Yahoo!ニュース

ロシアの一方的な打ち上げ中止で約400億円の衛星を失ったOneWeb、アリアンスペースと新たな協力へ

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit : OneWeb

2022年9月13日、衛星コンステレーション型の通信衛星網を展開する英OneWeb(ワンウェブ)は、衛星打ち上げサービス企業の仏アリアンスペースと、開発中の大型ロケット「Ariane 6(アリアン6)」での将来の打ち上げを検討すると発表した。OneWebは今年3月にロシアのソユーズロケットで衛星打ち上げを計画していたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて直前に打ち上げ契約が中止されていた。バイコヌール宇宙基地に取り残された衛星は返還されず、OneWebは8月に発表した報告書で最終的に約310億円の損失を報告していた。

OneWebは、ソフトバンクや英政府、インドの通信企業バーティグループなどが出資する衛星通信企業。地球低軌道(LEO)※に648機の小型衛星を周回させるコンステレーション型の衛星通信網を構築している。2022年2月までに428機の衛星を打ち上げ、ソフトバンクが目指すNTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)の一部となっている。

※高度約2000km程度までの地球を周回する軌道。OneWeb衛星は高度1200kmを利用する。

Credit : OneWeb
Credit : OneWeb

OneWebはこれまでにも経営危機などの紆余曲折はあったものの、さらなる衛星の追加を目指し、アリアンスペースを通じて契約したロシアのSoyuzロケットで2022年3月4日に36機の打ち上げを予定していた。しかしロシアのウクライナ侵攻を受けて前日の3月3日に打ち上げを中断。ロシア宇宙公社ROSCOSMOSのドミトリー・ロゴジン総裁(当時)は、「OneWeb通信衛星が軍事目的で使用されないことの保証」「その証として英政府の出資引き上げ」という一方的な要求をつきつけた。OneWeb側は関係者を射場から退避させた上でこれを拒否し、衛星は現地に取り残される形となった。

2022年2月にはアリアンスペースがソユーズロケットを運用し、仏領ギアナからOneWeb衛星の打ち上げが実施された。 Credit : OneWeb
2022年2月にはアリアンスペースがソユーズロケットを運用し、仏領ギアナからOneWeb衛星の打ち上げが実施された。 Credit : OneWeb

8月にOneWebが発表した年次財務報告書によれば、返還されなかった衛星と支払済みの打ち上げ保険を合わせた損失額は2億7230万ドル(約390億円)。3月以降に計画されていて実施されないことになった衛星打ち上げ契約の費用などと相殺され、最終的な損失額は2億2920万ドル(約310億円)となった。「資産回復の可能性については関連するベンダーと交渉中」と記載されているが、衛星を取り戻す見込みは不透明だ。

OneWeb衛星の非常事態にいち早く手を差し伸べたのは、同じ通信衛星コンステレーション「Starlink(スターリンク)」を構築する米SpaceXだった。低軌道通信コンステレーションでは競合する立場だが、ソユーズ打ち上げ中止のわずか18日後にSpaceXのロケットによるOneWeb衛星打ち上げを発表し、2022年後半から2023年前半にかけて実現を目指している。またインドのGSLVロケットによるOneWeb衛星の打ち上げも計画されている。

9月13日の発表によれば、アリアンスペースはインドでの打ち上げの際に、衛星をロケットに搭載し軌道上で放出するためのディスペンサーを提供するという。アリアンスペースとOneWebは1回に32機の衛星を搭載するディスペンサーを開発する契約を2016年に結んでおり、インドに提供するのはこの技術とみられる。そしてOneWebは現在構築中の第1世代衛星コンステレーション(GEN 1)に続いて、第2世代の衛星(GEN 2)打ち上げを2025年以降に開始する計画だ。GEN 2衛星は米国のロケットベンチャー企業Relativity Spaceでの打ち上げ契約が発表されており、さらに開発中の欧州の次世代大型ロケット、Ariane 6でGEN 2衛星の打ち上げを実施する方向で検討しているという。

OneWebはロシアの突然の打ち上げ中止によって衛星を奪われたが、損害を清算して本来の目標である衛星コンステレーションの完成に向けて進みつつある。一方で、西側諸国の衛星打ち上げビジネスから一方的に退出していったロシアは内向きの関係強化にソユーズを使用している。

8月9日、ロシアはソユーズロケットでイランの地球観測衛星「Khayyam(ハイヤーム)」とロシアの大学などが開発した16機の超小型衛星を打ち上げた。イラン宇宙機関によれば、ハイヤーム衛星の利用目的は防災や資源、鉱業、農業などだという。2015年からのイランとロシアの宇宙協力に基づくもので、衛星にもロシア側が協力しロシア企業VNIIEMとNPK Barlが開発したと見られている。同様の地球観測衛星があと3機開発中だとfrance24は伝えた

外形的にはソユーズの商業打ち上げは継続しているようだが、600機以上の衛星コンステレーションを構築するOneWebとの契約と、最大で4機程度、しかも衛星もロシア側が提供したイランの地球観測衛星ではビジネスの規模に大きな差がある。OneWebが失ったものは金額は大きいが、衛星はもう一度製造し、新たなロケットを調達して打ち上げることができる。一方、ロシアが失ったビジネスの信頼はそう簡単に取り返しはつかない。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

秋山文野の最近の記事