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リュウグウのサンプルから液体の水を発見――確かな証拠で明らかになる母天体の形成史

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
(C)SPring-8、 東北大学

JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が2020年12月に持ち帰った小惑星「リュウグウ」表面の物質を分析した東北大学理学研究科 中村智樹教授らの研究グループによる分析の成果論文が2022年9月22日付の米科学雑誌『Science』のオンライン版に掲載された。同研究グループは17の粒子を分析し、そのうちの一つから内部に閉じ込められた液体の水を発見した。この水は、太陽系初期に存在した、岩石と水からできたリュウグウの母天体にあったもので、塩や有機物を含む炭酸水だったという。

Formation and evolution of carbonaceous asteroid Ryugu: Direct evidence

from returned samples

http://dx.doi.org/10.1126/science.abn8671

東北大学のチームが分析した最大のサンプル C0002 の光学顕微鏡写真(A)とSPring-8 の放射光X線CT分析で得られたサンプル内部のCT図(B)。(C)SPring-8、 東北大学
東北大学のチームが分析した最大のサンプル C0002 の光学顕微鏡写真(A)とSPring-8 の放射光X線CT分析で得られたサンプル内部のCT図(B)。(C)SPring-8、 東北大学

東北大の中村教授らのグループが分析したのは、「はやぶさ2」が持ち帰った3番目に大きな粒子「C0002」を含む17個の粒子サンプル。C0002の中には、数ミクロンの大きさの内部の空洞に水が閉じ込められていたことが判明、-120度の環境の中で凍らせた上で取り出され、詳細に分析された。

リュウグウサンプル中の6角板状の結晶(硫化鉄)の内部に発見された水とCO2を主成分とする液体。液体は数ミクロンの空孔で見つかった。(C)東北大学、NASA/JSC、SPring-8
リュウグウサンプル中の6角板状の結晶(硫化鉄)の内部に発見された水とCO2を主成分とする液体。液体は数ミクロンの空孔で見つかった。(C)東北大学、NASA/JSC、SPring-8

これまで地球に飛来した隕石では、2012年に米国で発見されたサッターズミル隕石や2021年に英国で発見されたウィンチカム隕石などから液体の水が見つかったとの報告例がある。しかし隕石の場合は、地球上の水が混入してしまった可能性を考慮しなくてはならない。宇宙から直接物質を持ち帰り、混入の可能性のない環境で厳格に管理されて取り出された水としては世界初といえるだろう。小惑星から来たサンプルを真空中、または窒素の環境で大事に守ってきた「はやぶさ2」チームの努力が報われた。

サンプルにはそれ以外にもカンラン石やケイ酸塩、金属鉄、硫化鉄などの物質が確認された。それぞれの物質は、これまで経てきた熱環境や水との作用の名残をとどめている。中には、太陽系の中心に近い環境で1000度以上の熱を経てきた粒子や、水のある環境で銅とイオウの薄い結晶が積み上がって形成された結晶などが見つかった。後者について中村教授は、「切って中を見てみると、茎のようなものから結晶が伸びて、まるでテーブルサンゴのような形」と例えている。

C0002 サンプル中に発見された天体形成時の始原的な特徴を残した岩片(電子顕微鏡写真)。1ミクロン以下の非晶質ケイ酸塩や硫化鉄で形成される微粒子、カンラン石などが見つかった。(C)東北大学
C0002 サンプル中に発見された天体形成時の始原的な特徴を残した岩片(電子顕微鏡写真)。1ミクロン以下の非晶質ケイ酸塩や硫化鉄で形成される微粒子、カンラン石などが見つかった。(C)東北大学

こうした粒子に含まれる鉱物や水の組成、硬さや温まりやすさなどの物質の性質を測定した結果を元に、研究グループはリュウグウ母天体の形成の歴史をシミュレーションで明らかにした。

大量の水を持っていたリュウグウ母天体

約45億年前の太陽系形成からおよそ200万年後、-200度以下の環境で直径およそ100キロメートル程度とされるリュウグウの母天体が形成された。母天体の水はかなり量が多く、中村教授によれば「水と岩石の比は1対1程度」だという。さらに百万年後に水と岩の反応が始まり、アルミニウムの同位体の一種「アルミニウム-26」が放射性崩壊を起こしたときの熱で水が温められ、太陽系形成から500万年後ごろまでに最高で50度に達したと考えられている。

リュウグウの母天体は、海のように表面に水がたたえられていたというよりは、温水と泥が全体に混ざりあったような天体だったといえそうだ。水を含んだスポンジのような状態か、という筆者からの質問に、中村教授は「見てきたわけではないので確かなことはいえない」としながらもその可能性があると答えた。ただし、テーブルサンゴ状の結晶が見つかったことから、岩の表面で鉱物の結晶が水中で成長できる、まとまった量の水が存在するような環境もあったはずだという。

その後、リュウグウの母天体に直径が10分の1ほどの大きさ(直径10キロメートル程度)の別の天体が衝突した。これによって母天体は破壊され、最大で直径50キロメートル程度の小惑星と小さな岩石にになった。リュウグウはこのときの岩石片が再集合してできたもので、同様に母天体から生まれた小惑星が火星と木星の間の「小惑星帯」に多数存在する。その代表は小惑星ポラナ、または小惑星エウラリア(オイラリアとも)で、同じ起源を持つ2つの小惑星を中心とする「族(ファミリー)」を形成している。

リュウグウサンプルの分析結果から推定されるリュウグウの形成進化プロセス。天体の温度分布や年代、衝突破壊のプロセスは数値シミュレーションで求めた。(C)MIT、千葉工業大学、東京工業大学、東北大学
リュウグウサンプルの分析結果から推定されるリュウグウの形成進化プロセス。天体の温度分布や年代、衝突破壊のプロセスは数値シミュレーションで求めた。(C)MIT、千葉工業大学、東京工業大学、東北大学

このリュウグウ母天体の形成史は、2019年3月に同じくScience誌に発表された東京大学の杉田精司教授らによる、母天体からリュウグウへの歴史に関する論文とかなり共通している。2019年の論文は、はやぶさ2に搭載された光学航法カメラ(ONC)、熱赤外カメラ(TIR)、レーザ高度計(LIDAR)の観測結果から得られたデータを元にしている。こちらでは、母天体の水が温められた理由を「シナリオ1:内部加熱」「シナリオ2:衝突加熱」とした。シナリオ1の内部加熱は、中村教授らによる、アルミニウム同位体が崩壊するときに発生した熱が原因とするものと共通で、確度としてはこちらのほうが高いようだ。シナリオ2の天体衝突による加熱の可能性を取らなかった理由として、中村教授はリュウグウ母天体の衝突時のシミュレーション結果を挙げた。

実際の小惑星のサンプルの硬さや温まりやすさなどの測定結果を取り入れたシミュレーションにより、母天体に他の天体が衝突しても高温、高圧に達するのは衝突の震源に近いごく一部で、残りの99パーセント近くは高温高圧を経験しないことがわかった。母天体がバラバラになるほどの衝突でも加熱はごく一部だとすれば、母天体の水を温水にするほどの熱が天体衝突から発生したわけではないということになる。また杉田教授らの論文では相当な高温まで水が温められたとされたが、中村教授らの見解では最高で50度ほどとされる。リュウグウのサンプルという確かな物的証拠を得て、太陽系の歴史そのものである母天体の形成史の解明はより確かなものになった。

JAXA 宇宙科学研究所地球外物質研究グループの臼井寛裕グループ長によれば、初期分析の研究チームに配布されたリュウグウのサンプルの多くがJAXAへ返還され、新たな配布計画を待っている状態だという。今後の研究は、サンプルそのものに加えて初期分析チームの結果を積み上げた上で行われる。「はやぶさ2」本体の観測結果をリュウグウのサンプルが裏付けたように、太陽系の歴史の解明がより確かになっていくと期待される。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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