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NASAの新型宇宙服開発遅れで「2024年に月面着陸できない」との指摘にイーロン・マスク氏が挙手

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
新型船外ユニット「xEMU」。Credit: NASA

2021年8月10日、NASA監察総監室(NASA OIG)は、女性や日本人宇宙飛行士が参加する予定の有人月探査「アルテミス計画」でアポロ計画以来の月面有人再着陸を2024年に実施することは困難と結論づけた文書を発表した。新型コロナウイルス感染症や予算問題で新型宇宙服の開発に大幅な遅延が生じているためで、宇宙服の完成は早くても2025年4月になるという。

NASAは有人月面探査計画アルテミス計画や将来の火星有人探査などに備え、新型宇宙服「Exploration Extravehicular Mobility Unit(xEMU)」を開発している。約45年前にスペースシャトル計画のために開発され、改修しながらを続けながら現在まで国際宇宙ステーション(ISS)で使用している船外活動ユニット「EMU」に替わるものだ。人が宇宙に出て活動する際に宇宙飛行士を守り、酸素など生命に必須の機能を提供するEMUやxEMUは、宇宙服とは呼ばれていても小型の宇宙船ともいえる。

xEMUを着用して月面サンプルを集める宇宙飛行士のコンセプト図。ひざを地面につける姿勢を取るなど、柔軟性が向上している。Credit: NASA
xEMUを着用して月面サンプルを集める宇宙飛行士のコンセプト図。ひざを地面につける姿勢を取るなど、柔軟性が向上している。Credit: NASA

xEMUは、宇宙飛行士が着用する与圧服部分「xPGS」、バックパックのように背負う可搬型生命維持装置「xPLSS」、通信やデータ記録を行う「xINFO」といった部分で構成されている。現在のEMUよりも下半身の可動性が高くなっており、ひざを曲げることができるようになる。月面で跳ねるように移動する「バニーホッピング」といった動作の必要がなく、スコップで地表のサンプルをすくうといった活動もできるようになる。船外活動が可能な時間は、現在の7.5時間から9時間へ増強されている。

サイズ展開も豊富になる。長く使われてきたEMUは、特に「ハード・アッパー・トルソ」と呼ばれる胴体の部分のサイズ展開が少なく、女性や小柄な宇宙飛行士には適合しないことがあり、船外活動に多くの宇宙飛行士が参加できない要因となっていた。女性を含む宇宙飛行士が月面に降り立つアルテミス計画では、新型宇宙服の開発と多用なサイズ展開が必須の要素だ。NASAは新型宇宙服の開発を2007年から進め、旧EMUの開発元ILCドーヴァーを始めとする27の企業、大学、研究機関が関わっている。

xEMUと開発参加企業 出典:NASA OIG Report No. IG-21-025より
xEMUと開発参加企業 出典:NASA OIG Report No. IG-21-025より

2017年、NASAはxEMUをNASA内部で開発し、ISSで宇宙での実証を行い、アルテミス計画で実際に使用する2体を準備すると決定した。フライト向けの2体は2023年3月までに準備する予定となっていた。

だが、アルテミス計画最初の宇宙飛行士による月面着陸ミッション「アルテミス 3」に向けたxEMU開発には、現在20カ月の遅れが発生しているという。OIGの文書によれば、ひとつには新型コロナウイルス感染症によってNASAの主要な施設が閉鎖されていた期間があるため。そしてもうひとつは開発費の問題だ。

新型宇宙服の開発が始まった2007年から2020年末まで費やした開発費は4億2010万ドル(約460億円)になる。さらに、2体のxEMUが使用される2025年度までに開発と実証の費用が6億2520万ドル(約690億円)必要とされ、開発費は総額で10億ドルを超える。費用は年度ごとに分けて執行されるが、2021年度予定の2億900万ドルが1億5000万ドルに減額されるなど、要求どおりに予算が降りないことがある。これがさらなる開発遅延につながっている。

さらに生命維持装置「xPLSS」でプロトタイプの評価を反映して設計が修正されたり、スペースXによる開発が決定した月面着陸システム「HLS」に合わせたインターフェイス設計などの作業が発生したりと技術上の要求も開発遅延につながっている。アルテミス3ミッションで宇宙飛行士が着陸する場所が月面のどこになるのか、正式に決定していないことから宇宙服のブーツ設計を詰めきれないなどの、不確実な要素もまだある。2021年春の時点で、xEMUがアルテミス3の宇宙船打ち上げ地となる米フロリダ州のケネディ宇宙センターに搬入される予定は2024年11月、さらに組立作業を加味すると、宇宙服の完成は2025年4月になるとの推定だ。

現在まで積み重なった開発遅延、また今後始まる宇宙服の試験段階で設計の修正や変更が発生した場合を考慮すると、「2024年後半の月面着陸は実現可能ではない」とOIGは指摘する。NASAの有人宇宙部門の責任者、キャサリン・リーダース氏はOIGの指摘に対し、宇宙服開発のスケジュール見直しに同意すると回答した。また、「最初の有人アルテミスミッションの前に(宇宙服の)実証を行う」とも述べている。最初の有人アルテミスミッションとは、2023年に予定されている、月面周回ミッション「アルテミス2」と考えられる。

xEVAの最初の2体が完成した後、NASAは宇宙服を速やかに量産できるように民間から調達するための準備を始めている。2021年に募集を開始した「xEVAS」計画は、NASAの要求に沿って宇宙服を開発する企業を民間から募集する。ISSへ宇宙飛行士を運ぶ宇宙船を民間開発に移行し、スペースXのクルードラゴン宇宙船で成功した手法を宇宙服にも適用する方向だ。宇宙服をISS含む地球低軌道向けとアルテミス計画向けに分け、設計をシンプル化して開発の負担を軽減するようになっている。

スペースXのイーロン・マスクCEOは、NASA OIGの文書が公表された後にツイッターで「必要ならスペースXがやりますよ」と応じ、宇宙服開発に名乗りを上げた。スペースXはすでにxEVAに関心を持つ企業であることを公表している。宇宙船を開発し、月着陸機や将来の有人火星探査を目指すスペースXが有人探査に必須となる宇宙服の開発を目指すのは自然な方向だともいえる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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