだが、各国の政治や国の事情とも関わりが深い。災害時の利用例もあり、2022年1月に発生したフンガ・トンガ・フンガ・ハアパイ噴火と津波の影響を受けたオセアニアの国に災害支援として提供している。中でも2022年2月24日以来のロシアによるウクライナへの侵攻直後に同国でのサービスを緊急開始し、多数の衛星端末(アンテナのセット)をウクライナ軍の支援に提供していることが知られている。

しかし最近のスペースXのイーロン・マスクCEOの政治姿勢についての評価は毀誉褒貶が激しいことも確かだ。10月14日のCNN報道によれば、これまでに約2万台のスターリンク端末がウクライナに寄付されており、マスクCEOは「スペースXが負担した経費は8000万ドル、年末までに1億ドルを超す」と費用負担が重いことから米国防総省に負担軽減を求めたという。

これに異を唱えたのが、ウクライナで軍を支援する基金「Dzyga's Paw」の運営者Dimko Zhluktenko氏だ。Zhluktenko氏は、ウクライナで使用されているスターリンク端末は支援者が自費で購入し、月額の接続料も負担してウクライナ軍に提供しているものだと明かし、スペースXまたは政府が費用を負担している例は知らないと述べた。

一転して10月16日、マスクCEOは「今後も無償でウクライナ政府支援を続ける」とツイートした。費用負担に関する不透明な部分は公表せず、現状維持すると述べるにとどめた。

マスク氏はスターリンク衛星通信の事業を率いる人物でありながら、事業に対するネガティブな評価を巻き起こす最大のリスクでもあるというねじれた状況だ。「素人でも30分でつなげる」というスターリンクサービスの有用性は間違いない。とはいえ長期で利用した場合にどうかといった点はまだまだこれからだ。また、ソフトバンクや英国政府が出資するOneWebや、2023年から打ち上げが始まる予定のAmazonによる衛星通信サービス「プロジェクト・カイパー」など競合サービスが本格化する。日本では災害時のような緊急時の利用が期待されるだけに、「いざというとき頼りになる、誰でも使える衛星通信サービスはどれか」多くの評価を積み重ねて見極めていく必要があるだろう。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

秋山文野の最近の記事