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イプシロン6号機 打ち上げ中断 飛行中に指令破壊信号送信との一報【更新あり】

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
出典:JAXA中継映像より

2022年10月12日、JAXAは鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げ、飛行中だったイプシロンロケット6号機の飛行中に「打ち上げ中止」と発表した。飛行を中断する機体の指令破壊信号を送信したとの情報もあり、飛行中になんらかの異常があり機体を破壊したとみられる。12日午後にはJAXAの会見が予定されており、詳細については発表次第更新する。

イプシロンロケット6号機は、JAXAが2013年の初号機打ち上げから運用してきた小型固体ロケット。6号機は、JAXAと民間企業が実証を進める宇宙技術コンポーネントを搭載した革新的衛星技術実証3号機(RAISE-3)と、キューブサットと呼ばれる数キログラム級の超小型衛星を5機搭載。さらに、当初搭載予定だった大学開発による超小型衛星を、福岡県の地球観測衛星ベンチャー企業QPS研究所が開発したSAR(合成開口レーダー)衛星2機に変更して打ち上げを行った。

QPS研究所の「QPS-SAR-3」「QPS-SAR-4」は、イプシロンロケットを開発するIHIエアロスペース(IA)がが打ち上げを受託し、もともと革新的衛星技術実証プログラムで搭載する予定だった大学衛星が、いわば席をゆずってイプシロン初の商業打ち上げを実施する計画となっていた。IAはQPS-SAR衛星向けに複数の衛星を搭載する機構を新規に開発していた。

当初、10月7日に実施する予定だったイプシロン6号機の打ち上げは、当日の測位衛星(米GPS衛星や日本の準天頂衛星など)の軌道がロケットの飛行コースに適していないことが判明し、測位衛星が送信する位置情報をロケット側で正確に取得できないおそれがあったことから、10月12日に延期されていた。

JAXAによる打ち上げ中継映像では、10月12日午前9時50分の打ち上げから5~6分ほどは、ロケットが正常に打ち上げ後の飛行を続ける様子が映っていた。ところが飛行の伸展を示すテレメータ画面が表示されない状態で急きょ中継が中止された。現地の映像から、内之浦宇宙空間観測所の射場では「指令破壊により飛行を中断した」とのアナウンスがあったとの一報があり、何らかの異常によって打ち上げは失敗に終わった。

2022年10月12日9時50分43秒(日本標準時)に、内之浦宇宙空間観測所から革新的衛星技術実証3号機、

QPS-SAR-3、QPS-SAR-4を搭載したイプシロンロケット6号機を打ち上げましたが、ロケットに異常が発生したため

9時57分11秒頃にロケットに指令破壊信号を送出し、打上げに失敗しました。

--JAXA「イプシロンロケット6号機の打ち上げについて(第1報)」より

10月12日午後のJAXA記者説明会より

12日13時30分より、JAXAは状況を説明する会見を開催。打ち上げの実施責任者である布野泰広理事は「打ち上げからフェアリング分離、第2段の燃焼終了までは正常に飛行していたものの、第2段と第3段の分離前に機体の姿勢異常が判明。このままでは目標の軌道に投入できないと判断したため、9時57分11秒頃に指令破壊を行った」と説明した。

出典: 2022年10月5日「イプシロンロケット6号機の打上げについて」より、飛行中断に関連する部分に筆者がマーキングしたもの。
出典: 2022年10月5日「イプシロンロケット6号機の打上げについて」より、飛行中断に関連する部分に筆者がマーキングしたもの。

飛行計画では、第2段の燃焼終了は打ち上げから4分54秒後で、第2段と第3段の分離は6分30秒後となっている。ロケットの姿勢異常はこの間に判明したとみられるものの、布野理事は「(判明は)燃焼が終わったところだと思うが、タイミングは今後調査するため正確には回答できない」とした。イプシロンロケットの第3段以降は飛行安全のために地上からのコマンドによって破壊する機構を持っていないため、第2段とともに飛行を中止できる分離前の段階で破壊したと考えられる。第1段はすでに分離されていたため、第2段、第3段と衛星が状態でフィリピンの東方の海上に落下したと推定される。

異常が生じた姿勢については、現状ではどの部分が原因となっているのか調査中となっている。ロケットが正常に飛行するためには、正しい姿勢を保つ必要があり、イプシロンロケットにはさまざまな姿勢制御関連の機器が搭載されている。イプシロンロケットは1段から3段までは固体ロケットモータで構成され(今回は最上段にオプションの液体推進系「PBS」を追加)、第1段と第2段モータのノズルは、ピッチ/ヨー方向の姿勢制御にも寄与する可動式のノズル「MNTVC(Movable Nozzle TVC)」となっている。さらに第1段ではロール方向の姿勢を制御する「SMSJ(Solid Motor Side Jet)」を持ち、第2段ではガスジェットによる「RCS」を、第3段では「スピンモータ」によって機体を回転させ姿勢を安定させている。布野理事は、「姿勢を決定する機器をすべて調べて原因を究明する」と説明した。

日本の基幹ロケットの打ち上げの失敗(指令破壊による飛行の中断)では2003年11月29日のH-IIA6号機の例がある。このときは第1段の機体に取り付けられた固体ロケットブースター(SRB-A)の1本が分離できなかったトラブルによるものだった。今回のイプシロンと同様の例では、イプシロンロケットの前身にあたるM-Vロケット4号機(天文衛星ASTRO-Eを搭載)が軌道投入に失敗した例がある。M-V 4号機のトラブルは、第1段のノズルが損傷して高温の燃焼ガスが側面に漏れ、姿勢制御系の機器が損傷したというもので、姿勢の異常問題にはさまざまな機器の問題が関わっている可能性がある。

今後JAXAは、原因究明と対策を進めることが急務になる。イプシロンロケット6号機は「強化型」と呼ばれる開発段階の最終機で、2023年以降は「イプシロンS」へと機体を切り替え、海外の商用衛星を含む将来の商業打ち上げを目指していた。その打ち上げが失敗したことで、イプシロンロケットシリーズは最初の商業打ち上げ実績を作ることができなかった。

今後はJAXA調査結果の発表を待って影響の度合いを見極めることになるが、衛星コンステレーションと呼ばれる多数の衛星を協調させる通信網、観測網が増える中で打ち上げ需要が伸び、またロシアの衛星打ち上げロケットが信用を失墜したことで搭載先を探している各国の衛星事業者が増えている状況がある。イプシロンシリーズにとっては商業化の好機でもあるが、当面は足踏みの状態となる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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